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お茶会同好会シリーズ

『喧嘩百景』第9話「緒方竜VS松本王子」

作者: TEATIMEMATE

   緒方竜VS松本王子


 煙草の――煙?

 図書館五階の窓から一人ぼーっとグラウンドを眺めていた緒方竜(おがたりょう)は、目の前を立ち上る白い煙に眉を(ひそ)めた。ここは学校の図書館だ。こんな所で誰が――――。竜は視線を下の階へ落とした。

 四階の、ちょうど真下の窓から黒い頭が一つ覗いていた。窓枠に肘を付いて少し身を乗り出すようにしている。黒の学生服、学生だ。煙はそいつの手元から立ち上っていた。

 ――うちの足元でどこのどいつや。

 竜は何か投げるものを探してポケットに手を突っ込んだ。

 図書館五階のこの部屋は、彼ら「お茶会同好会」が、部室として使っている。元々図書館の三、四階は専門書や全集しか置いていないので一般生徒もあまり寄り付かなかったが、彼らが五階に部室を置いてからはますます敬遠するようになっていて、四階の窓から人が顔を出しているところなど、この二年、竜は見たこともなかった。

 お茶会同好会は一昨年できたばかりの同好会で部員も少なく、活動もたまに寄り集まって茶会を開く程度のことだったが、創設時から学校中でその存在を知らぬ者などいないはずだった。

 初代会長成瀬薫(なるせかおる)初代副会長内藤彩子(ないとうさいこ)前会長日栄一賀(ひさかえいちが)――彼らが今はもう解散してしまった一高(いっこう)龍騎兵(ドラグーン)のメンバーだったことが知られていたからだ。中でも薫は龍騎兵の最後の総長だった。そのため、中学時代に龍騎兵に関わっていた者も「お茶会同好会」の縄張りである図書館では滅多なことをしないのが常だった。

