28.条件
ブランとレティシアの2人は寄り添いながら長老達と向かい合い、再び対峙する。
結果的にはレティシアが長老達を庇ったことになり、彼女へと向けられる視線はまだ多少の鋭さはあるものの先程よりは穏やかなものへと変わっていた。
しかしそれでも認められない、認めたくないと食い下がろうとする。
『あくまでも、ブラン様は其処な人間の娘に現を抜かした上、その長き寿命と力を捨てその娘と共に生き、共に死のうというのですか?』
その話を聞いたレティシアは、婚姻の話は聞いていたが契約についての話は聞いていなかった為、驚きに目を見開きブランにその事を確認するように彼の顔を仰ぎ見た。
決意は既に固めていたが、急報によりその事を彼女に持ち掛ける時間がなかった。だから、契約や竜玉についての話はしていなかったので驚かれるのは当たり前の事だろう。
ブランはレティシアに頷くことでその話が真実であることを示し、彼女に契約について持ち掛ける。
「まだ君にはその事について説明していなかったね。私は君と婚姻を結ぶと共に、ある命の契約を結びたいと思っている。私は君のためならこの今ある長き寿命を捨て、君と共に生き苦楽を共にして、そして死ぬ時は君と共に死にたいと、そう願っているんだ。但し、この契約を私と結んだ場合、反対にもし私の身に何かあればその時は君も共に死ぬことになる。それが“命約の絆”と呼ばれる、命を共有する契約だ。……そして里には、私の竜の力を集めて結晶化した“竜玉”を残そうと思っている」
そう告げると、レティシアは瞳を涙に滲ませるようにして潤ませ、ふるふると震えだした。
「……そんな大事なことは、もっと早くに言うべきでしょ!」
頬を少し膨らませて怒るような顔をみせて、彼女はふいっと顔を背けてしまう。下ろされている長い紅の髪がそれと共に揺れ、ブランの肩を擽った。
ブランは彼女の様子に苦笑を漏らしながら、腰に回している手とは反対の手で、愛おしむように彼女の頬にそっと触れて囁く。
「ごめんね。君に告げようと決意した時に、急報が届いて帰郷しなくてはならなくなったから」
そうしてレティシアの様子を窺い見ると、背けられた彼女の耳元は赤く染まり、その微笑ましさにブランは思わず口端をつり上げる。
たった1人の唯一絶対的とも言える存在。
両親や長老、里の竜達が望むようにしてこの里を束ねて守り、決められた婚約者と結婚して子を成し、長き生を生きるのだと言い聞かせて何処かで諦めていた。
しかし、反対されても両親も里も他の何もかもを投げ捨ててもいいと、罵られようとも構わない。
こんなに熱くて身を焦がすような強い想いを知ることが出来る日が来ようとは、里を出る時は思いもしなかった。
だから―――
「何度も言うが以前にも言った筈だ。私の想いが変わることはないと。決してこの想いが揺らぐことはない」
長老達に向かって再度宣言する。
隣で顔を背けていた彼女も、その言葉に再び長老達へと真っ直ぐ顔を向けた。
私の決して退くことのない様子を無言で眺める長老達。
また以前と変わらぬ睨み合いの膠着状態が続くのかと思われた時、其処へ今まで話しを見守っていたカリヴァーンが突然口を挟んだ。
「しゃーないな、俺も里に戻るとするか。ブランだけに全てを背負わせて押し付けて来た、せめてもの罪滅ぼしだよ。そうすりゃあ、長老達も安心して納得出来るだろ?」
「……カリヴァーン…いや、カル。お前はそれでいいのか?」
ブランはカリヴァーンの方を振り返って、あんな事を言って里を出て行ったのに正気かと問い質す。
「ああ、決めた。俺がこいつの代わりに里長の役目を引き受けるよ。だから、こいつら…2人のことは許してやっちゃあくれねえか、長老方?」
カリヴァーンはブランの確認するような問いに、覚悟を決めた瞳を宿して長老達にそう持ち掛けた。
長老達はカリヴァーンの言葉を聞いて深い溜め息を漏らすと、いい加減諦めたように話し出した。
『……わかった、許そう。カリヴァーンまで其処まで言うのならば、私達も彼女との婚姻を許しましょう。……但し、条件があります』
婚姻の許しは得られた。しかし、そうは問屋が卸さないと言わんばかりに長老達は条件があると突き付けてくる。
果たしてそれはどんなものであろうか?
