第五幕 ～戦う少女～
相沢美冬は走っていた。
隣には、鳥少女の女の子を背に負った、
狼男の少年・ルーが走っている。
「ルー！！ 大丈夫、重かったら変わるわよ？」
「大丈夫だよ、ミー！！ ……てゆーか、軽すぎて
逆に心配なんだよな、こいつ」
こいつ、と言われたシーレーンは、すやすやとかわいらしい
寝息を立てていた。さっきまで起きていたのだが、
空を闇が覆っているせいか、歌い疲れたのか、眠ってしまったのだ。
両方かもしれないが。
「見つけたぞ！！」
前の通路から二人の男が飛び出してきた。もう、三人が逃げたことが
伝わってしまっているらしい。
「観念しな。もう逃げられやしねえよ」
「通してもらうわ」
近くに落ちていた武器を構えると、美冬は男に向かっていった。
それはハルバードと呼ばれる、斧にに似たぶきだった。
突くことも斬ることもできる。
ビギナーズラックで一度はあたったが、二回目にはじかれ、武器を
取り上げられてしまった。驚いて動けなくなる彼女に、
男の拳が迫る！！
「危ない、ミー！！」
勢いよくルーが男にぶつかり、その矛先を変えた。
男の拳は空を切る。そのせいで、ルーは殴られ、窓に叩きつけられた。
「いてて……」
「ルー、大丈夫！？」
「俺は大丈夫……ああっ、シー！！」
彼はシーレーンを背負ったままだった。慌てて立ち上がる。
けれど、彼女はぶつかられた際に起きたらしく、
翼を広げて空中に浮かんでいた。
「ふえ、何があったの？」
「……よかった……つぶしちゃったかと思ったぜ」
ホッとしたルーは、暗幕を掴んで立ち上がろうとした。
が、思ったより力が籠ってしまい、ビリッ、それが敗れ、
彼は再びその場に転がる。ひっくり返った彼の目に
映ったのは、金色にきらめく月だった。
今日は満月なのだ。
ルーの血が騒いだ。ざわざわと毛皮が逆立つ。
体が震えだし、徐々に変化していった。
細い体を毛皮が覆っていく。
牙が鋭くなり、爪が長く伸びる。
「オオオオオオオ！！」
完全に狼の姿となったルーは、おたけびを上げて
男たちに飛びかかった。次々と男たちが倒れる。
鋭いナイフのような爪が、男たちを襲い、引き裂こうとした。
「駄目えええええっ！！」
叫んだのは、シーレーンだった。
翼をはばたかせ、ルーの方に向かう。
美冬が止めようとしたが、その手は空を掴んだ。
ルーの爪は、シーレーンの翼を切り裂いた。
真っ赤な花のような鮮血が散り、彼女が落下する。
「シーレーン、しっかりして！！」
美冬は服の袖を破り、彼女の翼に巻きつけて止血を始めた。
うぅ、と痛々しいうめき声が少女の口からもれる。
「オオオオオオオ！！」
ルーがまたおたけびを上げた。否、それは泣き声だった。
彼は目からボロボロと涙をこぼして泣いていた。
後悔をしているかのように、壁を叩き始めた。
「ルー、落ち着くのよ、シーレーンは大丈夫！！
正気に帰りなさい、ルー！！」
「この、化け物が！！」
男の一人が立ち上がり、飛び道具を構えてルーを狙っていた。
それは、寸分の狂いもなく彼をマークしていた。
「やめて！！」
美冬が男に掴みかかり、男の武器の照準がずれる。
暴発し、ズドン、と大きな発砲音が壁を震わせた。
巨大な狼の腹に、小さな銀の玉が食い込んだ。
「ガアアアアアア！！」
「ルーーーーーーーー！！」
血の雫をしたたらせながら倒れる狼を、
美冬は服が汚れるのにも構わず抱きとめた。
もう一方の袖もちぎり、傷におしあてる。
だが、血はなかなか止まらず、袖が一面血で染まっただけだった。
「助けて！！ 誰か、ルーを助けて！！」
美冬はせきを切ったように泣きながら、大声で助けを求めた。
月が黒い雲にかげり、ルーの体が少年のものへと戻っていく。
「ごめん……シー、ミー……オレ、先に、行くから……」
途切れ途切れに言いながら、ルーは血を吐いた。
何度かせき込み、そのたびに血を吐く。
「ルー、もうしゃべらないで！！ 死んじゃいやよ！！」
「やだよ、しんじゃやだああああああっ！！」
ことの次第がわかったらしく、シーレーンも、
血を撒き散らしながらバタバタを暴れ始めた。
と、その時だった。
「何で泣いてるの？」
聞こえてきた声に、美冬はぴたりと泣きやんだ。
それは、第五王子、カインの声だった。
「王子！！」
「誰が君を泣かせたの？」
「違うの！！ 王子助けて！！ けがしてる子が
いるの！！ 死んじゃうかもしれないのよ！！」
「待っていて、すぐ助ける」
壁がまたたく間に消え、泣きそうな美冬の目と、
心配そうなカインの目がかち合った。
美冬逃亡編が、もう少しで終わります。
幸せに向けて、動き出しますので、
次回も見てください。