 特にその昔「最強最悪」と呼ばれた前の会長、日栄一賀が喘息持ちであることが知られていたので、彼が会長の間は校内で喫煙する者など一人もいなくなっていた。

 それが。

 「お茶会」の部室の真下で堂々と煙草をふかす者がいるなどというのは――――。

 ――俺様をなめやがっとんのか。

 お茶会同好会の現会長である竜は、ポケットから取り出したアメ玉を下へ放り投げた。

 狙って投げたわけではなかったのであたりはしなかったが、そいつは気が付いた様子で首を捻った。

 襟元に緑の記章が見える。

 ――何や、一年やないか。

 竜はちらりと見えたその記章を確認した。

 まだここが誰の縄張りか知らないのか――――。

 しかしそいつは竜と目が合うとにっと笑って手を振った。

 ――何、やと――――。

 知っている。そういう顔だった。そいつは真上に竜がいることを百も承知でわざと四階のその窓から顔を出していたのだ。

 ――あいつ。

 竜はもう一度ポケットに手を突っ込んだ。

 くすりと笑う声が聞こえる。

 竜は窓枠を思い切り殴り付けた。

 ポケットから取り出したアメ玉をまとめて投げ付ける。

 ――待っとれ、今、下りて行ったる。

 しかし、窓を離れようとする竜の視界の端で、何かが窓から飛び出した。

 竜は慌てて窓枠に飛び付いた。

 「あほう!!やめえっ!!」

 下に向かって怒鳴りつける。

 あろうことか窓枠に足を掛け身を乗り出しているやつがいる。そいつが知らん顔で煙草をふかしているもう一人の頭の上に降り注ぐアメ玉を受け止めたのだ。

 竜は見ただけで総毛立った。

 「その関西弁、あんたが緒方竜だな」

 そいつは窓枠に手を掛け、窓の外へ背を向けて、竜を振り仰いだ。

 襟には緑の記章。一年生――――。

 しかし、竜はそれどころではなかった。

 「あほんだら!!今すぐ下りてったる、そこ動くんやないで!!」

 鳥肌が立ち、指先から血の気が引く。

 すぐ下りて行くとは言ったものの、竜はそこを動けなかった。

 そいつが竜の言葉もお構いなしに窓から身体を出して煉瓦風の模様になっている壁面のタイルの目地に手を掛けたからだ。

 竜は窓枠にしがみついて手を差し伸べた。

 一刻も早く()めさせなければ自分の神経の方が保たない。

 そいつは当たり前のように竜の手を掴んで五階の窓に飛び上がった。

 「さんきゅー先輩 v」

 まだ中学生のようなそいつは幼さの残る笑顔を竜に向け、

「俺、松本、松本王子(おうじ)。あんたが今ここのナンバー1なんだってな」

と言った。

 その言葉は、竜にとってはイヤミ以外の何ものでもなかったが、彼にはまだ反論するための心の余裕が戻ってはいなかった。

 「あほう!!俺に用があるんやったら早う入って来んかいっ」

 窓から離れて相手に下りてくるためのスペースを空けてやる。

 小柄な一年生はぴょーんと彼の目の前に下り立った。

 小さい。そいつは、長身の竜よりも三○センチばかりチビだった。

 「お茶会同好会会長、緒方竜。相手になってもらおうか」

 チビは肩を回して拳を突き出した。

 竜は(ようや)くほうっと息を吐いた。

 「ええ度胸しとるやないか、こんクソガキ。いっぺん泣かしといたろか」

 「その言葉、そのまま返すよ、先輩 v 泣いても知らないから」

 チビ――松本王子は、拳を口元に寄せて「ちゅっ」とやった。

 「表ぇ出さらせ!!」

 竜は手近の椅子を蹴り飛ばして天井を指差した。

 「そうこなくっちゃ」

 満面の笑みを浮かべて王子は窓に飛び付いた。


★             ★


 「待ちかねたよっ、先輩」

 (りょう)が大慌てで屋上に上がっていくと、王子(おうじ)はもう屋上のコンクリート製の手すりの上に立って彼を待っていた。

 「こんクソガキ、何でもええわい、かかってこんかいっ」

 王子は四階から五階の窓へ壁づたいに上がってきただけでは飽き足らなかったのか、屋上へ上がるのにも五階の窓から飛び出した。

 どうやったらそんなことができるのか竜の常識では考えられない神経の図太さだった。

 「かかって来るのはあんたの方だよ、先輩」

 王子は片手を腰に当てて拳を突き出した。

 その仕草に竜は嫌な既視感を感じて眉を顰めた。

 ――何や、前にもこないなことが――――。

 「へーい、かもーん」

 王子は人差し指でちょいちょいと手招きした。

 びくんと嫌な思い出が竜の身体を震わせた。

 ――あいつか。

 石田沙織(さおり)の人を小馬鹿にしたような笑顔が頭を過ぎる。

 身の軽さと言い、人を馬鹿にしたような言動と言い、いちいちあの女にそっくりなのだ。

 竜は、怒りにまかせて飛び込むのを躊躇(ためら)った。

 沙織のやり口はよく知っている。ああやって挑発しておいては逃げの一手で、必死で逃げているにも関わらずその素振りさえ見せず、攻め手が僅かでも隙を見せれば絶妙のタイミングで足下(あしもと)を掬うのだ。迂闊に乗せられるのは得策ではない。

 「いつまでもそないなとこに立っとらんと下りて来んかい」

 王子に対する警戒以外の理由もあって手すりに近付けない竜に、

「力尽くで引き擦り下ろしてみたらどう?」

と、王子は手を差し出した。

 王子の背格好は沙織とほとんど変わらない。不知火羅牙(しらぬいらいが)のような常識外れた馬鹿力の持ち主がそうそういるとも思えないが、あの体格で、竜と力で勝負しようというのだろうか。

