第二十二話 ~生神様の生活と村の不満~
相沢美冬は、エルダに起こされて
着替えさせられていた。白い清らかなローブは
彼女の黒い髪によく映えている。
エルダは巫女としての仕事があるというので、
今は違う少女といた。美冬のメイドとして働く子らしい。
何かあればいつでもおっしゃってください、と笑う
まだ幼い少女に、美冬はにっこりと笑い返した。
少女は美冬が生贄だということを知らないらしく、
かわいらしく笑い返すと頬を赤らめていた。
あまりにきれいな〝生神様〝に見惚れてしまっている。
美冬はそんなことには気づかず、甘い飲料水を持ってきたり
と笑顔でてきぱきと働く少女をただ見つめていた。
一方、エルダは仕事などしていなかった。
〝生神様〝だということを心から信じている美冬。
生贄だということを全く疑いもしない彼女を
真顔で見ていることなどできなかった。
思わず泣きそうになってしまい、仕事があるからと逃げたのだ。
「美冬……」
いじめられ、存在を無視され、不幸せだった少女。
やっと幸せになれたはずだったのに、自分のせいで
こんなことになったのだ。
きっと、思い出したならばエルダを怨むだろう。
怨むなら怨んでもいい。
私は、村を守る。それが、巫女としての、任務なのだから。
美冬は少女に食事の用意をされながら
椅子に腰かけていた。
少女の他は誰も美冬に声をかけたりしなかった。
村の資源は決して豊かではない。
それを、〝生神〝というのは名ばかりの
生贄のためにささげているのだ。
彼女を憎々しく思わない訳はない。
だが、本当のことをバラすわけには
いかないのでそのままにしていた。
今日の食事は、分厚く切ってまんべんなく焼いた
お肉と、野菜がたっぷりと入ったスープ、
焼き立てふわふわのパン、たくさんの果物だった。
少女はお肉を切り分けたり、果物を食べやすい大きさに切ったり、
ほんとうにかいがいしく美冬の世話を焼く。
村人はそれを苦々しく思っているのは間違いなかった。
その日の食事の後、エルダの住居には村人が殺到した。
村長までがいる。いないのは、美冬を世話している少女と、
子供ばかりだった。
若いものも、中年のものも、年老いたものさえも、
彼女に必死に訴えかけてきた。
「エルダ様、私、もう我慢ができません!!
あんな生贄の、えたいの知れない小娘に
あんなによくしていいものなのですか!?」
中年の女が悲鳴のような声をあげていた。
何故あんな娘のために自分たちが我慢して、
食事の量を減らさなければならないのか。
その顔にははっきりとそう書かれていた。
さらに、まだ若い娘も叫ぶ。
「いつまでこんな馬鹿げたことを続けるのですか!!
早くしないと、村の資源はなくなってしまいます!!」
「エルダ様、早く生贄の儀式を!!」
儀式を、と全員が叫び始める。
エルダは冷めた目でそれを見つめていた。
皆自分勝手なものだ。巫女としての責任も、
彼女がどんなひどい目にあってきたのかも知らないくせに。
今まで彼女たちは、資源が少なくなるまでは、
神の村の人間として何不自由なく暮らしていた。
それなのに、少し生活が苦しくなったといっては
こちらに抗議してくるとは……。
資源が少なくなったのは、元々自分たちのせいではないか。
ろくに働かず、神の村の人間であるということに
あぐらをかき、何一つ責務をこなさなかった。
だから神は資源を減らしたのだ。
神の怒りを買ったのは、美冬ではなく、この村の人々だ。
エルダは怒りに震える拳を必死で押さえなくてはならなかった。
「まだ儀式には早すぎます」
「何故ですか、エルダ様!!」
「記憶をなくしているとはいえ、彼女は鋭い娘です。
いきなり儀式などすれば、疑って逃げてしまうかもしれません」
エルダは渦巻く怒りを抑えるかのように冷静に話し始めた。
村人たちは明らかに怒りの表情を見せたが、エルダが
美冬がいなくなるかもしれないと言うと、途端に大人しくなった。
「みなさん、今日はお帰りください。彼女に不信感を持たせないためにも、
彼女に何か言ったりしないように」
村人たちはぶつぶつ言いながらも帰って行った。
一人になり、エルダは悔しさのあまり涙をこぼす。
何故私は巫女などに生まれてしまったのだろう。
小さい頃は、そんなこと考えもしなかった。
ただ慈しまれ、敬われ、大事に大事にされてきた。
村の資源のことなど考えもしなかった。
村の人達は、すべてがいい人だとおもっていた。
だが、成長していくにつれて、エルダは人の嫌な
部分をどうしても知らないでいられはしなかった。
毎日のように詰めかける人々。
誰が少し多く食事を取っただの、誰が仕事をしなかっただの、
不公平だだの不平不満をぶつけてくる人々。
村の資源に関してのことも、エルダは再三に渡って
村の人間に警告していた。
けれども、村人たちは返事だけはするものの、
全く働こうとはしなかったのだった。
子供だけでは、そんなに大した働きにはならない。
そうこうしているうちに、日照りや大嵐、
数々の災害が起こり、しだいに備蓄されていた
資源は少なくなっていったのだった。
エルダは、それでも村の人間を守らなくてはならない。
自分だけは、最後までこの村に居続けなくては
ならないのだったーー。
ついに村の全貌が明かされます。
何もしないで不平だけをぶつけてくる
村人に嫌気がさすエルダ。
それでも、巫女である彼女は
村を離れられません。
次回もよろしくお願いします。