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3.追憶・少女と竜の出会い(前編)

今回の話は、二人の出会いを前後編のそれぞれの視点でお送りします。


〈前編〉

少女レティシア視点

〈後編〉

竜の青年ブラン視点

となります。

 私と白銀に光り輝く竜が出会った日。――それは、奇しくも今日と似たような状況下で、貴重な薬草の育成状況の確認に森の中へと赴いた時だった。




 私は村で祖母との二人暮らしをしている。両親は健在ではあるが、冒険者として世界各地を駆け巡っており、滅多に村に帰ってくることはない。たまに無事を知らせる手紙が届くくらいだ。

 そんな訳で私は祖母に預けられ、その祖母が親代わりをしているという訳である。

 一緒に住む祖母は、怪我や病気・薬草などの医学知識と治癒魔法を扱う治療術師で、ミルテ村は小さな村なため病院や診療所のような施設はなく、村人達は怪我や病気の際は祖母を頼って訪ねてきた。村には他に医療の知識を持つ人はおらず、親しみやすい人柄もあってか、祖母は村中の人々から慕われている。

 そんな祖母を見て育った為か、私も将来は医療の道──主に薬師──を目指しており、祖母の手伝いをしながら日夜、薬草図鑑のページを捲る毎に、どのような薬草があって、その形状・採取場所・効能といったものをしっかりと頭に入れ、森で実際に薬草を採取して調べたり等して励んでいる。


 薬草はそれぞれに適した環境下になければ育たない。

 アオミズバカゲロウ草は、高い治癒力を誇る回復薬の材料となる貴重な薬草で、薄暗い場所や夜には蒼白い光を仄かに放ち、可憐で小さな白い花を咲かせ、水辺の水分の少し多い湿った環境を好んで育つ。

 数ヶ月前、今まであまり足を運んだことのない森の奥に、偶然この薬草が僅かに生えている場所を発見した。

 アオミズバカゲロウ草は、育成が難しく、周りに他の草花が多くあると其方に栄養分をとられ育ち辛くなってしまう。また、茎が細く根が短い為、川のような水の流れの激しい場所は適さない。

 周りにある余計な草花は取り除いて他に移植させ、綺麗な水が何処からか流れて溜まっている浅い水溜まりの中で大切に育て、今は順調にその数を増やしている。

 森の奥は鬱蒼として草木が生い茂り、土は水気を多く含んで所々ぬかるんでいる。木の葉の隙間から僅かな日の光が差すだけの薄暗い空間を抜けた先には少し開けた場所があり、そこには小さな池があった。その池の周辺にアオミズバカゲロウ草は生えている。


 ミルテ村の周辺ではあまり聞いたことはないが、こういった森の奥では魔物が出現する事もあり、念のため魔物を警戒して魔除けの匂い袋も身に付けている。


『アオミズバカゲロウちゃん、待っててね〜♪』と、今日も手塩に掛けて育てている可愛い薬草ちゃんの育成状況を確認しに、鼻歌を歌いながら軽やかな足取りで森の奥を目指した。


 しかし、森の奥に着くと、なんとそこに待ち受けていたのは、鋭い爪と牙を持ちコウモリのような翼を備え、頭には一対の角を生やし、巨大な爬虫類を想わせる白銀に光り輝く鱗に覆われた竜が、私が大切に愛情を注いで育てているアオミズバカゲロウ草を頬張っている姿があるではないか。


 ……漸く此処まで増やしたのに――。私の身体はあまりの衝撃に怒りに打ち振るえ、その竜に向かって衝動的に叫んでいた。


「ちょっと、そこの白竜! なに私が丹精込めて育てている薬草ちゃんを頬張ってるのよ! この薬草泥棒!」


 僅かながらも元々は自生していたものだ。泥棒というのは如何(いかが)なものかと思われるが、この薬草が此処まで数を増やしたのは自分の努力あっての賜物。なので、言い掛かりだとか理不尽じゃないか? という言葉は言い兼ねる。


 私のその言葉に、白銀に光り輝く竜は、急な事に面を食らったようで、呆気にとられポカーンとした表情を浮かべ、鋭い牙の生えた大きな口に薬草を含んだままの状態で固まっていた。


 そんな竜の状態などお構いなしに、私は人差し指を竜に突きつけながら肩を怒らせ、足音をズンズンとさせながら竜との距離を縮めていく。

 傍まで近寄り、私は再度竜に向かって怒鳴り散らす。


「ちょっと、聞いてるの? 薬草泥棒さん!」


 その言葉に白竜は漸く硬直から立ち直ったらしく、謝罪してきた。


『人の手で育成している物とは露知らず、てっきり自生している物だとばかり思っていたのだ。すまないな、人間の娘よ』


 その言葉は竜の口から発せられているというよりも、頭に直接響いて来るように感じられた。


 謝罪の言葉を受け、私は怒りを治め冷静になる。目の前の竜の言い分は考えてみれば尤もな事で、普通こんな森の奥で人が薬草を栽培しているだなんて思わないだろう。栽培するなら普通は自宅近くで、こんなところで薬草を栽培している物好きは自分だけなのかもしれない。

 そう思い至り、泥棒扱いはなかったかなと反省して此方も謝罪する事にした。


「いいえ、私も泥棒扱いしてごめんなさい。こんな森の奥で誰かが栽培しているなんて普通思わないものね」


『いや、気にしていない。それに、君が育てている薬草を食べてしまった事には変わりはないから、本当にすまなかった。お詫びとして、竜の加護をそなたに与えよう』


 私の謝罪に対して、竜は律儀にも更に謝罪を述べ、頭を垂れた。

 その後で、私の身体を暖かい白い光が包み込み、少しするとその光が消える。

 ……此の光が竜の加護を与えられたという事だろうか? 一見何も変わったようには見えない。そう私が疑問に思っていると顔に出ていたのだろう。竜は加護について簡単に説明してくれる。


