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 いよいよ体育祭当日、俺は母の頑張ってねという言葉と、夜彦よるひこさんの鳴き声に見送られ家を出た。


 今日も家の前に永久之はいない、朝練で最後の仕上げでもしているんだろう。


 見上げた空は真っ青、太陽が容赦なく俺の肌を焦がす、まさに体育祭日和だ。

 いや本当に体育祭日和と言うなら、少しくらい雲があって影が出来る方が、パフォーマンスは上がるかもしれない。

 でもまあ雨が降るより断然マシだろう。


 そんなことを考えながら、今日も俺はセミの大合唱を背に学園へ向かう。




 学園に着くと既にたくさんの生徒が来ており、皆思い思いの場所で練習やストレッチを行っていた。

 開会式が始まる9時までは学園内のどこを使って練習をしてもいいことになっている、それ以降は一切禁止。


 校舎の壁でこちらを見下ろしている大時計を見ると今は8時半、まだ始まるまでは少し時間に余裕がある。

 俺はまず、グラウンドの端に備え付けられたテントへ向かった。


 テントはチームごとに指定されていて、そこに荷物を置き、応援などをする。

 チームは全部で5つ、赤・橙・黄・緑・青、俺たちのクラス3‐Aはその中の黄だった。


 皆お揃いの上が白、下が緑の体操服を着て、自分の色のハチマキをして競技を行うのだ。


 俺は黄のテントを見つけると、そこに置いてあるパイプ椅子の下に弁当や水分の入ったカバンを置く。

 テントには既に数名の生徒が座っていた、朝から練習してもいいのだが、それは絶対ではない、現に俺が出る大縄跳びも朝練は行わない。

 特にすることもないので、とりあえず椅子に腰掛けることにした。


 そうしてボーっとしてると、永久之とわのがテントの正面で練習しているのが目に入った。

 正面といっても少し遠いのだが、よく見るとリレーのバトンを渡す練習をしている。


 俺がその光景を眺めていると、永久之がたまたまこっちを振り向いた時に俺に気づいたらしい、バトンを片手に両腕を大きく振って飛び跳ねている。

 俺はそんな永久之に軽く片手を挙げて返事をする。


 永久之の頭には黄色いハチマキがカチューシャのように巻かれていた。

 今日は運動がしやすいようにだろう、頭の後ろの高い位置で髪を一つに結わえている。

 永久之が飛び跳ねるたびに、そのポニーテールもつられて身をおどらせる。



 俺にはそんな永久之の姿が、既に大勢の生徒が行き交うグラウンドの中でくっきりと目に映った。



 例えるなら真冬のひまわりだろうか。

 夏、一面に咲き誇るたくさんのひまわりじゃなく、冬の真っ白な銀世界にひっそりと、でもはっきりと鮮やかにたたずむ一輪のひまわりのように、俺の心に鮮明に映し出されている。



