2.少女と青年の事情
少女は青年の言葉を聞いてその身を硬くするも直ぐにハッとなり、誰かに聞かれてはいないかと辺りを見回した。
近くに誰もいないとわかるとホッと一息つく。だが、ここは村の中でいつ他の誰かに聞かれるとも分からない。そう思い、青年の腕を強引に引っ張り村の外へと連れ出そうとしたが……相手は大の大人。連れて行こうにもそう容易にいく筈もなく__。
「村の外に出るわよ。付いて来て」
そう言った少女の声音は心なしか低く固い。
「フフフ、なかなか積極的だね」
青年の的外れな一言に少女は心の中で嘆息しながらも、彼の腕を引く。それに青年は、何処か面白そうにして彼女に手を引かれるままついて行った。
村から少し離れた所に辿り着くと、少女は急に青年の胸倉を掴んで捲くし立てる。
「そんなわけないでしょうが! 其れはともかく、その事は内緒だって言ったじゃない! 私は竜を殺してなんかいない。戦ってすらいないのに……その事は貴方が一番よく分かっているじゃないの」
「だけど、君のステータスには“竜殺し”の称号が確かに明記されているだろう?」
──ステータスとは、この世界のあらゆる人間や動植物・魔物等といった生物から果ては道具に至るまでに存在し、身体能力や性能を数値化、スキル・称号等といったその者が保有している技術・技能が表記されたものだ。能力は、鍛錬や学習等を繰り返す事により更に上昇させられる。称号は、その者が今までに成してきた行動や特定の条件を満たす事で得る事が出来る。このステータスは、ある特定のキーワードを口ずさむ事によって出現するステータスカードにより、他者にも提示することが出来るが、この時に能力やスキル・称号は任意で明示する事が可能で、大抵は名称・年齢などといった差し障りないもののみを表示し、身分証明書として活用されている。また、相手のステータスを閲覧する魔法で見ることも可能で、この場合にはステータス全てを閲覧可能である──長くなったが、以上でステータスについての説明を終了とする──
「うっ!? ……それは…でも、こうやって貴方は無事でいるじゃない。私が出会った竜は貴方が初めてで、貴方以外には会った事もないわよ。……それに、貴方だって正体がばれたら困るでしょう?」
少女は青年の指摘してきた言葉に口ごもり、先程よりは少し弱々しい声音で反論する。
少女の発言から察せられると思うが、青年は人ではない。その本性は、強大な力を持ち人々に畏れられる“竜”であり、彼は白銀に光り輝く鱗を持ち600年の時を生きる白竜であった。
竜は軽く数千年の時を越える寿命を持つ長命種である。竜にとっての成人は500歳。竜としては成人して間もない、まだ若僧とも言える歳である。
竜は大まかに空を駆ける天竜、地上を住処とした地を駆ける地竜に分かれる。そして、それぞれが持つ色は赤は炎・青は水といった具合にその者の性質を色濃く表しており、白は風を司る。白竜とは風を体現している天竜だ。
「だから小声で言っただろう。それにしても、君の初めてになれて光栄だね。でも、無事かと言われると……身体は生きているけれど心はレティシア、君という人に撃ち貫かれ囚われてしまい無事だとは言い難い。だから、責任とってね、レティシア。それと、先日も言った通り、貴方ではなく名前で呼んで欲しいな。ブランと」
“竜殺し”──それは竜と闘い、討ち倒した勝者の称号である──但し、ここでは本来ならばと注釈がつく。レティシアの場合はそれに該当せず、他者とは事情が異なった。竜には会ったが、武器を手に取り戦いを繰り広げた訳ではない。ましてや、こんな物騒な称号など彼女は欲っしていなかったのだ。
「はいはい、貴方が毎日求婚するのをやめてくれたら呼んであげてもいいかもね。それよりも、さっさと薬草を取りに行くわよ。どうせ、付いて来るなと言っても来るんでしょうし」
レティシアは青年に対して御座成りな返事をすると、森の中へと足を進めるべく青年を促す。そして、この森の中で竜殺しの称号を獲得する原因となったあの日──白銀の竜との出会い──に思いをはせた。