5.森の中で
あの衝撃的な出会いから、毎日、ブランは何度断られようとも懲りもせずに人の姿をとって村に訪れるようになった。
レティシアはブランの美しく魅了する笑顔に初めのうちは見惚れて翻弄されてしまっていたものの、どんなに美しい顔もこう毎日見れていれば見飽きるというもので、何時しか彼への対応も蔑ろになるようになっていた。
それよりも、彼女の頭を悩ませたのは“竜殺し”の称号のことだった。
ステータスカードは、任意で表示するものを決めることが出来る為、見せたくないものは非表示にすれば問題ない。しかし、ステータス閲覧魔法での表示は避けることが出来ない。
もし万が一、ただの田舎の村娘、それもこんな非力な小娘がこんな称号を持っていると知られたら……、どうやってこのステータスで竜を倒したんだとか、称号詐欺──条件を満たしてこの称号は発現するのだから本来それは有り得ないのだが──やステータスの表示異常ではないかとか、とにかく色々な意味で注目を浴びる破目になるのは目に見えて明らかだ。しかも、その肝心の倒された相手である竜が自分の隣にいるのだから……。そう思うと、前代未聞の竜を殺していない竜殺しの称号が、彼女の頭を悩ませ、その肩に重く伸し掛かっていた。
溜め息を吐き、気を取り直して再び森の中へと歩みを進めていく。
今日、祖母に頼まれた採取する薬草は、発熱した際に服用する解熱作用のある薬草と、切り傷に効果のある薬草である。
解熱薬は、対象となる薬草の根・茎・葉を乾燥させ、それを煎じて服用する。
傷薬は、薬草を乾燥して使用する他、お酒に2週間〜数ヶ月の間漬け込んで薬草酒としてエキスを抽出し、それを蜜蝋などと溶かして混ぜ合わせ、塗り薬とするのだ。
当然の事ながら、薬草を採りすぎては今後採取不可能となってしまうので、採取に適した育成状態や繁殖率かを鑑みて、採る量を決めなければならない。
この類の薬草は森の入り口付近にも生えているが、他の人が採取し易く緊急時に必要になった際の備えとして、普段は余り採らないようにしている。
そういう訳で、必要な薬草を探しながら森の中を進んで行き、森の入り口から30分程進んだ所で傷薬の薬草がある場所へと辿り着き、早速採取を開始する。
その薬草は、茎に対して交互に羽を広げたような形で、裏面には白く軟らかい毛を付けた葉を生やしている。その葉を50枚摘んだら、それが散乱しないよう尚且つ落ちないように紐でしっかりと束ね、持って来た籠に入れる。
そして、次は解熱作用のある薬草を探して、一時間程森の奥に進んだ。
そこで、小型で地面を這うように生やした短い茎に、卵型楕円形で先端を尖らせた葉を付けた薬草を見付けると、籠の中からシャベルを取り出し、周りの土を掻き出すように掘っていく。この薬草は、根を乾燥させ使用する為、土に埋まっている部分を掘り出さねばならない。一つ掘り起こして回りに付いている土を払い落とし、籠から袋を取り出してその中に入れ、袋を籠へと戻す。
そんな私の様子を、ブランは終始興味深そうに観察していた。
私がもう一つ薬草を掘り出そうと行動すると、彼が今度は自分にやらせて欲しいと言い出したので、シャベルを手渡し任せてみることにする。
すると、手早く力強い動作であっという間に薬草を掘り起こしてしまった。そこは、やはり男の子何だなと感心してしまう。
彼が掘り出した薬草を先程の袋に入れ、籠にしまう。
「それじゃあ、頼まれた薬草は採れたし、村に帰りましょうか」
そう彼を促して、村へ戻ろうと足を数歩踏み出した所で、いきなり彼が左腕を私の前に突き出して庇うように、私の歩みを遮った。
「待って、レティシア」
彼はそう言いながら、右手にある草むらの方を警戒するように見ている。
すると、その直後に草むらがガサガサと揺れる音がして何かが飛び出して来た。