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 週が開けて月曜日、今日も玄関を開けると永久之とわのが待っていた。

 いつものように挨拶を交わし、二人で土砂降りの雨の中、傘をさしながら登校した。


「ようようどうしたフーガ、休み明けなのに疲れた顔して」

「いや……ちょっとな」

 俺には結局休日と呼べるようなものはなかった。


 昨日も朝から永久之の襲撃に合い、一日中買い物に付き合わされたのだ。

 前日に絶対窓は開けないと誓って寝たのにも関わらず、永久之のしつこさに鍵をこじ開けられてしまった。


 永久之は来るやいなや、日用品を買うから付き合えと言い放った。

 そしてホームセンターやショッピングモールを連れ回され、挙げ句の果てには荷物持ちをさせられた。

 一人で行ってもすぐわかるような場所にあるのに、荷物を持ってもらうのが本来の目的だったのだろう。


 永久之は休日の二日間も食べ物を作って持ってきた、見た目はやはりキレイなのだが、俺は食べるのを遠慮した。

 母が言うにはやっぱりとても甘かったらしい、食べなくても既に分かりきったことだろうに、どうして食べるんだ。


「休みだからって、ハメを外しすぎたらダメだぜ」

「そうだよフーガ君、次の日のことを考えないと」

 テッタにも言われたくないが、永久之にだけは本当に言われたくない。


「はぁ……誰のせいだと思ってるんだ」

 そんな話をしていると、教室のドアが開かれる。


「あ~い、みんな座ってね~」

 入ってきたのはこのクラスの担任。

 きっとこの雨のせいだろう、いつもの間延びした話し方、今日はその特徴が一段と増している。


 そんなだるそうな担任と違って、真夏の雨でじめっとした教室にいても、生徒達は活気に溢れていた。

 休み明けだから? いや違う。


「それじゃ~あ連絡、今日から体育祭の準備期間に入りま~す」

 そう、これのせいである。


 この学園では、文化祭(魔法祭)と同じように、体育祭(魔闘祭)も一週間の準備期間を設けている。

 それは文化祭の理由と同様、一般人のお客もたくさん来場し、観戦することができるからだ。

 中途半端なものを見せることはできないという、学園側の事情。


「体育祭なんてあるの?」

 前の席の永久之が目を輝かせながら振り向く。


「そら、一応学生だしな」

「うわぁ~、本当に普通の学園生活みたい」

 担任の一言に騒ぎ出したのは、永久之だけではない、他の生徒達も何の競技に出るだとか、絶対優勝するだとか、既にやる気は満々だ。


「確かに、本当の意味で普通だろうな」

 体育祭、それと文化祭もそうなのだが、魔法祭・魔闘祭と随分大仰な名前を付けられてはいるもののその実、魔法によって何かをするということはほとんどないのだ。


 必要最低限の魔力だけですべてをこなす、魔法を使うとこと言えば体育祭の最後にあるパレードだけである。

 文化祭の模擬店もすべて人力、もちろん体育祭で行われる競技において魔力の使用は禁止されている。


 これは一般客が気軽に訪れやすいようにという配慮らしい。

 なので、体育祭は普通の学校で行われるような、いたって一般的なものになっている。


「どんなことをするの?」

 このクラスにいるのは永久之を除いて全員が何年も学園に通っている生徒なので、担任も特に詳しい話は面倒なので省くだろう、現に既に黒板に種目の名前を書き始めている。


「簡単だ、初・中・高等部合同でいくつかのチームに分かれて、走ったり跳んだりするだけだ」

 それで各競技成績が高い順にポイントを貰ってその合計点で競い合う。


「じゃああのパレードって言うのは?」

 永久之が黒板に書き出された文字を指差す。


「それは、魔力を使って芸をしたり、魔法陣で色鮮やかなイルミネーションをかたどったりして、学校中を練り歩くんだ」

 パレードは空が真っ暗になった頃、大体午後8時位に開始合図の花火が上がって始まる。


 これは後夜祭と同じで、一般というより生徒たちへの頑張ったご褒美という意味合いが強い。

 何か出し物を出したい生徒は参加をするし、それを見たい生徒は見物にまわる、そうでない者は帰宅をしようと構わない。

 ただ後夜祭と違うところは一般客も入れるようになっているというところだ。


「すっごく楽しそうだね!」

 永久之は俺の説明を聞いてより一層目を輝かせる。

 憧れていた普通の学園生活だ分からなくもない。


「それじゃ~あ、次の時間までに希望する競技に名前書いといてね~」

 担任は、黒板に一通り競技種目を書き終えるとホームルームの終わりを告げ教室を出て行く。


 その言葉を合図に生徒達は一斉に動き出す。

 仲の良い友達などと、どの競技に出るか相談するためだろう。

 教室はいっきに騒がしくなった。


「フーガ何出る?」

 テッタが黒板を見ながら俺の机に手をつく。


 一つ一つの競技には、ひとクラスの出場人数が決められている、もちろん希望人数が定員をオーバーすれば、希望者による話し合いなどが行われ、余った人は同じく余りものの競技に出場することになる。