『私が今与えた竜の加護とは、あらゆる外的要因からその身を守るもの。つまり、怪我をし難く、病にかかり辛くなるといったものだ』


 いくら薬草のお詫びだからといって、初対面の私にそのような立派な加護を授けるとは……。この竜は随分お人好しなんだなと、何だか却って気の毒な気持ちになってしまう。


「ご丁寧に有り難うございます。却って気を遣わせてしまったみたいですね」


『構わぬよ。ところで人間の娘よ、そなたに尋ねたき事があるが聞いても良いか?』


 そんなこともあり、質問を投げ掛けてくる竜に対して私は気軽に応えることにする。


「私が答えられる範囲でなら構わないわよ」


『うむ、感謝する。……そなたは竜である私の姿を見てどう思う? 恐ろしいとは思わないのか?』


 竜は少し躊躇うような素振りを見せながらも、そう私に問い掛けてきた。

 その問い掛けに、私は目の前の竜の姿を一瞬眼に捉えてから考える。そして、率直に感じた事を述べた。―――夜明け前の夜空にも似たような、綺麗で何処か物寂しげな紫色のその瞳を見つめながら。


「そうねー。鋭い爪や牙を持っていて、こんな図体をしているから一見恐ろしく思うかもしれないけれど……。目は口ほどにものを言うといってね、貴方の眼を見れば殺意や狂気がないのは明らかだし……あっ、子供と思って馬鹿にしないでよ! お婆ちゃんの仕事を手伝って色んな人を見て来たせいか、こう見えて人を…って貴方竜だけど、人も竜も変わんないでしょ。見る目はあるつもりよ。話をして見て更に確信したわ。怖く何て無い。寧ろ初対面の私に謝罪と称してこんな立派な加護を授けるあたり、お人好しと言ってもいいんじゃないかしら。

ふふ、貴方の瞳まるで夜明け前の空みたいな色ね。それに、その体に光が反射して光り輝いていて、とても綺麗だと思うわ」


『そっ、そうか……。有り難う』


 私の答えに、竜は少し照れるかのように顔を背けながら、感謝の意を示してきた。竜が人であったなら、その顔を赤く染めていたかもしれない。

 そして、その後には何かを悩んでいるような唸り声をあげている。

 暫くして唸り声が止むと、竜は頭を此方へと向ける。その瞳からは、何かを強く決意した強固なる意思が伝わってきた。


 すると、突然竜の身体が金色の眩い光に包まれ始める。私は目の前で起きているその現象を、訳が分からないままに唯見つめていた。竜は、次第にその巨大な身体を小さくし、縮んでいくではないか。

 そして、光が一層輝きを増したその次に目に写ったのは―――白銀の髪に紫色の瞳を持つ、色白で端正な顔立ちの美しい青年の姿であった。


 目の前の唐突な出来事に、私は頭の理解が追いつかず、目を見開きパチパチと瞬きを繰り返す。そして、先程までいた竜の姿を求めて視線をキョロキョロと彷徨わせていた。

 そんな私の困惑を察したかのように、目の前の青年が口を開く。


「困惑させてすまない。先程まで目の前にいた竜が私だ。これは、“人化の術”といって、人ならざるものが人に歩み寄り理解しようと思い至った結果、編み出された技だ。私の名はブランと言う。君の名は?」


「……えっと、レティシアです」


 未だに混乱する頭で何とか言葉を絞り出すように名前を告げる。

 すると、目の前の青年はとろけるような美しく魅了する笑顔を見せた。私はその美しい笑顔に思わず見惚れてしまう。

 そして、青年は何処かの王国騎士か上流貴族を窺わせるような流れる仕草で片膝を地面につけ、私の手を取り、こう告げてきた。


「私、ブランシルド・シルヴァイスは誓う。レティシア、君に惚れてしまったようだ。私と結婚して欲しい」


 そして、握っている私の手に口づけを落としてきた。


「……ほえっ!? ……えーと、今のは聞き間違い?」


 私の頭は、青年の行動と今告げられた言葉が信じられず、一瞬思考を停止させる。停止状態からは直ぐに復帰したものの、困惑を極めままの頭からは、奇妙な声と共に思っていた言葉が咄嗟に口から出ててしまっていた。


「聞き間違いなどではない。今一度言おう。レティシア、君に惚てしまった。私と結婚して欲しい」


 目の前の青年を窺って見れば、そこには愛しくてやまないといったキラキラとした慈愛に満ちた面持ちで、熱に浮かされているような眼差しを私に向けてくる紫の瞳があった。その背後には、華やかな花束を背負っているような錯覚すら覚える。

 今までの何処に色恋沙汰に繋がるような要素があったのよ!? と、心の中で突っ込みを入れながらも、竜の青年からの突然の求婚―――そのことを理解した途端、私は思わず叫び声を上げていたのだった。


「……なっ、なんっっの冗談なのよ、これはぁ〜!!!」



 色気の欠片もない。でも、鮮明に焼き付いて離れない。それが、私と白銀に光り輝く竜との出会いであった。




 そして、現在の状況──竜の青年ブランが毎日求婚に村を訪れる──に至る。





…。

……。

………え?、返事はどうしたって?

 そりゃあ、当然の事ながらお断りしましたよ。だって、私まだ(当時は)12歳ですよ。今もそんなに変わりませんけど、結婚なんてまだまだ有り得ませんからね!



※注意書き※

今回登場する薬草は作者の考えたオリジナルですので、実際には存在しません。

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