第二十五話 ~救われる神の村と元生神の少女~
エルダはへたりとその場に膝をついていた。
生き物のような炎が、美冬を覆い尽くして
食いつくそうとしている。
カインも同じように膝をついていたが、
彼は彼女を救いだせなかった痛みに顔をゆがめていた。
がつん、と拳が地面に打ち付けられる。
何度も、何度も。地面に血がしみ込んでもやめなかった。
エルダはカインの腕を抑えつけようとして、
振り払われてその場に転んだ。
カインが青ざめて謝ってくる。
エルダは首を振った。謝るのはこっちの方だった。
自分がここに美冬を連れて来なければ、彼女は
こんな目に遭わないで済んだ。
自分が全て悪いのだ。
と――。
ぽつぽつと雨のしずくがその場に降り注いだ。
久しぶりの雨に、村人たちが歓声を上げる。
しかし、エルダもカインも喜んでいられる状況ではなかった。
大事なひとをなくしたのだ。喜べるはずもない。
「あっ!!」
声を上げたのは、誰だっただろうか。村人の女性か、
泣きそうな顔だった美冬の世話役の少女か、
二人には判別できなかった。
それでも顔を上げた二人の目に飛び込んできたのは、
なくしたと思っていた大事な人の姿だった。
美冬は燃えていなかった。多少服や体に小さなやけどは
負っていたものの、火の中で燃えていなかった。
何か光のようなものが彼女を包んで守っている。
「神様が、美冬を守った……?」
彼女がそう言った時、その言葉を肯定するかのように
雨が一段と大きくなった。村人はもう喜んでいる
ばかりではなく、必死に雨水を集めようとしている者もいる。
ひびわれていた地面や畑、田んぼも久方ぶりに
降った雨で潤っていた。
火が完全に消え、縄は焼け切られていたので、
美冬が二人に駆け寄ってきた。
「カイン!! エルダ!!」
「ミフユ!!」
エルダは駆け寄ろうとしたけれど、あまりに慌て
すぎたカインがぶつかってきたので動きを止めた。
カインは美冬をしっかりと抱きよせて泣いている。
美冬も生きていた喜びで彼の胸に顔を寄せながら泣いていた。
「よかった……」
エルダは心からの笑みを浮かべると、雨をその手で
すくいながらホッとしたように座り込んでいた。
この村も、美冬も救われたのだ。
もう、悩む必要もない。
子供たちも、村人ももうお腹を空かせて
苦しむこともないのだ――。
エルダは、巫女をやめると村人に宣言した。
最初は驚きで声さえも出ない村人に、彼女は
笑顔でやりたいことを話した。
「もう生贄とか、そういうことは一切やめにしたいの。
畑をたがやして、田んぼの世話をして、巫女として
じゃなく一人のエルダとして生きたいから。
それに、神様はちゃんと私たちを見ていてくれたんだもの」
村人たちは反対しなかった。そして、エルダや神様、子供たちに
今までのことをわび、二度と無精はしないと誓った。
こうして神の村の生贄事件は幕を閉じた。
帰ると言う美冬とカインを、エルダは最後に訪ねた。
「帰るんですってね」
「うん。皆も心配しているだろうし」
「また会いに来るからね!!」
カイン達の顔は、エルダをひとかけらさえも憎んで
はいない顔だった。エルダはそのことが信じられない。
「なんで、敵の顔を見て笑っていられるの?
私、あんたを生贄に差し出そうとしたのよ。
罰されてしかるべきなのよ!!」
「罰するだなんて!! それにエルダは敵じゃないわ」
「仕方なかったんだよね」
カインと美冬はあくまで自分を憎んだりしていない。
エルダは泣きながら彼らを馬鹿だと罵った。
罵りながら泣いた。最終的には、美冬に抱き寄せられて
まで彼女はずっと泣いていた。
泣き終わった頃、美冬がようやく口を開いた。
「罰を受けるって言うなら、一つだけお願いをしてもいい?」
「別に出来る限りのことなら構わないけど……」
「私と、友達になって。あなたと本当の友達になりたいの」
そう言うと、エルダはためらったように顔を真っ赤に染め、
再び「馬鹿」と呟きながら頷いた――。
待っていた方、遅くなってしまってすみません。
ようやく前回の続きを書くことができました。
ここまで見てくださってありがとうございます。
あと二話で「魔法大国の花嫁様!?」は完結します。