 なんだろう、目が、心が、熱い。

 分からない、初めての感覚だ。



「大縄跳び出るやつ集まってくれ!」

 一人の男子生徒の声が、どこかに吸い込まれそうになっていた俺の意識を、現実へと連れ戻す。


 今のがなんだったのか考える暇も与えてくれることはなく、男はさらに大声を出す。


「悪いけどやっぱり練習することになった!」

 なんだって……まあいいか、開会式まで後15分もない、少しの間体を動かすくらいどうってことはない。


 俺は椅子から立ち上がり、招集をかけている男子生徒についていき、そこで十分ほど大縄跳びの練習をした。





「開会式を始めますので、生徒はグランドに集合してください」

 そんな教師の放送により初・中・高等部の生徒は皆、グラウンドの中央に集まり、校舎を前に整列をした。


 開会式は本当に長ったらしく、鬱陶しいものだった。

 校長の意味のわからない話から始まり、生徒会からの諸注意や連絡事項、生徒代表による決意表明などが行われ、この暑い中ずっと立たされ続ける。


 それで長い話がやっと終わったかと思うと、全員でラジオ体操なんてするのだ。

 数十分後ようやく開会式を終え解散の指示が出される。


 生徒たちは皆お揃いの体操服を着て、校舎の反対側にあるテントへぞろぞろと戻って行く。


「ほんと、話長すぎねえか?」

 俺もテントを自分のテントに戻ろうと校舎に背を向け歩いていると、背の順で俺の2つほど前にいたテッタに声をかけられる。

 やはり皆思うことは同じようだ、そこかしこから同じような言葉が聞こえる。


「確かに、毎回思うけど体育祭の中で一番疲れるのは、開会式と閉会式のような気がする」

 俺がそう言うとテッタは馬鹿にするように鼻で笑う。


「それはフーガが競技に全然出ないからだろ」

「お前は出すぎだ」

 テッタが手当たり次第競技に出るという荒業は、何も今年始まったわけじゃない、毎年そうなのだ。

 テントに着くと、自由席なので俺とテッタは適当な場所に腰を落ち着かせる。


「トワちゃ~ん、こっちこっち!」

 背の順で前の方にいた永久之は、俺たちより大分遅れて来た。

 ちっちゃい彼女は前から2番目なのである。

 そんな永久之を、テッタは取っておいた席に誘う。


「おはよう二人とも、今日も暑いね」

 そうして永久之、テッタ、俺の順で3人並んで応援の準備をする。


 既に最初の競技に出場する生徒は、指定の場所に集まりつつあった。

 午前中は100m走から始まり、2人3脚や玉入れ、障害物競走などが行われる、そして午前中最後の競技となっているのが俺の出場する大縄跳びだ。


 永久之の出るリレーは午後から、テッタは午前中にも、そして午後からもちょこちょこと出場する種目がある。


「そういえばさっき、火守ヤトがリレーで伝説を残したって聞いたんだけど」

 永久之は体を前に倒し訪ねてくる。

 昨日の夜、母さんが話してたやつだろうか。


「俺その時のビデオ見たけど、あれは凄かったぜ!」

 テッタは突然椅子から腰を浮かせ、鼻息を荒くしている。


「どんなのだったの?」

 永久之はテッタの言葉に興味津々だった、少しでもあの男の情報を得ようとしているのだろうか。


「黒の<絶対>にバトンがわたった時、1位とは既に半周差をつけられていて逆転は不可能な状態だったんだ、でもあの人はそれをこうバビューンっと抜かして大逆転!」

 俺の予想した通り、あの男が反則で活躍をした話だった。


「やっぱり基本的な身体能力が高いんだね」

 昨日その話を聞いている俺としては、どうにも言い難い微妙な気分だった。


「だってナンバーズの1番だぜ、ホント見えるのは土が舞い上がるのだけ、体は全く見えなかったな」


火守ひのもりヤトって、魔力なしでそんなに凄いんだ……」

 想像を上回ったのかちょっと顔を引きつらせる永久之、違うそれは反則をしているんだ、魔力バリバリ使ってるんだ。

 そんな真実を言ったらテッタはがっかりするに違いない。


「さらにさらに、多くの歓声を浴びながら颯爽と去っていくんだよ、かっこよかったな」

 これもまた、ただ逃げただけだと知ったらすごくがっかりするんだろうな。


「へぇ、火守ヤトがね」 

 永久之はテッタと同じように立ち上がり、両手でガッツポーズをした。


「じゃあ一歩近づくためにも、私も頑張らなくっちゃ!」

 そんな永久之をさらに後押しするように、100m走スタートのピストルの音がグランド中に響き渡る。

 その音を合図に、グランドは歓声の嵐に包み込まれた。


「よし! まずは応援からだね!」

「よっしゃ! 俺も燃えてきたぜー!」


「「頑張れ!!」」

 永久之やテッタ、周りの生徒たちも皆立ち上がり、この夏の暑さよりもアツイ熱気を放ちながら、自分のチームを応援する。


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