11
そしてようやく訪れた休日の朝、今日は一日中惰眠を貪ろうと考えているのだが……
「なんだようるさいな!」
さっきから、窓に何かが当たる音がして眠れやしない。
俺は上半身を起こして、力いっぱいカーテンを開いた。
すると向かいの窓から、物干し竿のようなもので、俺の家の窓を叩く永久之の姿がそこにはあった。
「迷惑だやめろ!」
窓を開けて彼女にそう叫び、窓を閉めようとする。
「あーちょっと待って……よいしょっと」
「おま、おいっ! 何してんだやめろ」
次の瞬間俺の目に飛び込んできたのは、窓に足をかけ、こちらに跳躍する永久之の姿だった。
魔力を帯びて太陽のように赤く燃え上がった永久之の体が、どんどん俺に近づいってくる。
「ぅがっ、痛って……」
その太陽は避ける暇もなく俺の目の前に飛来し、直撃した。
「おはよ」
「おはよじゃねーよ! 何してるんだお前は!」
ベッドから転げ落ち、強打した頭をさすりながら首を起こす。
「作戦会議をしようと思って」
「作戦会議?」
うんと大きく首を縦に振り首肯する永久之。
「そう、作戦会議だよ」
「なんでもいいが、俺の上からどいてくれ」
俺のお腹の上に、馬乗りになっている少女は何事もなかったかのように立ち上がった。
「フーちゃんどうかしたの? すごい音がしたけど」
母が部屋の外から心配そうな声で訪ねてくる。
「いや、なんでもない、コケただけ」
「どうして隠すの?」
長い髪を後ろでしばったポニーテールの少女は首をかしげている。
「おかしいだろ、いきなり部屋に他人がいたら! なんでわざわざ窓から入ってきたんだよ」
「だってその方が近かったから」
そう言って屈託なく笑う永久之、今日は真っ白なワンピースを着ている。
その姿は、開け放たれたままの窓から差し込む陽の光に照らされ、天使のように見えた。
……いやこいつは悪魔だ。
「とにかくここで待ってろ」
俺はまだ寝起きなのだ、パジャマのままだし、寝癖も盛大についている。
「どこ行くの?」
「顔を洗って来るんだよ!」
顔を洗い着替えて部屋に戻ってくると、永久之はその小さな体を丸めて、眠ってしまっていた。
人の気も知らないで、穏やかに眠る少女。
しかも俺のベッドの上でだ、図々しいにも程があるだろ。
そんなに眠たいなら、こんなに朝早くから来なければいいのに。
ベッドの脇の目覚まし時計は、午前8時を示していた。
「はぁ……おい、永久之起きろ」
俺は彼女の肩をそっと揺する。
すると永久之はその長いまつげをしばたたかせ目を開いた。
「あれ、フーガ君なんでここに? ……きゃー痴漢、変態、強姦!!」
永久之は頬を紅潮させ、腕を振り回し枕を投げつけてくる。
「落ち着け、ここは俺の部屋だ!」
俺はなんとか永久之を落ち着かせようと叫ぶ。
「あれ? 本当だ」
永久之はどうして俺の部屋にいるんだろうと言うような顔をしている。
「お前が作戦会議だか何だかをするって言ってきたんだろ、しかも窓から」
「ああそうだった」
ぽんと手を打つ永久之、しっかりしてくれよ。
結局せっかくの休日にもかかわらず、ゆっくりすることはできなさそうだ。
「で、作戦っていったい何の作戦だよ」
ようやく床に腰を落ち着けた俺。
「火守ヤトをたおすための作戦だよ、名づけて”火守ヤト討伐大作戦!!”」
なんてネーミングセンスの無さだ、こいつの性格がそのまま出ている。
「それで、その作戦を立てるための会議をしようと思って」
作戦を立ててもいないのに、名前だけつけたのか。
「その前にちょっといいか?」
「なに?」
「何で世界ランカーになんてなりたいんだ?」
ただの少女が、あんな過酷な戦士達の一員になりたいなんて。
「知りたい?」
俺は無言で頷いた、すると少女は何かを思い出すようにうつむき、ゆっくりと話し始めた。
「昔ね、私の家がアンクルに襲われたの。
その時私は寝ていてね、物凄い音で目が覚めて部屋を出たの。
ドアを開けると目に飛び込んできたのは、大きくて訳の分からない怪物と、血を流して倒れてる両親だったわ。
私はその光景に涙を流し、その場にへたりこんだ。
そして私に気付いたアンクルはゆっくり焦らすように近づいてくるの。
もう声も出ないくらい怖くて、逃げることもできずにただ震えることしかできなかった。
