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7.思惑

今回の話は、前話のブラン視点になります。

 事前に気配で魔物がこちらに迫って来ていることを分かってはいたが、そこに現れたのはヘルハウンドだった。


 念の為ついて来て良かったと、己の行動を自画自賛する。人には然程気にならない香りらしいが、人外の私にはわかる何時もは薫る魔除け効果のある匂いが今日の彼女からはしないことに会った瞬間気付いた私は、薬草を採りに行くと言う彼女に敢えて意地の悪い一言を口にして、彼女が私から逃れられないようにしておいたのだ。


 竜の私にとってヘルハウンドは、多少力の波動を解放して一睨みでもすれば逃げ出すような取るに足らない相手である。しかし、彼女にたまには格好いい所を見せたかったので、敢えてそうはしなかった。

 ヘルハウンドを見た彼女は、青ざめた顔をして怯えるようにその身を強ばらせていた。それも仕方ない。彼女はその年齢の割りにはしっかりとしていて、私にとっては特別な存在ではあるが、冒険者や騎士のように戦いなど経験したこともない、魔物などとは縁もない何処にでもいる普通の人間の少女だ。

 ヘルハウンドが今にも襲いかかろうとしていたが、そんな状態の彼女を放ってなど置けはせず、怯える彼女を安心させるように私は微笑んでみせる。そして、彼女の下に往かせるつもりなどありはしないが、万が一にも危険な目に晒すことのないよう結界を張ってから、直ぐ様ヘルハウンドに向き直った。


 そうやってこちらの準備が整うと、それを見計らったかのようにヘルハウンドが自分目掛けて飛び掛かって来ていた。

 私は体内に納めている己の骨から創り出した“竜刃骨剣”を呼び出して右手に持ち、ヘルハウンドに向かって駆け出す。

 風を司る竜の私にとってヘルハウンドの動きはとても緩慢なものに思えた。擦れ違い様に、剣をヘルハウンドに食い込ませその慣性の赴くままにこの身を動かし、刃を滑らせるようにしてその身を切り裂いた。

 前に数歩進んだところで足を止めると、切り裂いたヘルハウンドがその身を二つに分断され血飛沫を舞わせながらドシャッという音をたてて、その場に崩れ落ちる。

 同じようにして次々と襲い来るヘルハウンドを屠っていき、全てのヘルハウンドを僅かな時間でもって殲滅してしまった為か、若干弱いもの苛めをしているような気分に陥るが、こちらを襲って来たのだから自業自得であろう。


 ヘルハウンドを倒し、気配で他に魔物が潜んでいない事を確認し終えると、私は彼女の方へと振り返った。

 振り向いたその瞬間、彼女の身体が微かに揺れた。ちょっと羽目を外しすぎたかなと密かに反省しつつも、私はそのことに気付かないフリをする。

 それよりも今は彼女に褒めてもらいたいと思い、彼女の下へ駆け寄って行き、その顔を覗き込むように窺った。

 そんな私に、彼女は労うかのように優しく頭を撫でてくれる。しかし、無意識の行動だったのか突然声をあげその手を引っ込めてしまった。

 彼女の手の温もりがまだ残る頭部から直ぐにその熱が奪われていき、もっとその温かさを感じていたいと名残惜しさが込み上げてくる。

 そんな残念さを濃く滲ませる思いを込めて彼女を見詰めていると、彼女はこちらが聞き取ることが出来ない程の小さな声でブツブツと何かを只管(ひたすら)に唱え始める。暫しの間、そのような状態が続いたかと思うと、落ち着くように一度深呼吸してから彼女は口を開いた。

 その口から紡がれたのは、助けてくれたことの感謝と御礼がしたいとの言葉であった。

 その言葉に対して、君が無事なら……と、そう口にするも律儀な彼女のことだ、納得しないだろうと思い、何かして欲しい事を考える。

 結婚……は、いつもの如く速攻で断られるのが目に見えて明らかだし、こんな程度のことでそのような要求など有り得ない。なら、口付けなら……。そう考えるも、折角上げた好感度が台無しになるのは避けるべきだと、欲望のままに突き進もうとする己の心を諫め、彼女の好感度を下げず自身も満たされるものと思い、手料理を思い付いた。

 手料理が食べたいことを提案すると、彼女は謙遜しながらも承諾の意を示し、何か食べたいものはあるのかと私にリクエストを聞いてくれる。

 そんな彼女の思い遣りに癒されつつ、彼女の作ったものならば例えどんなものであろうともきっと美味しいのだろうと思い、君が作ったものなら何でもいいと返した。

 彼女はわかったわと笑顔で頷き、その後、疑問に思うことでもあったのだろうか? 不思議そうな顔を浮かべ、首を傾げている。

 そして、何かに気付いたのか私の右手をマジマジと食い入るように見詰めてきた。


 右手? うーむ、何かあったかな? 怪我はしていないし……との熟考の末、もしや先程まで使っていた剣の事ではないかとの予測をたて、聞いてみることにした。

 問い質してみると、ずばり予想は的中していたようで彼女は頷きを返してきた。

 疑問に思うのは当然の事かもしれない。普段あの剣は体内に収納されており、必要な時だけ呼び出しているのだから、武器になるようなものは携帯していない丸腰に見える状態なのだ。しかも、あの剣はその特異性と威力から、創り主である自分と自分が許可した者しか扱えないようにしてある。

 そのことを説明すると、彼女は謎が解けたようで納得するように相槌を打ちながらも、その中で許可した者以外が扱おうとした場合についてはどうなるのかと疑問を呈してきた。


 許可なき者には重過ぎて持つことすら出来ない。

 あの剣の特異性。それは、竜である自身の骨から創られているということ。竜の身体は貴重な素材となり、滅多に手に入れられるものではない。そのことを知っている者達にしてみれば、あの剣は喉から手が出るほど欲しいものなのだ。だから、自身が心許した者以外には持つことすら出来ないように処置を施してある。


 竜の身体は貴重な素材──それが、子竜を里の外に出さない理由の一つでもある。竜の身体は成竜となる前の子竜では、その外装である鱗や皮膚はまだ成長段階のためか柔らかく、成竜のような強靱さを持ち合わせてはいない。一時期、それを知った人間達の手によって子竜が狙われ、濫獲される破目にもなったのだ。そういった経緯もあり、里の大人達は子竜が外に出る事を禁じ、里の周囲には目くらましの魔法と成竜による里を中心とした周辺の警戒を行っている──その事が私に苦々しい思いと悲しみを齎した。


 そのことが顔に出てしまっていたらしく、彼女は申し訳無さそうな顔を見せ、謝罪してくる。

 口に出したのは自分だからと、気不味くなってしまった空気を払拭させるべく私は自身を奮い立たせ、笑ってみせるのだった。



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