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リビングへ行くと既に母さんは椅子に腰掛け、俺のことを待っていた。
「フーちゃん早く」
母はお腹がすいたのか早く席に着くよう急かす。
「「いただきます」」
今日の晩飯はうどんだった、よく冷やされた麺に、大根おろしと半分に切られたすだちがのっている。
すだちの香りだけで、暑さのせいで勢いをなくしてしまった食欲が湧いてくる。
そして、それと一緒に並べられた例のあれ……永久之のロールキャベツ。
もちろん俺が、永久之の料理を食べなかったのも、それを食べた母がどんな反応を見せたのかも、言うまでもなく分かりきったことだろう。
「そうだ、あれフーちゃんの?」
食事中母さんは急に思い出したかのように、ソファーの前にある机を指差した。
その机の上に置かれていたのは永久之に借りた水色で猫柄のハンカチだった。
「今日着替えようとしたら服の間から落ちてきたんだけど」
借りたことをすっかり忘れていた。
「ああ、あれは借りたやつだ」
「可愛いハンカチだね? 誰のかな??」
母は俺の顔を、からかうように覗き込む。
「ク、クラスメイトのだ! 汗かいた時に借りたんだよ!」
俺はあえて永久之の名前は出さなかった。
「彼女だったりして」
「なっ違うって言ってるだろ!!」
俺が惚れたのなんだのにマイナスのイメージしか持ってないことを知ってるくせに。
「はいはい、分かってるよ~」
母は分かっているのか分かっていないのか、ごまかすような返事の仕方をする。
本当に面倒くさい。
「フーちゃん、最近少し変わったね」
母は急にそんなことを言い始めた。
「俺が変わった?」
そんなわけがない、俺はいつもどおりだ。
「うん、とっても楽しそうだったり、ちょっと悲しそうになったり、何だかすごく生き生きしてるよ」
楽しそう? 悲しそう?
「その理由はなんだろな~っと、ごちそうさま」
母は食べ終わった食器を片付け、もうその話は忘れてしまったかのようにソファーに座る。
「そういえば明日、体育祭だね。楽しみだなぁ」
母は毎年学園の体育祭を見に行っていた、もちろん今年もそのつもりなのだろう。
そんなに楽しいかと思いつつ、うどんをすすっていると母は急に笑い始めた。
「なんだよ急に、気持ち悪い」
「毎年この時期になると思い出しちゃうの」
「何を?」
俺が聞くと母は楽しそうに話し始めた。
「8年の時ヤトねクラスの代表リレーに選ばれたんだ、しかもアンカーに。でもねヤトにバトンが回って来た時には、最後尾で1位とは半周以上も差があったの」
半周も差があればさすがにあの男でも勝ち目はないだろうな。
「しかーし! ヤトはそれをぜーんぶ抜かして逆転勝利したの。
誰にもヤトの姿は捉えられなかったと思うなぁ、だって彼、魔力を使ったんだもん」
おいおい……
「競技に魔力の使用は禁止だろ」
それとも母が通っていた頃はOKだったのだろうか。
「ヤト他の人と違って体内で魔力を循環させられるでしょ」
なるほど、普通の人が身体能力を上げようとすれば、体の表面に魔力をまとうしかない、どれだけ隠そうと赤い炎が上がる、だがあの男の場合は違うのだ。
「それでバレなかったのか、でも反則だろそれ」
「それがねさすがに桁違いすぎてね、最初会場は歓声で湧き上がってたんだけど少しずつ疑われ始めたの」
そらそうだろうな、無名の人間であれば成功しただろうが、8年といえば既に伝説と化した後だろう。
その能力も世界中に知れ渡っていたに違いない。
「あの時のヤトの慌てようったら」
そこで母はまた笑う。
「それでどうなったんだ?」
気になる、これは世界最強の男の弱点になるかもしれない、なんて少し思ってみたりする。
「どっか飛んで行っちゃって、それで結局うやむやになったの」
はぁ? 逃げったってことか……
「あたりが暗くなってパレードが始まる頃に、こっそり帰ってきたわ」
教会の人間が体育祭なんかで何ムキになってるんだよ。
「ヤトはいっつもそう、すぐ何も言わずにどっか行っちゃうの」
母は何かすごく大事なものを見るような顔をしていた。
それはどこか嬉しそうな、切なそうな、遠くを思い返しているような、そんな感じ。
「さて、お風呂沸かそうか」
母はこれで話は終わりというように立ち上がり、風呂場へ向かった。
「ごちそうさま」
俺も食べ終えた食器をキッチンへ運び、自室へ戻った。




