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翌朝、今日の天気は晴れ、時々太陽を隠す雲のおかげで、影ができるのが心地よい。
「でねテッタ君がね――――」
しかし、どうにもセミの声がうるさい、いくら太陽が隠れてもその鳴き声に包まれるだけで頭がボーっとしてくる。
「いたいなぁもー」
立ち止まり振り向いた永久之の頭が俺の胸にぶつかった。
今日の永久之の髪型は、前髪を2本のピンで軽くとめているだけだった、1本は普通のピン、もう1本はピンの先に猫を象った装飾があしらわれている。
「ねえ、人の話聞いてるの?」
「ん? ああ、悪い」
永久之の声にふと我に返り、足を進める。
「何の話だっけ?」
「だから昨日テッタ君がね――――」
永久之は俺の前でテッタの話を楽しそうに語る。
正直テッタの話なんて聞いても仕方がない、あいつがバカなことをするのはいつものことだ。
俺は彼女の話を聞いていたつもりだったが、その内容はまったく頭に入っていなかった。
「あっそうだ」
永久之は立ち止まると、再び俺の方を振り返った。
「明日から朝練もするから、悪いんだけど一人で学校行ってくれる?」
だからなぜ謝る、だいたい朝は家を出ると永久之がそこにいるから、一緒に登校しているような形になっているだけだ。
もし待っていなければ俺は一人で学園に向かう。
「好きにすればいいだろ」
俺は少し呆れた顔をしてそう答えた。
「ちょっと案を膨らませすぎて、当日に間に合うか分かんないんだよね。練習頑張らなきゃ!」
ぐっと拳を握りながら歩き出す永久之。
今日も昨日と同じく、セミの鳴き声は天に届かんばかりに響き渡っていた。
そして準備期間初日以降雨が降ることはなく、学園はお祭りムード一色に変わる。
俺を含める生徒全員はそれぞれ、出場する種目の練習や準備を朝から夕方までびっちり行った。
そんな練習漬けの日々が続き、いよいよそれも今日で終わりだという体育祭前日。
俺はテッタに、話があるからと放課後呼び出され高等部の屋上にやってきていた。
まだまだ日は高く、下校の時間になっても一向に暑さはやわらぐ気配はない。
「いいのか練習しなくて、ギリギリって聞いてたぞ」
「そのことならバッチリ! 大丈夫だぜ」
テッタは親指を立てて腕を突き出す。
「で、話ってなんだよ」
こいつがわざわざこんなところに俺を呼び出すなんてことは初めてだ、何か大事な話があるのだろうか。
「その……一応お前には言っとこうと思ってな」
いつもは勢いの良さだけが取り柄と言わんばかりのテッタ、しかし今日は妙に歯切れが悪い。
「俺、この体育祭が終わったら、トワちゃんに告白する」
「は?」
こいつはそんなことを俺に伝えるためにわざわざ屋上まで呼び出したのか。
いつも勝手に恋だのなんだの言って、勝手に告白してるじゃないか。
「何でそれを俺に言う必要があるんだ?」
テッタが誰を好きになろうと、誰に告白しようとそれは俺が口を挟むようなことじゃないはずだ。
「フーガ、トワちゃんと仲いいだろ、だから言っておこうと思ったんだ」
「仲がいい? 俺はあいつに無理や――」
「フーガ」
テッタは話を遮るように俺の名前を呼ぶ。
その目にいつものおちゃらけたところはなく、見たこともないくらい真剣だった。
「……なんだよ」
「もしうまくいけば、トワちゃんは俺と付き合うかもしれないんだぞ?」
確かにそうだろう、テッタはとても明るい性格で普段バカみたいなことをしているが、いざという時は責任感もあり、優しくて人に気の使えるいいやつだ。
今のところこいつが告白した相手でOKを貰えなかったという話は聞いたことがない。
「だからどうしたんだよ?」
「お前はそれでいいのかって話だよ」
どうしてそこに俺が関係してくるんだ、テッタは永久之が好きで、もし永久之もテッタを好きならば二人は付き合う、それでいいじゃないか、俺にはまったく関係ないことだ。
「別に俺はなんでもいい」
「本当にいいんだな?」
「しつこいぞ! お前がそうしたいなら、そうすればいいんじゃないのか!?」
こいつは何が言いたいんだ、今まで何年もテッタと付き合ってきたがこんなに訳のわからないのは初めてだ。
「俺はなフーガ、お前を親友だと思ってるから、お前のことをよく知ってるつもりでいるから言ってるんだ」
確かに俺だってテッタのことを親友だと思ってる、だからって他人に自分の心を知った風に言われるのは好きじゃない。
「お前に俺の、何がわかるって言うんだ」
テッタは大きくため息をついた。
「そうだな、俺はお前のことを分かってないかもしれない、でも一番分かってないのはフーガ、お前だ」
分かっていない? 俺が? 何を? 自分自身をか?
「ムキになって悪かったよ、でもフーガ……いやなんでもない」
そう言うと、校内へつながる扉の方へと歩き出すテッタ。
「待てよ、テッタ」
「とりあえず俺は伝えたからな、もう遠慮はしないぜ」
呼び止めようとするもテッタは振り返りもせず、そう言って校舎へと入っていった。
いったいなんだったんだろう、俺はそんなことを考えながら一人家へと帰った。
家に帰り夕食までの数時間俺は何をするでもなく、ベッドの上でボーっとしていた。
そして今日あったテッタとのやり取りを、頭の中で繰り返す。
カーテンを開け放ち、窓を全開にして。
外はもうすぐ7時になろうとしているにもかかわらず、まだまだ明るかった。
開かれた窓から、時々部屋に吹き込む風が気持ちいい。
「フーガくーん」
俺はそんな心地よさについ眠ってしまいそうになっていたのだが、外から聞こえた声に意識を覚醒させる。
ベッドから上半身だけ起こして外を見る、そこから見えたのはもちろん永久之だ。
彼女は自分の部屋の窓から顔を出している。
「どうした?」
「今日はロールキャベツ持っていったから、食べてね」
またあの激甘料理か……まあ俺は一度も食べたことはないのだが。
「永久之、お前甘いもの好きか?」
聞かなくても分かることだが、一応確かめておこう。
俺が問いかけると永久之は少し恥ずかしそうな顔をした。
「やっぱりバレちゃったか、私甘いものが大好きでついなんでも甘くしちゃうんだ」
そう言うと永久之は窓の縁で顔を半分隠した。
「どうしたんだよ」
「いやぁ、何かこうやってお話するの久しぶりだなと思って」
「まあ、そうだな」
永久之とは体育祭の準備期間に入ってからほとんど出会わなくなっていた。
彼女は朝早くから練習に行くので一緒に登校することはなくなったし、俺が学園に行っても二人共練習があるので出会わない、彼女は夕方も遅くまで残っているから、出会って話すのは休憩時間の数分くらいだった。
「フーちゃんごはんだよー」
一階から母が呼んでる声が聞こえる。
「じゃあまた明日な」
俺はそう言って立ち上がろうと体に力を入れる。
「パ、パレード!」
ベッドから下りようとしたとき、再び永久之の声が部屋の中に投げ込まれ、窓の方を振り返る。
「パレード、いっぱい練習したから絶対見に来てね!」
そんなこと明日でも言えるだろうに、俺はおかしくて少しだけ笑ってしまった。
「ああ」
俺は軽く返事をして、永久之に背を向け一階へ向かった。




