第二十三話 ~少女の記憶と巫女の想い~
相沢美冬は今日も少女に
かいがいしく世話をされて過ごしていた。
痛いほどの視線を感じる気がするが、
振り返ってみてもそこには誰もいない。
と、ズキッと頭に痛みが走った。
「痛い……?」
「生神様!! どうかなさったんですか!!」
少女が美冬の背をさすりはじめる。
だが、美冬は声を出すこともできないほどの
痛みに彼女を気遣うこともできなかった。
少女は今にも泣きそうな顔をしている。
美冬の脳裏に、同じ年くらいの女の子や男の子の
姿がよぎった。あざけるような笑みや言葉は、
彼女の胸を深くえぐる。
美冬はよろよろと立ちあがったが、その
顔はびっくりするぐらい青くなっていた。
「生神様、大丈夫ですか?」
「大丈夫、よ。少し寝ていてもいいかしら。
そうしたら良くなると思うから」
「はい、分かりました!!」
少女に支えられるように歩き出す美冬を、
なんとも言えないような顔でエルダが見つめていた。
エルダには分かっていた。自分の術が解けかけていることを。
(美冬……過去の記憶を取り戻したのね)
辛い辛い記憶、できることなら、思い出したくないであろう記憶。
ここまで思い出したならば、すぐに楽しい想いでも蘇るのだろう。
忘れたくなかった、大事な者たちの記憶も。
エルダは自分のことが良く分からなかった。
このまま、ここにいて巫女を続けていいのだろうか、と。
村のために生贄を連れてきた。巫女としての務めを果たさなければと、
彼女の記憶を強引に奪い取った。
私に、巫女として生きる権利などあるのだろうか。
村のために、罪のない清らかな少女を犠牲にしようと
している、私には。
エルダは悲しげな瞳を伏せると、ただ涙を流した。
「母様、あなたなら、どうするのでしょうか。
教えてください、母様……」
すでに亡くなっているエルダの母が答えるわけはない。
それでも、エルダは語りかけるしかなかった。
どうしたらいいのかが分からない。
このまま村を見捨てればいいのか、それとも、自分を
友達だと思ってくれた、心優しき少女を見捨てるのか。
どちらかを切り捨てなければならない。
究極の選択だった。どちらもを選ぶことはできない。
村には働こうとしないものばかりではない。
まだ幼い純粋な者たちがいる。
村には未来がある。それを、捨てるのか。
考えても考えても答えはでそうになかった。
どちらも大事だ。美冬には同情したことも
あって情が移ってしまったし、
ずっとここにいたのだから村人に対する
恩も愛情もある。両方を選ぶことは本当に
できないのだろうか。
そもそも、本当に生贄になどしなくては
村に未来が来ないのだろうか。
そんなことをしたら窮状は悪化するのではないか。
まだ、生贄にしなくても間に遭うのだろうか。
エルダは頭痛がしてきたので、それ以上考えるのを
やめて冷たいレモン水を口に含んだ。
自分が嫌になりそうだった。村のために、
心を殺すと決めたのにできそうにない。
神の声もどんなに念じても届いては来ない。
私も見捨てられたのだ、神に。
村の窮状など、村人のことなど、相談される
まで気づきもしなかった。
それは自分の落ち度。
巫女ならば村のことには目を配らなければ
ならなかったのに。
はあっ、と深いため息をつく彼女の背後に、
何者かの気配がした。
エルダはすぐに冷たい目になると
何も言わずに懐から取り出したナイフを
振り返ってその者につきつける。
巫女を廃しようと向かってくる者が
村の中にも、外から来たものにもいるのだった。
しかし、彼はそのどちらでもなかった。
手を挙げて武器は無い事を示す彼に、
エルダは雰囲気を和らげてナイフをしまった。
そこにいたのはカインだったのである。
「美冬を、取り戻しに来たの?」
「ううん、今日は、君と話をしに来た」
「話を?」
「うん、僕は、まだ君とあまり話したことがないから。
一方的に君を攻めたんじゃミフユに嫌われちゃうよ」
カインはエルダを殺すナイフを持つ代わりに、
手には甘い飲料水が入ったグラスを持っていた。
魔術で取り寄せたのだろう。
「よく、私と話す気になれたわね?
裏切り者の私と」
エルダは皮肉めいた笑みを浮かべた。
カインは何も言わず甘い飲み物に口をつけてから、
エルダの分も手渡す。
エルダは受け取ったが飲まなかった。
「毒は入ってないよ」
「そんなこと、分かってるわ。毒を使うくらいなら、
あなたは私を武器で殺すでしょうね。
私が憎くないの?」
カインは笑みを消すと音を立てて彼女の隣に座った。
エルダは驚いたように立とうとする。
その腕をカインが掴んだ。
「憎いなら、ここには来ないよ。僕は君を憎んでなんていない」
「大事な花嫁を攫ったのに?」
「君は、まだ美冬を傷つけてないから」
エルダは睨むようにカインを睨みつけた。
あなたに何が分かるのかと責める瞳だ。
じんじんと掴まれた手が痛む。
カインは息を吐き出すとまた飲み物を一口飲んだ。
手を掴む手が緩む。逃げようと思えば逃げられたけれど、
エルダは手を振りほどくことも逃げることもしなかった。
気持ちを落ち着けるために飲み物を飲む。
ホッとするような甘さが少し心を和らがせた。
「話をしようよ。君の事を、少し教えて」
カインの瞳にはエルダに対する敵意も悪意もない。
エルダはまた一口飲み物を飲むと、口を開きはじめたーー。
ついに美冬が過去の記憶の一部を
思い出します。村を選ぶか美冬を
選ぶかで悩み続けるエルダ。
そんな彼女を、美冬の王子である
カインが尋ねます。
美冬たちはどうなってしまうのか!?
次回はエルダとカインの中心の
話になると思います。