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セレニアの物語  作者: 和州さなか
第2章 オルミスの三人

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33 逃した魚

33 逃した魚

 カラットが洞窟に戻ると、流木や貝殻、大きな葉や、毛羽立った木の皮が奥に集められていた。カラットが出掛けている間に、ドラギエルが拾ってきたらしい。


(なんて準備が良いんだろう。ファムレ様の導きなのかな)


 すると、ヘイスが言った。


「ぼーっとしたまま、何往復もしてた。今のあいつは使えるな」


 笑い合うが、ドラギエルは反応しなかった。

 ヘイスに頼んで火を起こしてもらう。毛羽立った木の皮は、特に簡単に燃え上がる。カラットはその間に、細い流木を選び取ると、魚の口の中に突っ込もうとした。

 魚はぐったりとしている。しかし、突然生き返って動き出す。そのたびに、カラットは驚いて魚を放り投げる。


「……何がしたいんだ? 魚を殺そうとしてるのか?」

 

 ヘイスはカラットの行動をじっと見ていたが、とうとう呆れて言った。


「だったら先を尖らせた方がいい」と、手元でナイフを回す。


「殺すなんて……あ、でも、そうか……。食うって、そういうことだよな」


「どうした。本当におかしくなったのか?」


「いや、こいつをこれに刺して、焼いて食おうとしてるんだよ」


 カラットの説明に、ヘイスは珍しく、目を丸くする。


「よく思いついたな」


「ファムレ様が教えてくれたんだ。海のものは、生気があっても食べていいんだって。あ、その実はバナナって名前らしいよ」


 カラットは魚に刺すのを諦めて、火に放り込むことにした。焼いて食うのだから、同じだ。

 すると、魚は大きな音を立てて燃え始め、また動いたのか焚き火が崩れ、生臭い匂いがする煙が立ち込めた。


「うわあ、魚が怒ったんだ!」


 三人は洞窟から逃げ出した。

 しかし、その煙に何ともうまそうな匂いが混ざる。


 黒い煙が落ち着いた頃、戻ってみると、焼けた魚が転がっていた。二匹が良い感じで、一匹は真っ黒焦げだった。

 


 

「……あのさ。ファムレ様が、帰りたいなら家に帰してくれるって、言ってた」


 魚が冷めるのを待つ間、カラットはヘイスに切り出した。


「大精霊ってのは、優しいな。タタディアとは大違いだ」


「ヘイスはさ……帰りたいと、思ってるだろ?」 


 カラットは、慎重に言葉を選ぶ。


「……なぜそう思うんだ? 俺は北の町には帰らないと、話したはずだろ」


「だってさ、その、心配だろ?」

 

 ヘイスの返事があまり淡々としているので、カラットの方が恥ずかしい気持ちになる。手のひらは汗ばみ、顔が勝手ににやけてしまう。


「あ、えっと……オーネット船長、大丈夫かな」


「……お前、オーネットのことが、嫌いだったのか?」


 にやけながら心配する言葉を言ったので、ヘイスは逆の意味に受け取ったらしい。

 カラットの不自然な挙動を眺め、考え込んでいる。


「いや、そんなことないよ。あの人は、立派な人だよな。噂通りの。あんな風になりたいって、ずっと、思ってたよ」


 言いながら、カラットはちらちらと、ヘイスの表情を気にする。

 ヘイスの表情は全く変わらなかった。船長にも思うところがあるんじゃないかと、まわりくどい聞き方をしたカラットの作戦は、失敗した。


「エスラ夫人、さ……。ファルトーソーがいる船に残して良かったのか?」


 カラットは、意を決して聞いた。


「……良くはないだろうが……」


 少し間があった後、ヘイスは答える。


「俺に出来ることはした。魔法は解けた。連れだっていたんだから、何とかなってることを願うしかない」


 と、言った。

 