それで私の体にアンクルの鉤爪が突き刺さろうとした時だったわ、金属と金属がぶつかるような凄まじい音が部屋中に響き渡ったの。
恐る恐る見上げると、そこには私とアンクルの間に入ってくるひとつの人影があった。
その人は、瞬く間にアンクルを討伐して私を救ってくれたの。
その時の姿がすごくかっこよくって」
永久之は、これで話はおしまいと言うように、俺に視線を向ける。
「助けてくれったって言うのは誰なんだ?」
まあ流れからすると、世界ランカーの誰かなんだろうが。
「ナンバーズNo.Ⅲ<神速>のラブ様だよ」
ラブ? あの大剣振り回すちっちゃな姉ちゃんか。
「それで、世界ランカーになりたいと」
「そう! あぁかっこよかったなラブ様、今でもはっきり覚えてるよ」
祈るように目をつぶり手を合わせる永久之。
そんな理由でかよとは軽々しく言えなかった、何せ命がかかっていたのだ。
こいつもこいつで色々と大変だったんだな。
「ご両親は大丈夫だったのか?」
「うん、怪我はしたけど特に異常はなかったよ」
それなら良かった、そのせいで今ひとり暮らしを強いられているのかと思った。
「じゃあ質問は終わりだ」
「それじゃあ作戦会議はじめまーす」
なんて気の抜けた会議だ、あの生きた伝説を相手取ろうとしているのに。
何だかよく知らないが、あの男は昔一度この世からいなくなったらしい。
なんでも討伐不可能なアンクルを封印して闇界に行ったとか。
しかし数年後にひょっこり戻って来たそうだ。
それで、今では世界を救った英雄だとか、闇界に行ったただ一人の人間として生ける伝説と化している。
父も母もこのことについてははどれだけ聞いても、詳しく教えてはくれなかった。
だいたい、今のナンバーズNo.Ⅰ~Ⅴ番は数十年に渡りその位に居座り続けている、それだけでも化物だ。
「具体的には何をするんだ」
「そうだね、まずはどうやって見つけるか、とかかな?」
とかかなって大まかな案さえ考えてなかったのか。
思ったのだが、もうこの学園にいる意味ないんじゃないのか?
永久之はあの男の情報を求めて俺に会いに来たわけだ、でも俺はあの男の居場所さえ知らない。
ならいつまでもここにいる理由はないはずだ。
俺はその疑問を彼女に訪ねてみる。
「確かに<絶対>の情報を求めてここに来たっていうのもあるけど、私小さい頃から世界ランカーになりたくて訓練とかしてたから、まともな学校生活を送ったことがないの。だから普通の人みたいな学校生活に憧れて戻ってきたっていうのもあるんだ」
それにしては、しょっぱなからバトルとかしてましたけど、普通の人は授業中にアンクルと戦闘なんかしませんけど。
「だからね、しばらくここに居るよ」
まあ確かに、がむしゃらに世界中を探しまわるより、俺の傍にいてあいつを待つというのもひとつの策かもしれない。
「にゃ~」
「え、今の何?」
ドアの外で、夜彦さんの鳴き声が聞こえる、開けて欲しい時にはいつもそうして呼びかけてくるのだ。
「ああ猫だよ猫」
「え! 猫飼ってるの?」
ドアを開けて夜彦さんを中に入れてやる。
「わぁ~ニャンニャンだ、私ニャンニャン大好きなの」
そう言って目を輝かせる永久之、ニャンニャンって……
「可愛い~お名前はなんていうのかニャン?」
永久之の顔は今にもとろけそうなくらい崩れている。
「……夜彦さんだ」
「夜彦さん? いい名前だねキミ」
いいのか、そうか、言うのが少し恥ずかしかったのだが、どうやら普通に受け入れられたらしい。
夜彦さんと言うのは母がつけた名だ。
俺が夜彦さんに出会ったのは3年前だったか。
「夜彦さんは、あの男が長期任務に向かうからって突然連れて帰ってきたんだ、何でも『俺の代わりだと思え』だと」
母はとても喜んでいたが、正直俺はあの堅物の男が猫を自分の代わりと連れてきたことに、笑いをこらえるので必死だった。
「あははは、何それ。あの火守ヤトが? イメージと全然違う」
永久之も同じように思ったらしい、目に涙を浮かべながら笑っている。
「だろ?」
「あーあ、お腹苦しい」
「にゃ~」
「にゃ~ん、どうしたのかニャン?」
この日は結局雑談をしたり、永久之が夜彦さんとじゃれたりするだけで、作戦と言えるようなものは一切立てられずに終わった。
なんだったんだ、俺の休日を返して欲しい。




