第十三幕 ~一文無しの少女~
相沢美冬と第五王子カインは、
今困っていた。思い切り困っていた。
お金がないのだ。一銭もないのだ。
しかも、旅券もないのだ。
彼らがこんな目にあっている理由は、
小一時間ほどさかのぼるーー。
その日、美冬とカインは少し高級な宿の一室で目覚めた。
一人部屋を二人で使っている。一人で寝るのがさみしい、
と両方が考えたためである。
二人は宿で焼き立てのパンと野菜たっぷりのスープで
朝食をとり、市場へやってきた。今思えば、それが不幸の
原因だったかもしれない。
彼らは後にそう想うことになるが、その時はそんなことを
思わなかったので、二人は笑顔でそこへ向かったのだった。
市場はかなり大きなものだった。装飾品、服、食べ物、
なんでも売っていた。
「ミフユ、何か買ってあげるよ」
「ええ!? いいわ、別に」
「僕が買ってあげるって言ってるんだから、いいの」
カインは半ば強引に美冬の手を引いて、
ガラス製の装飾品がある露店にやってきた。
きらきらと光を反射していて、とてもきれいだ。
「すてき……」
美冬が笑顔になったので、カインもまた笑顔になった。
「どれがいい? なんでも買うよ」
美冬は妖精の飾りがついた首飾りが
気に入り、彼に買ってもらうことにした。
カインがわざわざつけてくれたので、
美冬は思わず赤くなっていた。
「うん、似合うよ、ミフユ!! すごく似合う!!」
さらに美冬は顔を赤らめた。と同時に、顔色も変えずに
そんなことを言える彼に怒りも抱く。
自分がこんなにドキドキしているのに、彼はまったく
なんでもない事のように言っているのだ。
「カインばっかりそうやって余裕があるのね!!」
「ミフユ?」
「私は、私はどうせ経験だってないし!! いつまでも
優しくされるのになれないし!!」
美冬はいらいらしていた。それに何より、カインは
何もしていないのにいらだつ自分に腹を立てている。
「私、宿に帰る!!」
「ま、待ってよ、美冬」
身をひるがえした彼女に、カインは慌てた。
何故あんなに怒ったのかが、彼には分からない。
腕を掴んで引きとめようと手を伸ばしたが、
それより前にぶつかってきた少年がいて、
できなかった。少年は不遜な態度で、
舌を出して去っていく。
「気をつけろ、ばーか!!」
「カイン、大丈夫!?」
美冬が機嫌を直したので、カインは少しホッとした。
「う、うん、大丈夫……」
「あーあ、やられたね、お兄さん」
いきなり声をかけられ、振り向くと、まだ幼い少女が
そこにはいた。大人びた雰囲気の子である。
つやのある髪を腰まで垂らしている。きらり、ときらめく
緑の瞳は、どこか妖しさを秘めいていた。
「あいつ、スリの常習犯よ。荷物を見てみた方がいいんじゃないの?」
「スリ!?」
カインはすぐさま荷物をかきまわした。……ない。
財布がない。財布には旅券も身分証明書も入っていたので、
それももちろんなかった。
「お兄さんたち、行くところないでしょ? あたしについておいでよ。
仕事と住む場所なら提供できるよ」
少女はどこか大人びた笑みを浮かべている。
二人は困ったように笑うばかりだったーー。
それが、二人が困っている理由である。
財布が盗まれ、旅券も身分証明書もないから、このまま城に
帰ることはできない。金はすべて財布に入れていたから、
今は一銭もないのである。
それに、あの少女も妖しかった。美しく、あどけなさを
ほとんど感じさせない少女。彼女は、住む場所と仕事を
提供すると言ってきた。まだ名前も聞いていない。
気が向いたらここにきてね、と店の名前を書いてある
らしい紙を押し付け、少女はくすくすと笑いながら
走り去ってしまった。
「どうしよう、カイン?」
「どうしようか、美冬……」
いろいろなことを考えながら、二人は首をかしげるのだったーー。
旅行二日目にして、いきなり二人が一文無し
になります。そこに現れた妖しい少女。
彼女の目的は!? 正体は何なのか!?
次回もよろしくお願いします。