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俺は家に帰るとすぐにシャワーを浴びた、かいた嫌な汗を早く洗い流したかったからだ。
「フーちゃんいつまで入ってるの? ご飯だよ」
そんな母の声に目を開けて時計を見てみると、入ってから約40分の時間が経っていた。
少し温めのお湯を頭からいっぱいに浴びて、物思いにふけっていたらしい。
何を思い悩んでいたかと言うと、もちろん永久之についてだ。
いや、もしかしたら自分についてかもしれない。
とにかく不思議だ、昨日からそうだ、あの女の前にいると自分が自分じゃないみたいで気持ち悪い。
初対面の人間に、父のことをたおしたいと言ってみたり、魔力がないことや、戦うのが怖いこと、聞かれてもいないことを自分から暴露してしまったり。
「……何なんだよほんと」
「母さんこれなんだ?」
リビングに行くとテーブルの上にぽつんとカレーらしき物が置いてあった。
これが今日の晩ご飯なのだろうか、だが皿は一つしかないし、ラップまでかけてある。
「今日はそうめんって言ってなかった?」
「ああそれね、フーちゃんがお風呂に入ってる時にお隣さんから貰ったの」
お隣さん? 何か嫌な予感がするような。
「えーっと永久之さんだっけ? 昨日引っ越してきた子。知り合いだったんだね」
「何で知り合いだということになった」
母さんには一言も永久之のことを話してないはず。
「だって、フーガ君と一緒に食べてくださいって、それに同じ制服着てたし」
「ただのクラスメートだよ」
そんなことより俺は、このカレーらしき物体の方が気になる。
見た目はいたって普通だ、だがあいつには前科がある。
まあ一度の失敗で料理ができないと決め付けるのは早計だろう。
「それねさっき一口食べたんだけど……すごく不思議な味がしたよ」
母は既にこれを口にしていたらしい、そしてやはり食べなくてよかったと思った。
不思議な味ってなんだ、カレーもルーを入れたらだいたい誰が作っても同じ味になるだろう。
「昨日のおにぎりもあの子から貰ったんだよね?」
母には誰からおにぎりを貰ったかなんてことは言ってない。
ということは……
「甘口のカレーもビックリするくらい甘かったよ」
おいおい、ということは、料理が下手なんじゃなくて、ただの甘党ってことか。
昨日の砂糖おにぎりも確信犯ってことだな、とんでもない奴だ。
俺はそんなカレーを見なかったことにして、そうめんをすすった。
「おはよー」
翌朝、玄関を開けるとそこにはまた永久之がいた。
どうしてわざわざ待っているんだ、教室に行けば嫌でも会うというのに。
今朝は習慣の日光浴をしかけてカーテンを閉めたので、今日姿を見るのはこれが初めてである。
今日は頭の横で髪の毛を一つにくくっている、サイドテールってやつだろうか。
「お・は・よ!」
「ん? ああ、おはよう」
挨拶をすると、満足そうに頷き前を歩き始める永久之。
動くたびに、横のしっぽがゆらゆらと揺れる。
よく手入れされているのだろう、永久之の髪は、陽の光に照らされ輝いて見える。
一瞬吹いた心地よい風と、シャンプーの香りが俺の鼻をくすぐる。
「ねえ、昨日のカレー食べてくれた?」
永久之は髪を耳にかけながら振り返る。
「えーっと、ああ食べたよ、美味しかった」
俺は傷つけまいと嘘をついてしまった。
「ホント!? じゃあこれから毎日何か持っていくね」
そしてすごく後悔をした……
まだほんの数日の間だが、俺の毎日は永久之でいっぱいだった。
まるで、昔からずっとそこにいるように、居座っている。
朝も、帰りも俺の前には永久之がいて、学校でも彼女とテッタに絡まれて。
とにかく疲れた、もうすこし少し静かに過ごしたい。
こんな事を母さんに言えばまた、父さんにそっくりねって言われるに違いない。
「休日が待ち遠しいな……」
「え? 何か言った?」
「いやなんでもない」
今日はセミの存在さえも忘れてしまっていた。




