8.一騒動
村の入口へ近づいて来ると、村の中は物々しい空気と喧騒に包まれていた。村の周りを囲む柵の入口には、槍を手にして皮鎧に身を包んだ二人の門番が厳しい顔つきをして警戒に当たっている。
『何かあったのだろうか?』と、ブランと顔を見合わせ互いに首を傾げつつ、二人並んで村の入り口へと近付いていく。
そんな私達に気付いた門番の一人がホッとした様子をみせ、声をかけてきた。
「レティシア、良かった無事だったんだな。魔物が出没して、負傷した冒険者が村に担ぎ込まれたから心配してたんだ。戻ってきたばかりのところで悪いが、急いでおばさんの所に手伝いと安心させに行ってくれ」
それに対して、私は隣にいるブランの姿を一瞬だけ視界に収めた後、門番に言葉を返した。
「わかったわ。でもその魔物の事なんだけれど……彼が退治してくれたから、もう大丈夫よ」
「へっ!? ……退治したって、この人が? ……本当に?」
門番は、私の言葉に信じられないと眼を見開いて驚愕を露わにし、ブランを上から下へと訝しむように不躾な視線をぶつけている。
疑うのも無理は無い。彼は一見したところ優男だ。武器を手に持って振り回すようなイメージは湧いてこない。
更に、現在の彼の身なりが魔物を退治するような武器は携帯しておらず、戦闘したような痕跡は一切見受けられないのだから。
しかし、抱きとめられた時の感触では、見た目とは裏腹にその身はしっかりとした逞しさをたたえ、一切の無駄を削ぎ落としたような筋肉を蓄えている。
私だって、実際この目で見ていなければ信じられなかっただろう。
そんな門番の無遠慮な態度にもブランは嫌な顔一つせず、その顔に微笑みを浮かべて言った。
「これでも冒険者なんだ。良かったらステータスカードを見せてもいいよ」
そのブランの言葉に、私はそんなものを見せて大丈夫なのだろうかと心配になり、門番には聞こえないように小さな声で彼に耳打ちする。
『ちょっと、大丈夫なの?』
『心配しなくても大丈夫。以前、人間の生活の営みを学んだり、生計を立てる手段として冒険者ギルドに登録したことがあるんだ。依頼も何件かこなしたことがあるよ。ステータスとして見せるのは、冒険者としての職業のみで大丈夫だと思うし』
そのことを聞いて安心すると、ブランは『ステータスカード・オープン』と口ずさみ、一枚のカードを虚空に創り出すと、それを門番に差し出した。
差し出されたカードを受け取った門番は、そのカードを眺めて納得した様子を見せ、カードをブランに返して、握手を求めてきた。
「いや〜、疑って悪かったな。それにしても兄ちゃん、その若さで高位の魔剣士た〜大したもんだな。村の危機を救ってくれてあんがとよ」
魔剣士とはその名の通り、魔法と剣術を扱う者の事である。しかも、高位のと付く者はその道に精通した者を示している。
レベルで表すと、初級がレベル1〜19、中級がレベル20〜49、高位のと呼ばれる上級がレベル50以上となっている。つまり、彼のレベルは現在50以上であるということだ。
彼の外見年齢25歳にして、魔剣士という二つの道を併せ持つ職業で、そのレベルまで上り詰めている者はそうそういない。だから、門番である男は感心したようにしていたのだ。
差し出された手にブランは応えるようにその手を握り返した。
そうして門番との遣り取りが終了し、怪我をした冒険者が運ばれたという我が家に急いで戻る。戻る途中、心配していた他の村人達に声を掛けられるが、それに笑顔で大丈夫と答え、急いでいる事を伝えて足早に家路についた。
家の扉を開けると、ギャーと言う盛大な悲鳴が聞こえてきた。
その悲鳴に対して、祖母の威勢のいい声が聞こえてくる。
「これしきの怪我でギャーギャー喚くんじゃないよ。あんた男だろ。最近の冒険者は随分軟弱だねー」
どうやら、怪我をしている冒険者の治療中らしい。怪我の具合は此処からでは分からないが、祖母の言葉を聞く限りでは、大した怪我ではなかったのだろう。
そう思いながら、治療している部屋へと赴いた。
私が顔を見せると、治療していた祖母はその手を止めて、瞳を潤ませながら此方へ駆け寄って来る。
「まあ、レティシア。心配してたんだよ。怪我はしてない? たった一人の孫娘に何かあったんじゃ、死んだ爺さんに顔向け出来やしないよ」
そう言って、私の身体を抱き締め、次にどこか怪我はしてないかと心配そうな顔でペタペタと探ってくる。
それに対して私は、右腕の力瘤を見せるようにグッと掲げ、その腕を左手で叩くようにして心配ないと元気であることをアピールして見せる。
「大丈夫だよ、おばあちゃん。この通り、何処にも怪我なんてしてないし、健康そのものよ」
そう言うと祖母は安心したようにホッとした顔を浮かべて、また私をギューッと力強く抱き締めた。
「無事で良かったわ。………それにしても、この辺りで魔物なんて数年以上出没したことが無かったから、一体どうしたものかねえ」
抱き締めていた腕を放し、今度は魔物対策に頭を悩ませ始める祖母。
先程の話を祖母にする前に、先ず、此処まで一緒に付いて来て背後にいるブランを振り返ってその姿を視界に収める。彼は、振り返った私に同意を示すかのようにその頭を軽く縦に振った。
