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セレニアの物語  作者: 和州さなか
第2章 オルミスの三人

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31 正体

 エッカーナ号は、嵐によって多数の負傷者が出ていた。

 致命的な被害は料理長コートナー・フビジャを失ったことだ。


「空が落ち……突然の高波で、コートナーは……。俺は彼を掴んだのですが……」


 グィオは悔しそうに、自分の手を見つめる。図体のでかい男たちの中でも、ワイロフと並ぶ別格の大男だ。


(コートナーは、グィオと同じくらいの体格だった。そうでなければ……)


 エッカーナは長い睫毛を伏せる。

 

 海は落ち着きを取り戻し、船はゆったりと漂っている。嵐に碇が外れ流されはしたものの、乗組員たちの顔は明るい。

 すぐにルワリ島に戻れると、グィオ甲板長が言ったからだ。もう彼以外に、船を指揮できるものはいない。


「もう少しで着くぞ。頑張ってくれ、オーネット殿……」


 オーネットが生きているのが、唯一の救いだ。

 ワイロフには、グィオの指示に従い迅速な帰還のために働くよう命じた。

 

「目論見が外れて、残念だったな」


 気を失わせ拘束したライザス・チルキアが、グィオの足元に転がっている。船医である彼の持ち物から、眠り草の粉末が見つかったのだ。

 ライザスの兄はアルソリオの町で医者をしている。兄を通じて北の町との関係があったのだろうと、グィオは言った。

  

 彼とヘイス・カフェトーが共謀し、エッカーナ号の乗っ取りを計画した。

 グィオは彼らの計画を推測して言う。

 

「まず、最も邪魔な副船長のロベリタスを海に突き落とした。食事に眠り薬を混ぜたのは、あの食事係の男でしょう。彼はカフェトーの仲間だ」


「しかし、彼はロット家の人間だぞ。ヘイス……北の狼の仲間であるはずがない」


「へえ? ロット家の……それは大変なことですね」


 グィオは驚いた後、神妙な顔つきになる。


「農場を拠点にすれば、オルミスを襲撃するのは容易い」


「それはあり得ない。ロット家はオルミスにとって、王家に次ぐ存在だ」


「チルキア家も、信頼される名家のはずでは?」


「……」

 

 次に、乗組員がナバルに襲われた事件について語った。ヘイスとチルキアが焚き付けた可能性がある、とグィオは言った。


「彼らは精霊に生け贄を差し出さなければならなかったのですからね。眠り草とは逆の、興奮させる作用を持つ毒薬もあります」


「そんなことのために、ナバル……と、あの男を……?」

   

 そして、オーネットの毒殺未遂事件。


「チルキアとカフェトーの間で、諍いが起こったのでしょうね。例えば、オーネット船長を殺すべきか、生かしておくべきか」


「……なぜ、ヘイスは逃げたんだ? わたくしたちに、カフェトーだと言うことを明かしていたんだぞ。いまさら逃げたって……」


「そうでしたか。それは、それは……。それなら、彼は既にライザスを裏切っていたということだ。この男から逃げたんですよ」


「……そうか」


 波の中に消えていった小舟が脳裏に浮かぶ。


(あんな小さな舟で、助かるとは思えない……)


「エスラ夫人。あなたは、……失礼ですが、何者でしょうか?」

 

「なに?」


 騒動の中でグィオがした発言を思い出す。

 彼はエッカーナを疑っていた。ヘイスと関係を持っているのではないかと。


(甲板長から見れば、わたくしも北の町の内通者か……)


 隠し事をしている人間に、彼が疑いを持つのは仕方のないことだ。彼は今この船の舵を取り、乗組員たちの命を救うために必死になっている。必要とあればエッカーナを拘束するだろう。


(事件の説明をしたのは、“エスラ夫人“と協力するためではない。全てわかっていると、追い詰めるために……)


 今、全ての責任を背負おうとしているのはグィオだ。勘違いしていると責めることはできない。


(彼を安心させてやり、航海に集中できるようにしてやるのがわたくしの役目だ)


 

 ――「エスラ!」


 

 ヘイス・カフェトーの叫び声が、頭に響く。

 その声を振り払うように、頭を振った。星空の下、見張り台でした会話。灰色の瞳。笑った顔。


(そう……すべては、精霊のまやかし)

 

 思い出すと、息ができず心臓が張り裂けそうになる。心を殺し、その全てが嘘だったのだと自分に言い聞かせる。

 過ちと決別するために。


「甲板長グィオ・フレザック。正体を隠し、皆に不安を与えたことを許してほしい。そして、わたくしに対する貴殿の過去の発言を不問とすることを先に宣言しておく」


 グィオの赤い瞳が、ハッと見開かれる。


「もしや……」


「わたくしはオルミス王家第三王女、エッカーナ・オルミスだ」


 重い荷物を下ろしたように、胸が空く。

 

 グィオはしばらく、呆然としていた。

 が、やがて「は……はっはっはっはっ!」と明朗な笑い声を上げる。


「ああ……そうか……なるほど。そういうことでしたか……」


 自分の心配がすべて誤解の産物だったと知って、脱力した笑い。そう、エッカーナは思った。


「く……ははは……はは……」


 あんまりしつこく笑うので、エッカーナが呆れ始めたとき――隆々とした両肩を揺らして笑う、グィオの顔を覆っていた、大きな手の隙間。

 笑い声が止み、赤い視線がエッカーナを射抜く。

 

「精霊よ……お導きに感謝します」


 先程まで浮かべていた穏やかな笑みなど、どこにもない。別人に変わったようなグィオの表情に、エッカーナはたじろいだ。乾いていく口から、やっとのことで言葉を発する。


「ど、どうした甲板長……」


「なら、あとは“狼王の剣“だけだ」

 

 にやりと。尖った犬歯を剥き出しにして、恐ろしく、グィオは笑った。


 

挿絵(By みてみん)

挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。

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