16
そうして何事もなくプログラムは進行し、いよいよ午前中最後の競技である大縄跳び、俺の出番が回ってきた。
俺は指示されるがままに、競技の行われるグラウンド中央に行き、スタートの合図を待っていた。
そして教師がピストルを構え、競技スタートを告げる音が放たれようとする。
「きゃぁぁぁぁ」
しかしグランドに響いたのは、銃声ではなく誰かの悲鳴だった。
その声は次第に大きくなり、いたるところで聞こえ始める。
俺を含める生徒たちは、何事かと後ろをふりかえった。
そしてその目に映る光景に、誰もがまず我を疑っただろう。
そこにあったのは真っ黒な穴、アンクルがこの世界にやってくるときに作る穴だ。
それも、一つや二つではない、軽く見ただけでも十以上はあるように見える。
そしてその穴から2、3体ずつアンクルが出てくるのである。
「……どうしてだ」
俺は思わずそんな声を漏らしてしまう。
そして俺の周りにいる生徒たちも、動揺を隠せずにざわめき始めた。
いつもなら、これも想定内だっただろう、しかし今日に限ってはありえないことだった。
体育祭は一般の人間も来るのだ、もちろんアンクルに対抗する力などない。
そのため、学園はこういう行事が行われる時には必ず、いつもの結界の上から強力な結界をはるのである。
それなのに今、グラウンドにはアンクルが出現し始めている。
そんな想定外の状況に、普段は落ち着いている生徒や、教師まで狼狽え始めた。
逃げ惑う生徒や一般人たち。
そして呆然と立ち尽くす俺の前にも、とうとう大きな暗闇が訪れた。
そこからは一体の、鳥のようなアンクルが現れる。
「……クッ」
俺は歯を強く噛み締め、拳を強く握った。
周りを見れば、既に冷静さを取り戻した生徒や教師はアンクルの討伐にあたっている。
幸い敵は弱いらしく、いとも容易く霧散していっている。
これぐらいなら……俺にだって……
穴から出てきた鳥型のアンクルは、俺を嘲笑うようにひらひらと飛び、ゆっくりと近づいてくる。
これくらいの相手もたおせないのなら、あの男なんて一生かかってもたおせない。
俺は震える足に必死で言うことを聞かせ、なんとか足を一歩引き構えを取る。
そうして睨んだ敵は、一度空高くまで舞い上がると、俺に向かって急降下し始めた。
やってやる、俺にだってこれくらいの相手たおせる。
しかし、敵が迫るなか、俺の体はまったく言うことを聞かなくなった。
心臓を手で鷲掴みにされたような苦しさに襲われる。
怖い、死ぬかもしれない……怖い、怖い
俺の息は次第に荒くなり、喉はからからで、頭は真っ白になった。
やっぱり俺には無理だ。
そしてとうとう俺は、あまりの恐怖に立っていられなくなり、目をつむりその場にしゃがみ込んだ。
怖い、怖い、怖い、怖い。
体は恐怖で震え、叫び声さえ出せない。
もうすぐあの嘴が俺を突き刺し、そして死んでしまうんだろうか……
そんなことを考えていると、よけいに息が苦しくなる。
辺りの音が、意識が次第に遠のいて行く、真っ白に、そして真っ黒に。
「何をしている、早く逃げろ!」
誰かにそう大声で叫ばれ腕を掴まれる。
強引に立たされた俺は、それによってうっすらだが意識を取り戻した。
そこにいたのは見知らぬ短髪の男、上級生だろうか、体から赤い魔力を放ち、手には長い槍を持っている。
俺を襲おうとしていたアンクルの姿は、今はもうなかった。
「聞いてんのか! 早く逃げろって言ってんだよ!」
俺はその声に完全に意識を覚醒させ、そして必死で逃げた。
「はぁっはぁ……っくはぁぅはが……」
振り返ることなく全力で、周りなど何も見えない、ただひたすらに逃げる。
クソッ……情けない、本当に情けない。
どうして怖い、どうして動けない、どうして逃げる、どうして……どうして俺に力はないんだ。
「っはぁっぅふ……はぁっはあ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
俺は叫びながら、ただがむしゃらに走った。
そして避難場所に指定された建物についても、中に入ろうとはしなかった。
誰もいない建物の裏側へまわり、一人考え込む。
「……クソッ」
俺は自分の手のことなど考えず、思いっきり壁を殴りつけた。
敵を目の前にしたとき、恐怖で足がすくんだ、怖くて何も考えることができなかった。
力がないから……傷つくのが怖いから。
そしてその場で動けなくなった、ただ震えるだけで声も出せずに。
何より情けないのは、逃げろと言われたとき、助けられたと分かったとき、安心してしまった自分がいるということだ。
なぜ俺には力がないんだ……
父は世界最強の伝説の男、俺はその男の血を受け継いでる。
俺は……俺は、あの男の息子だ……
認めたくない、でもそれが事実だ。
なのに俺には力はなく、恐怖で立ち止まり逃げ惑うだけ。
俺は、火守風雅ではなく、ずっとこのまま火守ヤトの子供として見られて生きていくのだろうか。
なら火守風雅は誰なんだ?
なら俺は誰なんだ、俺は何者なんだ……俺は何なんだ?
急に、真っ暗な穴の中へ落ちるような浮遊感と絶望感が体を襲う。
そしてそれは、俺の体にまとわりついて離れようとはしなかった。
「クソッ……クソォ゛ォォォォ」
俺は何度も何度も、拳を、そして額を、血が滲むほど壁に打ち付けた。
そうしていないと、気が狂ってしまいそうだったのである。
読んでいただいている方ありがとうございます。
誤字脱字等あればご指摘いただければ嬉しいです。