 ――何企んどんのや。

 竜はそろーっと手すりに近付き王子の手を掴んだ。

 何を企んでいたとしても、羅牙のような念動力者でもない限り、こんなチビに止まっている彼の身体を持ち上げることは不可能――竜はそう判断したのだ。

 しかし、王子は、

「先輩、随分と腰が退()けてるよ」

と笑うと、竜の手をしっかりと握ったまま、背中から手すりの向こう側へ身を投げた。

 軽いとはいえ、王子の全体重が位置エネルギーを運動エネルギーに変えながら竜を引き寄せる。

 「何すんねやっ!!あほう!!」

 あっという間に手すりまで引き寄せられて、竜は声を上げた。

 幅のあるコンクリート製の手すりは返って掴まるところがない。

 竜は必死の思いでコンクリートの固まりにしがみついた。

 腕が軋む。

 彼の手を握ったまま王子は壁に垂直に立っていた。

 王子の背後、遙か遠くに地面が見える。

 ぐるりと目が回った。

 ――あかん、落ちる。

 そう思った途端、下半身から踏ん張る力が消え失せた。

 恐怖で麻痺して感覚さえない。

 「いい天気だ」

 王子が気持ちよさそうに空を仰ぐ。

 次の瞬間、竜の身体は手すりを乗り越えていた。

 内蔵も何もなくなってしまったかのように身体に風が通る。

 「いやや―――――――――――!!」

 一瞬の浮遊感の後、王子の手に引かれて竜の身体は真っ逆様に落下を始めた。


★             ★


 「(りょう)ちゃーん」

 額に冷たいものを当てられて竜は目を開けた。

 肩が痛む。

 どういうわけか頭の上へ伸ばしたままになっている腕が動かなかった。

 ――何や?美希はん……?

 竜は何がどうなっているのか解りかねて首を傾げた。

 彼の顔をを覗き込んで手を差し伸べているのは、クラスメートの碧嶋美希。長い黒髪が風に吹かれて揺れている。

 よく見ると自分の手の先にもよく知った顔が彼を覗き込んでいた。不知火羅牙(しらぬいらいが)――。

 二人とも窓のようなところから顔を出していた。

 竜は身体の感覚と二人の構図に違和感を感じて身体に力を入れた。

 ――!!

 全く脱力していた身体に全感覚と先ほどまでの記憶が戻る。

 「羅牙!!」

 竜は慌てて自分の手を握る羅牙の腕に縋り付いた。

 その手以外に彼の身体に触れているものは何もない。その細腕だけが彼の身体を支えているのだ。

 羅牙が彼を落としてしまうとは考えられないが、地に足が付いていないなど、堪えられない。

 「羅牙」

 彼女は黙って視線を上の階へ向けた。

 「先輩、楽しませてもらったよ」

 羅牙と美希の頭上の図書館の壁に松本王子が垂直にしゃがみ込んでいた。四階の窓。銜え煙草の男が王子の手を掴んでいる。

 ――あいつら……。

 「天野光(あまのひかり)だ。緒方竜、あんたの攻略法はリサーチ済みなんだよ。残りの一年、大人しくしててもらおうか」

 男は口の端から煙を吐きながら竜を見下ろした。

 王子のものとはまた違う挑発的な瞳。

 ――大人しゅう…せえやと?

 竜は落ち着かない頭で一生懸命考えた。

 ――この俺様に…大人しゅうせえやと?――こ…こないなことで俺様に負けを認めっちゅうんか――。

 竜はぎいっと歯を鳴らした。

 「こんクソガキ…、人をなめんのもたいがいにしときや…」

 竜は羅牙の手を引いて自分の身体を持ち上げた。

 認めたくはないが羅牙の力は解っている。

 彼女の力は安心していい支えなのだ。

 竜はそれを頼りに壁を蹴った。

 三階の窓に足を掛けて壁に座り込んでいる王子に手を伸ばす。

 「先輩、落ちるよ」

 王子がせせら笑う。

 竜は羅牙の手を振り払って王子に飛び付いた。

 四階の窓で王子を支えている光の腕に竜の体重が掛かる。

 王子の手は簡単に光の支えを手放した。

 「松本!」

 王子の行動は光にも予想外のことだったのだろう。口元からぽろりと煙草が落ちる。

 「クソチビ、殺す」

 竜は空中で王子の両手首を掴んで身体を地面の方に向けさせた。

 力は強くない。

 軽い身体は驚くほど簡単に竜の思うままになった。

 「松本!!」

 竜の背中を光の声が追ってくる。

 ――泣け泣け、あほんだら。

 竜は王子の足を押さえ込み身体に膝を乗せた。

 ――様あ見さらせ、俺様をなめくさったばちや。

 地面が目前に迫る。

 「(てん)ちゃーん」

 王子は竜に手首を掴まれたまま光に手を振った。

 「先輩っ!!」

 光の声が竜を呼んだ。

 竜はちっと舌打ちした。

 ――あほや―――俺。


★             ★


 「頭悪いとは聞いてたけど、ここまでバカだとは思わなかった」

 天野光(あまのひかり)は、ぶうぶう文句を言いながら、ふわふわのエアマットに埋もれている二人の身体を引きずり出した。

 (りょう)の身体の上に王子(おうじ)がちょこんと座っている。

 「ホントバカだな」

 羅牙(らいが)もその脇で首を縦に振る。

 「でもまあ、さすが竜ちゃんというかさ、あの土壇場でよくやるよねえ」

 エアマットを準備していた美希は、それこそギリギリまで落ちていく二人を見守っていた。竜に押さえ込まれた王子の身体が地面に叩き付けられる寸前に、エアマットを展開するはずだった。だが、それよりも前に竜が身を捻って(たい)を入れ替えたのだ。