私だけに負担のかかるものであれば構わない。しかし、それが彼女にもとなると───それを呑むことは出来ない。
取り敢えず、先ずはその条件とやらを聞いてみてから判断しよう。
「その条件とは一体何だと言うのだ?」
『そうですね、先ずは1点目です。貴方様とその人間の娘レティシアのお2人はこの里で生涯を共に暮らすこと』
「――っ!? それは!」
ブランは彼女を人の輪から遠ざける無理を強いるような条件は呑めないと、話に割り込もうとした───が、それは制される。
『ブラン様、最後まで話をお聞き下さい。──但し、このまま彼女を此処から帰さないというのは色々と問題にもなりますので、今回1度切りの帰郷は許しましょう。それで、別れを済ませて下さい。ですが、この里の場所を漏らすようなことは許されません』
長老達の譲歩とも取れる条件に、レティシアは頷いて己が意思を示す。
「わかりました、その条件を呑みます」
「本当に良いのかい? 私は君に無理を強いるような事はさせたくないよ」
ブランは心配して、彼女の様子を窺うようにその顔を覗き込む。
「後悔はしていない……と言えば嘘になるかもしれない。けれど、貴方を選んだことを後悔はしないわ」
ブランが問えば、レティシアは朗らかな笑みを浮かべてそう返した。
問われた際に、一瞬海に行った時の思い出が彼女の脳裏を掠めたが、あの場所にもう2度と行くことは叶わなくても、彼と傍にいられることを優先したいという想いで占められたからだ。
「君がそう言うなら私は構わないけれど……無理なことははっきり無理と言っていいからね」
尚も心配してそう言ってくる彼に、相変わらずブランは心配性ねとレティシアは思う。
「大丈夫よ。私は自分の意思は自分で示せるわ。今までだってそうだったでしょう?」
「……そうだね。君は出会った時からそうだったね」
そうしてブランとレティシアは互いに微笑み合った。
2人の話にけりがついたのを見計らって、長老達が話を続ける。
『では、話を続けましょうか。条件はもう1点あります。それはブラン様自体が申し出されていた“竜玉”についてです。貴方様には力の結晶となる“竜玉”を生み出して頂き、それを里へと残して頂きます。そうすれば、貴方様は力の大半と長き寿命を失い、人間と差ほど変わらなくなるでしょう。ですが、それを覚悟の上で申されていた筈です。それに今後里から出ないとなれば危険もないでしょうしな』
「ああ、それは構わない。私自身が覚悟の上で申し出たことである訳だし、彼女と一緒に年月を重ねる事が出来るのだから本望だよ。但しそれは、彼女の帰郷に付き合った後でも構わないだろう?」
ブランは竜玉を生み出すことに対して即座に承諾を示したが、長老達にそう交渉を持ち掛ける。
『ええ、その後で構いません。……ですが、必ずこの里へお戻りになるのですよ? 逃げ出すような事などはお考えなされることのなきよう』
長老達は何を思ったのか、そう忠告してくる。そんな心配など無用な事だとブランは言い返す。
「その心配は杞憂だ。私も彼女も逃げ出すくらいなら、初めからこんな話し合いなどしようとも思わない。私は彼女の親代わりの方に挨拶に行くのだ。彼女の一生を左右する問題なのだから、私が共に挨拶に行くのは当然のことであろう?」
ブランがそう問い掛けば、長老達は『それは当然でありますな』と了承して、話し合いは終わりを迎えたのだった。