 ただ人数きっちり出場定員が決められているわけではなく、ある程度余裕も出てくるので、そこは同じ人間が複数の種目に出られることになっている。


 それらを今日中にすべて決めてしまい、早いところでは今日から競技の練習に入るのではないだろうか。

 とは言っても今日はあいにくの雨だが。


「俺は何でもいいよ」

 出なくてもよければそうしたいところだが、一人最低一競技出場はしなければならない。

 俺は毎年余ったところに適当に入って、適当にやり過ごすのだ。


「テッタは?」

「俺は今年パレードに挑戦しよっかな~なんて」

 パレードだけは例外で参加人数の規定はないのだ。

 クラスで固まって出てもいいし、個人的な団体を作って出てもいい、最悪一人なんてのも有り得る。


「トワちゃんは? 何か出たいのある?」

 テッタは俺達の話をじっと聞いていた永久之に問いかける。


「どうしようかな、どれも楽しそうで迷っちゃうな」

 黒板を振り返り書かれた字をじっと見つめる永久之。


「じ、じゃあさあ、俺と一緒にパレードやらない?」

 テッタは一大決心をしたような顔で永久之をパレードへと誘う。


「私にできるかな?」

「大丈夫、トワちゃんすっげえ強かったじゃん、あれだけ魔力があれば大丈夫だよ!」

 確かに魔力を持つものなら、クオリティに差はあったとしても、誰であれ簡単にできるだろう。

 少し思案顔になる永久之、それを見てゴクッと唾を飲むテッタ。


「そうだね、やってみるよ」

「よっしゃー!」

 永久之の了承を得て、テッタは教室中を跳んで駆け回った。


 そんなテッタの馬鹿な行動を見て微笑む永久之、彼女はテッタたが一周して戻ってくると俺に視線を向けた。


「フーガ君も一緒にやろうよ」

「あ、ちょ、トワちゃん……それはちょっと」

 テッタに止められて、目を丸くする永久之。


「どうして?」

 俺は昔、何度かテッタにパレードに誘われたことがあった、しかしそのどれも俺は断ったのだ。

 どれに出ても別に構わないと思っていた俺が断った理由……


「俺には魔力がないから、出たとしてもお前らの後ろをただついて行くだけになるからな」

 それなら客席で座って見ていたほうがいい、だからテッタは俺に気を使って永久之を止めたのだろうが。


「ごめん……私」

 永久之は自分の不用意な発言に、輝かせていた目をかげらせる。

 そんな顔をされればこっちが何か悪いことをした気分だ。


「いいよ別に、二人で楽しんでこればいい」

 いまさらパレードに出れないことを嘆くようなことはしない。


鮮花(あざか)ちゃん、お願いがあるんだけど」

 少し重くなってしまった空気に救いの手が伸びてきた、クラスの女子数名が、永久之に何やら頼みごとがあるらしい。


「リレーの女子クラス代表、出ない? 鮮花ちゃん身体能力高いし」

 初・中・高等部チームの中のクラスから代表2名を選出して行われる競技だ、勝者のポイントが非常に高い種目である。


 いきなりの誘いに戸惑う素振りを見せる永久之。

 俺とテッタを交互に見ている、助けでも欲しいのだろう。


「いけるいける、トワちゃん出てみなよ!」

 テッタにそう言われると、俺の方を見つめる永久之。


「やってみればいいんじゃないか?」

「お願い鮮花ちゃん」

「じゃあ、それもやってみようかな」

「ほんとに? ありがと!」

 数人の生徒に囲まれ恥ずかしそうにハニカム永久之。


「は~い、そろそろ決まったかな~」

 担任が1限目開始のチャイムとともに教室へと入ってくる。


 結局、定員オーバーが起きたり、逆に誰も行きたがらない種目があったりで話し合いが長引き、出場種目がすべて決定したのは昼になってからだった。


 俺は、一人だけ定員が余っていた大縄跳びになった。

 永久之はクラス代表リレーとパレード、テッタはパレードと他に人数に空きがある競技に手当たり次第出場することにしたようだ。


 黒板にはテッタの名前がそこかしこに刻まれている、よくそんなことができるな。

 これは祭りのテンションだからこそなせる技だろう。


 昼食をとって、午後からは種目ごとに分かれての練習となった。

 しかし外は雨が振っている、さっきより大分ましにはなっているが外での練習はできない。


 たとえやんだとしてもグラウンドの土はぬかるんで練習になるまい。

 ということで練習は体育館で行われることになった。


 クラスや種目ごとに時間と場所を区切ってなので、範囲は狭く時間も少ない。

 俺達3‐Aの大縄跳びは、一番最後の時間に割り振られた。


 今俺は、練習時間が近づいてきたので、最近になってようやく作られた体育館への渡り廊下を歩いていた。