 美希のエアマットが二人の身体を柔らかく受け止めたものの、王子の身体はまともに竜の上に落ちていた。

 「お前もだ、松本。バカにも程がある」

 光はいらいらと煙草を取り出して口に銜えた。

 「死ぬかと思ったよ」

 当の王子はいたって呑気だ。竜の身体の上に座ったまま一同に笑顔を向ける。

 「天野、うちとやりたきゃもうちっと修行してから来るんだな」

 羅牙は王子を抱き上げて光に突き付けた。

 美希が空中から王冠を出して王子の頭に乗せる。

 ――二中のダーティペアか。

 光は羅牙の手から王子を受け取った。

 女にでも抱き上げられるくらい軽い身体。

 ――こいつをぶつけるには無理があったか。

 光は王子を地面に下ろしてやりながら煙を吐いた。

 「緒方竜さえ叩いておけばほかの者は手を出さない」――「あいつ」はそう言ったが――。どいつもこいつもとんだ食わせ者じゃないか。

 「あいつ」、俺たちの方を試しやがったのか。

 彼は王子と竜を見比べた。

 呑気な笑顔と気を失って長々と伸びている間抜け面。

 緒方竜――極度の高所恐怖症のくせに三階の高さから飛ぶなんて。しかも、それほど――恐怖を忘れるほど頭に来ていたのに、何故、最後の最後で王子を庇うことができたのか。

 「今日のところは君たちの負けだね」

 美希がエアマットをぽんと叩くとしゅるしゅると空気が抜ける。

 「克紀(かつき)の手駒だって聞いてたからどんな奴かと思ってたけど」

 羅牙が竜の身体を引き起こす。

 「竜ちゃんなら助けてくれると思ってた?」

 美希が笑う。

 ――緒方竜が?松本を助けると思ってたか、だと?何で――。

 「お前さんが呼んだだろ?――緒方は助けるんだよ、絶対にね。お前さんは、それを計算に入れててよかったんだ。克紀ならやってるな」

 不知火羅牙はそう言った。

 ――俺が――――。

 光は耳の後ろに熱を感じた。

 「天ちゃん、俺ヤだぞ。そんなことしなくても俺様勝つんだから」

口をとがらせて拳を構える王子に、

「バカだな王子様は。自分の相棒も信頼させられない奴がうちに勝てるかよ。相棒にあんな声出させてるようじゃまだまだだ」

羅牙は意地悪に笑いながらそう言った。

緒方竜VS松本王子 あとがき


 シリーズ一のお人好し竜ちゃんと、男版石田沙織と噂される松本王子様(笑)の対戦。

 当初の予定では第一話のときのように竜ちゃんの負けになるはずだったのですが、男を相手にそんな負けを甘んじて受ける竜ちゃんではありませんでした。勝手に反撃しちゃってもう。

 しかも、作者的にはそのままの流れで王子様を退治しちゃうはずだったのに、また勝手に助けちゃうし。ま、天野が呼ばなきゃ助けなかったかも。

 羅牙さんの言うとおり、竜ちゃんならあそこであんな風に呼ばれちゃったら絶対に助けようとするんだもんね。でもって、天野は松本の保護者(笑)で、克紀ほど人が悪くないから「何でもいいから助けてー」って気分だしね。確かに松本の実力もまだ信頼してないし。

 いやはや、全く。うちって、話の進行が登場人物の性格に依存してるよなぁ。

 竜ちゃんの再三にわたる勝手な行動のせいで、またページ数が半端になってしまいました。やれやれ。

 ともかく竜ちゃんが会長の時代の話まで時間が進みました。しかし、まだまだ登場していないお茶会メンバーも、まだまだいます。初代のメンバーでもまだ出てきてないのいるし。榊征四郎とか。

 というわけで、実はもう書き始めてます(笑)。榊征四郎VS碧嶋真琴。二人とも本シリーズでは初登場。真琴ちゃんは美希ちゃんの妹です。何故二人はVSにっ?がんばれ征四郎くんっ。

 ぢゃ。みなさんまた会いましょう。



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