彼の同意を得て、私は祖母へと振り返り、森で遭ったことを説明する。当然の事ながら、竜に纏わる事柄は伏せた。この祖母なら平然と受け入れてくれそうだが、此処には他に人の目がある。
説明し終えると、祖母はブランを頼もしそうに、そして何かを見定めるかのようにジーッと食い入るように見つめている。が、そこに怪我をしている一人の若い冒険者が口を挟んで来た。
「あんたが魔物を倒したって? 大嘘こくんじゃねぇ! あんたみたいな生っ白い奴が、あの魔物の群れを相手に戦える訳ねぇよ」
そう言葉を放った以外の他の冒険者は、何も言っては来なかったが、少なからず同様の事を思っているのだろう。若い冒険者を諫めようともしない。
「黙りな。うちの孫娘がこの目で観てるんだ、嘘な訳があるかい。それとも、孫が嘘をついてるとでも言うのかい? 見たとこあんたは、冒険者に成り立ての新人ってとこだろう? 大方、そこらのちょっと腕っ節のいいガキ大将が冒険者になり、調子扱いて魔物討伐の依頼を受け、返り討ちに遭ったってとこだろうね」
祖母はその冒険者の言葉を聞いて、凄味をきかせ、一気に捲くし立てるように言い放った。
祖母の言葉を聞いた若い冒険者は、その顔を青ざめて口籠もらせている。
『どうやら図星だったらしい。流石はおばあちゃん、年の功ですね』と、心の中でだけ呟いて決して口には出してないのに、睨まれました。
睨まれた瞬間、私は身体をビクリと震わせ、咄嗟に祖母から目を逸らしましたとも。すみません、私は何も言っておりません。
そんな私の様子をみて祖母は小さな溜め息を吐き、言葉を続ける。
「それに、この兄さんは魔物を退治して村の危機を救ってくれたんだ。感謝こそすれ、文句を言うのは筋違いってもんじゃないかい? 謝んな」
そう祖母に一喝された若い冒険者は、一瞬躊躇う様子をみせるも、己の過ちに気付くが素直になれないようでぶっきらぼうに一言だけ添えてブランに頭を下げてきた。
「すまなかったな」
その様子に祖母は、仕方のない子だね、といった表情で苦笑を浮かべている。
「まあ謝ったし、良しとしようじゃないか。さて、治療を再開するよ」
そうして、中断していた冒険者達の治療が再開された。
三人の冒険者の怪我の具合は、全員が爪による切り傷が全身に数ヶ所と、一人が左腕に牙が食い込み噛み千切られた跡が一カ所あり、その部分の肉は多少こそげ落ちて赤く染まっていた。
これしきの怪我じゃないような……もしかしたら両親が冒険者のせいか、祖母にとってはこういった怪我はこれしきに入るのかも知れない……うん。そう自分に言い聞かせ、己に無理やり納得させると、治療の手伝いを始めた。
左腕の噛み傷には、祖母が自ら治癒魔法を使い傷口を塞いでいく。
私はその間に、薬棚から切り傷に効果のある塗り薬と包帯を用意し、一つは祖母の近くに置いた。 そして私は、祖母が治療している以外の他の冒険者に、塗り薬を塗って包帯を巻いていく。二人いたので、一人はブランが担当してくれる。
祖母は、左腕の傷が塞がって行き赤みを帯びてくると、完治する直前で治癒魔法を使うのを止め、塗り薬を塗って包帯を巻いた。
治癒魔法で完治させることも出来るが、本来身体にとって、その身に備わる自然治癒力で癒やすのが一番良いので、戦闘中や重度の怪我や病気の場合は致し方無いが、それ以外は極力魔法に頼り過ぎない程度に治療を行う。その方が、治るのに時間はかかるが身体にかかる負担が少ない。治癒魔法を使うと、急激な回復による反動で、どうしても倦怠感が身体を襲うからだ。というのが、祖母の言である。
そうやって治療が終了して冒険者が眠りにつくと、後片付けをし、一息つけるため居間に移動した。
お茶の用意をして、椅子に凭れ掛かる祖母とブランの前におき、私も空いている椅子に腰掛けお茶を飲む。
お茶を飲んで一息つくと、祖母はブランに目線を向けた。
「遅くなったが、改めて孫娘を助けてくれて有り難う。それに、あのままだと魔物が村を襲って来る可能性も大いにあったので、村の危機も救ってくれたことに感謝するよ」
祖母はそう言って頭を下げ、顔を上げた後ブランに人好きのする笑顔を向ける。
どうやら祖母は、ブランの事が気に入ったらしい。滅多に酒を呑まない祖母が、こんなことを言い出したのだから。
「私はデボラって言うんだ。今日はあんたらも疲れたろう。兄さん…いや、ブランさんだったか、今日は泊まっていきな。直ぐに部屋の用意をするからさ。酒は行ける口かい? 良かったら付き合っておくれよ。それと、孫娘の手料理は後日振る舞わせるからね」
祖母は滅多に酒を呑まない。嫌いという訳ではなく、寧ろ好き……呑めば樽が軽く一本空くほどに。但し、普段は有事の際の治療などに支障が無いよう飲まないようにしている。今日は、魔物も退治された事で緊急の患者もいないと思われ、気分もいいので今晩は呑み明かそうといった所だろう。
その言葉にブランは了解の意を示し、今晩の宿泊が決定する。
そうして今晩は、ブランが魔物を退治した事を知った村人達も集まって、ちょっとした酒宴の席が設けられ、夜は更けていった。