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 辺りが暗くなりもうすぐパレードが始まるという頃、周りの人達が盛り上がり始める中、俺は一人家へと続く道を歩いていた。

 パレードを見て楽しむなんていう気分には、まったくなれなかったからである。


 見上げた空に瞬く星は泣いているようだ、そしてその近くにぼんやりと浮かぶ月は刀のように鋭く尖り、俺の心に突き刺さった。


 鍵を開け、扉を引き家へと入った。

 家の中は真っ暗で、人の気配はまったくない。

 母さんはパレードに行っているから、今夜は家にはいないのだ。


 俺は電気を付けることもせず、カバンを玄関に放り、自室に向かう。

 部屋に入るとほんのり涼しかった、よく見るとクーラーの電源が入っている。

 きっと母さんが付けておいてくれたんだ。


 部屋の中には小さなエアコンの稼動音が響く。

 俺は、カーテンの隙間からかすかに漏れる月の光を頼りにエアコンのリモコンを探し、電源を切った。

 そして乱暴にベットへ飛び込み、枕へと顔をうずめる。


 部屋の中は本当に静かだった、耳が疼くほどに、音を求めるほどに。

 その静けさは、俺に圧倒的な虚無感を運んできた。


 やがて自分の心臓の音が聞こえ始める、それは次第に大きく、はっきりと。

 まるで自分が闇に溶けていくような、大きな何かに飲み込まれていくような、そんな気分だった。


 どれくらい時間が経った頃だろうか、突然いくつかの爆発音が外で聞こえた。

 これはきっとパレードの開始を告げる花火の音だ。


 俺は頭をあげ、ベッドの上の目覚まし時計を確認する。

 時刻はちょうど8時、帰ってきてから十分程度しか経っていなかった。


 俺は仰向けになり、天井を見つめた。

 遠くで祭りの喧騒が聞こえる。

 わずかに聞こえる音楽や、内容の聞き取れない放送、いくつもの小さな爆発音。


 今頃永久之とわのはテッタとパレードを楽しんでいるのだろうか。

 願っていた普通の学園生活だ、存分に満喫しているだろう。


 永久之はどんなことをするのだろう。


 ――『パレード絶対見に来てね』

 永久之のそんな言葉が頭をよぎる、彼女は俺が見に行かなかったら怒るだろうか。


 彼女はテッタの告白をOKするのだろうか。


 永久之は……


「……はぁ」

 俺は肺いっぱいに空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


 そうやって天井を見上げて数分、床を伝って物音が聞こえた。

 どうやらそれは玄関の扉を開閉した音。


 そして階段を足音が聞こえる、その足音は非常に急いでいるようなもので、次第に大きくなって行く。

 母が忘れ物でもして焦って取りに帰ってきたのだろうか。


 しかしその足音は、俺の部屋の前で止まる。

 そして一瞬の間を置いて、俺の部屋のドアが開かれた。


 俺は不思議に思いゆっくり体を起こす。

 廊下にたたずむ人影は暗闇に飲み込まれ、誰のものかまったく伺えなかった。


 その人影はためらうように、俺の部屋の中に入ってくる。

 ほのかな月明かりに照らされ、少しずつその姿があらわになる。


「とわ……の?」

 そこに立っていたのは、小さな少女、永久之鮮花とわのあざかであった。

 彼女は目を伏せ、口をぐっと閉じている。


「お前、パレードはどうしたんだよ」

「えへへ、抜けてきちゃった」

 ぼんやりと見えた彼女の顔は、切なげに眉をよせて微笑んでいた。


 抜けてきた? あれだけ楽しみにしていた、あれだけ毎日頑張って練習していたパレードをか?

 毎日毎日、朝早くから夜遅くまで練習して、それを自ら無駄にしたというのか。

 ようやく迎えた本番を、待ちに待った本番を投げ捨てて来たというのか。


「どうしてだよ」

「だって、アンクルが襲ってきたあとフーガ君すごく辛そうな顔してたから、泣きそうな顔してたから」

 俺が、辛そう? 泣きそう? そんなわけ無いだろう。


「馬鹿なこと言ってないで早く戻れ、今からならまだ間に合うだろ?」

 俺は震える声を必死に隠し、永久之を説得する。



「できないよ」

 永久之は拳を強く握り締め、目はまっすぐ俺を見つめたまま、小さく首を振った。


「どうして……」






「だって、だってフーガ君が泣いてるんだもん!」

 そう言われて初めて気付いた、俺の目から頬を伝って流れる何か熱いものに。

 そしてこぼれ落ちるそれは自分の力では止めることができなかった。


「ねぇ何があったの? 何か辛いことがあったの? 話せば少しは楽になるかもしれないよ?」

 永久之は俺に近づき、俺の手をそっと包み込んだ。


 俺が泣いている? 人前で? こんなのは俺じゃない……


「ほっといてくれ! 俺のことなんて何も知らないくせに!」

 俺は永久之の小さな手を振り払った。


 もう、ほっといてくれ……


 テッタも、永久之も、周り奴らも、俺の気持ちなんて何も知らないくせに、好き勝手言いやがって。

 もうこれ以上……俺の心をかき乱さないでくれ……何も思い出したくないんだ。


「知らないから、分からないから、知りたいから、こうやって聞いてるんじゃない、私じゃあなたの痛みを、苦しみを和らげてあげることはできない?」

 永久之はもう一度俺の手を両手で包み込んだ。


 部屋は静寂に包まれる、薄暗い部屋の中、聞こえるのはお互いの呼吸音とパレードのほんの少しの賑やかさだけ。



「……分から、ない」

 分からないんだ……


 自分で、自分が何を考えているのか。

 どうして涙を流しているのか。


 嗚咽でしっかり声を出すことができなかった。

 永久之の小さな手が俺の目から絶えずこぼれ落ちる涙で濡れる。



「ただ、永久之の顔見て、声聞いたら急に……ホッとして」

 最後の方はかすれて、声にならなかった。


 今日の出来事が頭の中に蘇る、そして今までの出来事も全部。


 本当はあんなことを言われて悔しかった、目の前で一番嫌なことを言われて悔しいわけがないのだ。


 今までだって他人に色々と言われ、辛かったし、苦しかったし、悲しかった。

 でも傷つきたくなかったから、傷つくのが怖かったから……


 自分の感情を押し殺した。

 心の中にしまい、奥に押し込め、壁を作り、氷づけにして、気付かないように、傷つかないようにした。


 そしていつからか忘れ、怒るのをやめ、反論するのをやめ、すべてを閉ざしすべてから目をそらした。


 でも永久之が簡単に俺の心の中に入ってくるから、簡単に壁を壊していくから、簡単に氷を溶かして行くから……


 俺の中にギュウギュウに押し込まれていた、今までの辛かった出来事が、次々に俺の中から飛び出しては溢れ、そしてこぼれていく。


 永久之といると、まるで自分が自分でなくなって行くような気がしてた。

 でもそれは違った、たぶん彼女といると自分が自分に戻って行っていたのだ。

 それがとても怖くも感じたし、心地よくも感じた。


 永久之はもう何も言わなかった。

 この後30分以上泣き続けた俺の手を、ただひたすらに無言で握りしめてくれていた。


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