第三幕 ~捕獲される少女~
相沢美冬は、走っていた。
黒い髪を振り乱し、黒い目を潤ませて。
彼女は魔法大国フランジェールの、第五王子
カインに〝花嫁〝として召喚されたのだが、
彼には自分よりふさわしい人がいると判断し、
夜中に城を抜け出してきたのだった。
彼が好きなのかはわからない。
でも、彼は幸せになるべきだと思った。
私なんかじゃなく、本当に選ばれた、
彼が好きになった女の子と、幸せに。
「きゃっ!!」
美冬は木の根に足を取られ、その場に転んだ。
きれいだった寝間着に、土の汚れがつく。
「どうやったら、私は帰れるのかしら。私が
帰ったら、彼だってあきらめて他の女の子
と結婚するわ、きっと。私じゃ、彼を幸せに
することなんて、できないんだから」
ふうっ、とため息を一つつくと、彼女はまた
歩き出した。
とー。
「ん!? う~!!」
いきなり後ろから口を布でふさがれた。
目だけで後ろを向くと、そこには柄の悪そうな
男がいた。仲間らしきやつが、もう一人、いる。
「アニキ!! こいつ〝花嫁〝じゃないですか!?
髪も目も真っ黒だ。異世界人ですぜ」
口をふさいでいる男が、もう一人に言った。
どうやら、〝花嫁〝のことを知っているのは大勢いるらしい。
もう一人の男はニヤリ、と笑った。
「それはかなり高く売れるな。それに、上玉だしな」
(離して!! 離してよ!!)
美冬はじたばたと暴れたが、力でかなうわけはなかった。
大人しくしてろ、ともう一人に手刀を叩きこまれる。
美冬はそのまま気を失った。
が、男たちは知らなかった。その様子を、小さな妖精が
見ていたことに。
第五王子カインは、つねとは違う目覚めを迎えた。
「お兄様ああああああっ!!」
「ぐえええええっ!!」
第五王女であり、実の妹の、フィレンカがいきなり
上に飛び乗ってきたのだ。思わずつぶれた蛙の
様な声が飛び出す。
「お兄様大変なのおきてっ!!」
「わかった!! 起きたからどいて、フィレンカ!!」
フィレンカはひょいっ、とベッドから飛び降りた。
本当におてんばな子だ。カインは少しせき込んだ。
「お姉さまが大変なのよっ!!」
「お姉さまってミフユ?」
「そうよっ!! 妖精たちが教えてくれたの。
お姉さまが、人身売買の人達に連れてかれたって!!」
「何だって!? ミフユが!?」
カインはベッドからすぐに降りた。バンッ、といきおいよく扉が開かれる。
メイド頭のミステルが、血相を変えて飛び込んできた。
「カイン様、大変ですっ!! ミフユ様がいませんっ!!」
続いて、彼女づきの三人のメイドも入ってくる。
どちらも慌てている様子だった。
「「「ミフユ様がお部屋にいないんですっ!!」」」
テレーズ・マリオン・オリヴィアが慌てたように叫んだ。
カインは部屋を飛び出し、彼女の部屋に飛び込んだ。
ミステルたちの言っていることが間違いだとは思わない。
ただ、自分の目で確かめたかった。
ミフユはやっぱりいない。カインはため息をつき、へたり込んだ。
「どうして、ミフユ!? どうしていなくなったの!?」
彼女の部屋は、誰かがいた形跡などないかのように片づけられていた。
天蓋つきのベッドの布団は、きっちりと折りたたまれている。
銀のティーセットは、ピカピカに洗いあげてあった。
ただ、風呂の匂いの残り香だけが、少女がいたことを現していた。
「お兄様っ!! 悩んでないで早くお姉さまを探しにいきましょうよっ」
声をかけるのをためらうメイドたちに変わり、フィレンカが怒鳴るように
言った。ぎらぎらと炎のように目がきらめいている。
「わかった!! 僕は今すぐに人身売買がいる場所を
特定する!! フィレンカは妖精たちに目撃情報を確認してっ」
「りょうかいよ、お兄様っ!!」
フィレンカとカインは、一斉に窓から飛び出した。
その頃、美冬は。
倉庫のような場所で目を覚ましていた。着ていた服は脱がされ、革製の
丈夫そうな服を着せられている。高そうな服だったから、持って行かれた
のかもしれなかった。
「ここは・・・・・・」
「・・・・・・・」
美冬が声を上げると、ビクッ、と銀色にきらめく髪をした
少年が反応した。ふわふわとしてそうな耳がピンッ、と立っている。
狼男の少年だった。彼は大きな獣の目で彼女を見た。
「あんたも、売られたのかい? 人間みたいだけど」
「私、異世界から来たの」
「〝花嫁〝か。なんで逃げてきたの? 城ではよくされてたんだろ?
おいらたちと違ってさ」
「あそこにいても、私、王子を幸せにできないから」
「なんで?」
「なんでって・・・・・・」
美冬は困り果てた。彼の目はどこまでも純粋で、言葉に迷った。
「なんで幸せにできないって思うの? そんなの王子が決めるべき
ことだろ? あんたが決めるべきじゃないんじゃないの?」
ギョッとしたように少年が黙った。おろおろとして、服を探り始める。
どうしたんだろう。そう思った美冬は、頬を濡らすものを見て自身も
驚いた。いつのまにか、泣いていたのだ。
「これ、使えよ」
少年はティッシュを差し出して来て、美冬は黙ってそれを受け取った。
慌てて目をこする。心配そうに、少年は彼女を見上げていた。
「ごめん・・・・・・」
「いいのよ。本当のことだから。私、バカだったわ。ちゃんと、王子と
相談すればよかったのよね」
「ねえ、あんた名前は? オレはルー!!」
「美冬よ。よろしくね」
「ミフユ? 言いにくいな、ミーって呼んでいいかい?」
「ええ。いいわよ」
美冬たちが笑い合っている最中に、扉が開けられる音と、
少女の泣き声が聞こえた。
下っぱらしき男が、鳥の羽根が生えた少女を放り込むと、
また鍵を閉めて去って行ってしまった。
泣きじゃくる少女に、ルーと美冬は困ったようにしていたのだった。
美冬がさらわれてしまい、そこで出会った少年たちと
仲良くなります。王子様も助けに向かいますよ。
次回もよろしくお願いします。