 今までは一度外に出てからしか体育館へは行けなかったので、雨の日なんかは非常に面倒だったのだ、渡り廊下が作られて本当に良かった。


 俺が廊下のありがたさを感じながら歩いていると、前から3人の男子生徒が歩いてきた。

 今まで練習していたのだろう、額には汗を浮かべている。

「よう火守ひのもりじゃねえか、今から練習か?」

 3人とも同じような髪型をしている、長い髪を整髪剤でカチカチに固めて決めて、朝から大変だろうに。


「何か用か?」

「なんだよ、そうかっかすんなって」

 3人は俺を俺の進路を遮るように並ぶ。


「俺たちさあ、今年パレード出んだけど、お前は出ないのか」

「……」

「おいおい無視かよ」

 こいつらは、違うクラスで幅を利かしている3人組、俺に魔力がないことを知っていてこんなことを言っているのだ。

 何かにつけて俺にちょっかいをかけてきて楽しんでいる、俺だけじゃない、自分より立場が弱いものばかりに高圧的な態度をとる、本当に嫌な奴らだ。


「……ッチ」

「悪かった、冗談だよ冗談」

「そうだって真に受けるなよ」

 だがこうやって調子に乗っているやつほど、こちらが強気に出ればころっと態度を変える。

 睨んで舌打でもしてやればその時はそれ以上関わろうとしない、その時は、だが。


「それじゃあな」

 案の定3人ともあっさり俺から離れて行った。


 あんな奴ら言うことにいちいち腹を立てていては、きりがない。

 ああいう人間のためにこっちが心を乱すなんてのは本当にばからしい。

 俺はこんな出来事など気にとめず、大縄跳びの練習をした。





 午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、ようやく練習から解放される。

 雨による湿気と生徒達の熱気によりサウナ状態になった体育館、タオルを持ってなかった俺は額に浮かぶ玉のような汗をそのままに教室へ戻った。

 教室に戻ると、永久之とテッタが何かを必死にノートに書いていた。


「うおっフーガすごい汗だな」

 テッタは俺に気付くとあからさまに驚いた素振りを見せた。

 その声に、ノートに集中していた永久之も顔を上げる。


「うわっホントだね」

「タオル持ってきてなかったのか?」

 朝家を出てから気づいたのだが、雨も降っているし、戻るのも面倒だったので取りには帰らなかった。

 何より初日からこんなことになるとは思っていなかったのである。


「私、ハンカチ持ってるよ、ちょっと持ってね」

 そう言うとスカートのポケットをあさり始める永久之。


「ん、使って」

「……ありがとう」

 そのハンカチを少し戸惑いながらも俺は受け取った。


 それは汗なんて拭くのは悪いくらい、可愛らしいハンカチだったからだ。

 いろんな色の猫の模様があしらわれた水色のハンカチ。

 本当に猫が大好きなんだな。


 しかし受け取ってしまったからには、使わないと失礼なのだろうかと思いつつ軽く汗を拭いた。


「お前らは涼しい顔してんな」

 練習後とは思えないくらい普段通りの二人を不思議に思いながら、椅子に腰をかける。


「私達はずっと教室にいたからね」

「……っ!?」

「パレードの構想を練ってたんだ」

 驚く俺に説明を付け加えるテッタ、なるほどそういうことか。


 そんなことより、俺は早く帰ってシャワーを浴びたい気分でいっぱいだ。

 もう授業時間は終わった、残って練習をするものもいるかもしれないが、帰っても何も問題ない。


「まぁなんでもいいけど、永久之早く帰ろう」

 俺は制服に着替えることもせず、体操服のまま帰りの仕度を始めた。


「ごめんね、私まだこれからテッタ君とパレードの話し合いするから、悪いけど先に帰っててくれる?」

 なぜ謝るのだろう、俺はただいつも先に帰ろうとしても結局強引に待たされるので、声をかけただけだ。

 一人で帰れと言うのなら、喜んでそうする。


「わかった、じゃあな」

 永久之に借りたハンカチをポケットにしまい、二人に背を向ける。


「おう!」

「またあしたねー」




 校舎から出ると雨はやんでいた、そして空は雨が降っていたことなど嘘だった様に晴れ渡っている。


 久しぶりに一人で歩く道のり、久々にゆっくり落ち着いた時が流れる。

 だがこの道はこんなに長かっただろうか、家まではこんなに遠かっただろうか。

 太陽に熱されて蒸発してゆく雨水の香りに、夏を感じずにはいられない。


 そして俺は今日、長らく耳にしていなかったセミの声を聞いたような気がした。

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