「連れって、船長?」


「と、あのお前を調理場から追い出した奴と、でかいおっさんだ」


「えっ、アキリが?」


 ヘイスは、丸焦げになった方の魚を気にしていた。尾びれを持ち上げたが、ボロボロと崩れて、指についた炭を擦り合わせた。


「あまり信頼はできないが。隠すのも下手だったからな」


「へえ……あいつがねえ……。エスラ夫人って、やっぱり偉い人なんだなあ。お前はそのー、好きなの? あの人が」


 自然な会話の流れで、核心に触れることに成功した。

 ヘイスの眉根に、小さく皺が寄る。


「どういう意味だ」


「え? だから、そういう……()()()()()()()って、言ってただろ?」


 カラットは、心臓が飛びでそうなほど緊張していた。

 ヘイスは怒ったのかもしれなかった。

 しばらく、沈黙が続く。やっぱり聞いてはいけなかったような気がしてきて、口に出したことを後悔する。


「あの」

 

「この前、カラットが……」


 謝ろうと思ったとき、ヘイスが話し始めた。


「俺?」


「逃がしてやっただろ。魚。逃がしたのに、お前の周りをうろうろしていたら、どう思う?」


 怒っていない口ぶりにほっとしたものの、何の話かがわからない。


「どうって……魚の見分けなんか、つかないしなあ」


「あのとき助けられた魚だって、そいつがお前に言ったら?」


 ヘイスが指でいじり続けるので、丸焦げの魚は、黒い炭の山に変わってしまった。


「うーん。まあ、そう言われちゃ、食いづらいか」


「なんで?」


「え? ……一度逃がしたから、かなあ」


「じゃあ、俺がその魚を捕まえたら?」


「ええ?」


 質問され続けるので、カラットは想像する。


「それは、しょうがない。食料は必要だから」


「……そうだな」


 ヘイスは納得がいかないような、歯切れの悪い返事をした。


「じゃあ、そいつは……お前に話しかける。夢の話をしたり、歌ったりする」


「……魚が?」


「魚が」


 カラットは、何の話をしていたのだったか、わからなくなってきた。


「そいつを、俺が食おうとする」

 

「そしたら、こっそり遠くへ逃がすよ。もう捕まえられないように」


「なんで?」


「なんでって……情が移るじゃん、そんなの」


「ふん。……なるほどな」


「何が? 何の話だっけ?」


「わからなければいい」


「まったくわからないけど、この魚がそいつだったりしてね」


 そう笑いながらカラットは、ちゃんと焼けている方の魚に触れ、熱さを確認する。

 指でひとつまみ取り、口に運びながら言う。


「それで、エスラ夫人が魚の話と何の関係があるんだ?」


 ヘイスは呆れた顔をして――面倒くさくなったのか。


「だから……エッカーナ王女だよ。精霊付きの第三王女、エッカーナ・オルミス」


 その言葉に、二人の会話に割り込めず黙って聞いていたドラギエルも、思わず顔を上げた。


「誰が?」


「エスラ夫人。結婚はしていないはずだ。オーネット・サキタリは、婚約者なんだろ」


「はあ……? あれが、エッカーナ王女? 第三王女って、十五歳じゃなかったっけ」


「身長が高くて威張っているからな。あんなもの、奪っていたら、大変な目に遭うところだった」


「ええ……じゃあ、第一王女も第二王女もあんな感じなのかな?」


「知らない。もういいだろ、食っても」


 そう言ってヘイスが魚に手を伸ばす。カラットが次から次へと口に運んだので、魚は半分がなくなっていた。ヘイスに魚を取り上げられそうになるのを、思わず交わしてしまった。


「お前、独り占めするつもりか?」


「そんなつもりじゃないよ、ただ、うますぎて手が止まらないんだ」


「美味しい!」


 いつの間にか、もう一匹の魚を食べているドラギエルが声を上げる。

 ふと、空気が変わった。振り向くと、ヘイスがゆっくりと立ち上がっていた。

 

「それを、俺によこせ!」


 と、カラットに飛びかかる。

 カラットはすぐに渡すつもりでいたのに、つい楽しくて、その時間を引き延ばしてしまったのだった。



挿絵(By みてみん)

挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。

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