番外編・ちび姫とちび狼のピクニック
狼男ルーは、フランジェールの
第五王女、フィレンカを誘って出かけた。
しっかりと小さな手を握り、歩いていく。
「ねえ、どこに行くの?」
さんざん歩かされたフィレンカは、不満そうな顔で
文句を言い続けていた。そのたびに、ルーは笑顔で言い返す。
「もうすぐだよ。黙ってついて来いって!!」
フィレンカはふくれっつらになりながらも、初めての体験に
心がはずんでいた。山道を歩くなんて生まれて初めてのことだった。
新鮮な空気が心地いい。誰も共をつれず、異性と二人きりに
なるのも初めてだった。とーー。
「きゃっ!」
ごつごつとした石だらけの道に、フィレンカは足を取られて転び
そうになった。慌ててルーが腕を掴み、倒れるのをふせぐ。
フィレンカは急に気恥ずかしくなって、突き飛ばすように
ルーの手を振り払った。ムッとなったようにルーが睨んでくる。
だが、フィレンカのように倒れはしなかったので、
彼女もまたムッとなって睨み返した。
「何でこんな山道歩かせるのよ! あたしかよわい女の子なんだよっ!!」
「フィーのどこがかよわいんだよ? 姫さんだからか?」
「姫さんって言わないでよっ!!」
フィレンカはルーを殴ろうとして再びバランスを崩し、
また彼に支えられてしまった。悔しくて涙目になる。
「言わないで……姫だなんて、言わないで……」
「ごめん……」
泣きそうになりながら言うと、同じような顔になったルーが
謝ってきた。姫という単語を出されたら、フィレンカは
嫌になってしまう。兄たちは言う。王女が下々の者と親しく口
を聞くな、と。もちろん、第五王子で、実の兄である、
カインは違う。ちゃんと彼は使用人を人間として見て、
自分と同じ身分であるかのようにふるまう。
でも、他の兄は違うのだった。彼らにとって、使用人とは
道具であり、家畜や動物にすぎない。
だから、いつも傲慢な言動をしている。
ルーもその例にはもれず、嫌な思いをしているだろう。
今はいないけれど、同じく雇われた、鳥少女の
シーレーンも……。フィレンカはそんなのは嫌だった。
使用人だからと差別するのは嫌だった。だから、ルーたちと
いつも一緒に行動した。最初は兄への反発だったが、フィレンカ
はルーとシーレーンを心から大事に思っていた。
持ってきたお菓子を食べて休憩した後、二人は再び歩き出した。
今度はルーは無駄口を叩かずに歩いている。しっかりと彼女の
腕をとっていて、また転ばないようにしていた。
フィレンカもまた黙っていた。
泣き顔を見られた恥ずかしさと、ルーがずっと口をつぐんで
いることへの反発だった。
そうこうしているうちに、二人は橋へとさしかかった。
かなり古そうな橋である。フィレンカはためらい、ぐいっと
ルーの腕を引っ張ってしまった。ルーは青ざめるフィレンカ
に笑いかけた後、さらに強い力で彼女を引き、橋の上
に行かせた。古びた橋は、二人分の堆積がかかっただけでも、
かなり揺れた。フィレンカは悲鳴を上げ、ルーに抱きついてしまう。
ルーの顔が、夕焼けの色と同じ色に変わった。
「フィ、フィー! 大丈夫か!?」
フィレンカはそれどころではなくて気づかない。
目をぎゅっとつぶり、さらに強い力でルーにしがみつくばかりだった。
ルーは苦笑すると、彼女に負担をかけないために横抱きに
して歩くことにした。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
声も上げずに震える彼女は、いつもとは違ってか弱く見える。
守ってあげたいという欲求が働き、ルーは自分を深く責めた。
彼女は一国の王女である。彼女が認めても認めなくても、
それは事実だ。ほんとうは、口を聞くだけでも恐れ多いのである。
いつの日からか、ルーは彼女を愛してしまったのだった。
表向きはいつもと同じように軽口を言い合っていたけれど、
それでも心はドキドキとしていた。
フィレンカは決して気づかないだろうし、ルーも決して
口に出すことはしないけれど。
「フィー、もう渡ったよ」
「ほんとう?」
フィレンカはそろそろと降りたが、次の瞬間には
胸をなでおろして息をついた。ルーもホッとして、
彼女に笑いかける。目的地はかなり近かった。
「もうすぐだよ、フィー!! 行こうぜ!!」
「さっきももうすぐって言ったじゃない!」
「今度は本当にもうすぐだよ」
頬をふくらます彼女の手を取って、ルーは再び歩みを進めた。
またおぶってやろうか、と冗談交じりに言うと、頬を思い切り
はっ叩かれた。子供扱いしないでと睨まれる。
別に子供扱いなんてしていないのに、とルーも頬をふくらませた。
だが、二人の機嫌はすぐに直った。目的地に着いたのである。
「うわああっ!! きれーい!!」
ルーはフィレンカの歓声を聞いて、連れて来てよかったと
心から思った。ルーが見せたかったのは、虹がかかった
大きな滝である。水は透き通っていて、とても美しい。
ちらちらと舞う黄色や赤の葉っぱが、さらに彩りを与えていた。
まだそんなには色は変わっていない。もう少ししてから来れば、
美しい紅葉を見ることができるだろう。
「ルー!! ありがとう、大好き!!」
フィレンカがいきなり抱きついてきた。彼女としては、
お礼のつもりだったのだろう。けれど、ルーはお礼どころか
大迷惑だった。せっかく恋心を抑えつけてきたのに、
それができなくなりそうだった。
「フィー離れろよ!!」
「何照れてるのよ、いいじゃない!!」
ルーはさらに強く抱きつくフィレンカを突き飛ばしたくなった。
だが、そんなことをすれば、彼女は転んでしまうだろう。
……好きな相手に抱きつかれて、平然としていられる訳はない。
ルーの頭はぐるぐると回っていた。
あっ、とフィレンカの驚いたような声が上がった。
ルーは後にこのことを後悔することになる。
だが、この時はそんなこと思う余裕はなかった。
体が勝手に動き、心が命じるままに彼女の唇を奪ったのだ。
フィレンカの顔がしだいに紅葉のように赤くなっていった。
そこで我に返り、ルーは自分を殴りつけたくなる。
無理やり女の子に、好きな相手に口づけしたのだ。
しかも、相手は王女様である。
「ご、ごめん……!!」
慌ててルーは彼女を下ろすと、青ざめて謝った。
キッとフィレンカがその顔を睨みつける。
「何で謝るの!? 私が王女だから!? 馬鹿にしないでよっ」
「フィー?」
「謝るくらいなら、あんなこと……キスなんてしないでよっ!!」
泣きじゃくる彼女に、ルーはただ謝ることしかできず、
城に帰った後もフィレンカは泣き続けていたーー。
彼女たちの恋が始まります。次回はちゃんと
本編です。二人の恋がどうなったかは、
別の番外編で明かしたいと思います。