30 狼王の剣
慌ててドラギエルが、重たい銀色の箱を運んできた。 カラットを掴んでいた手を離す。
「なんで、これがここにあるんだ」
狼の彫り物を、そっと撫でる。全身の毛が、ぞわりと逆立った。
(俺が奪うはずだった物が、次々と俺の前に現れる……)
役目からは逃げられない、そう言われているかのようだ。
(いや……精霊の魔法と言っても大半は人の意志で成されるものだ。ここにあることには、理由があるはず)
「これは、俺が王女と一緒に奪うはずだった、“狼王の剣”……」
カラットとドラギエルが、早く開けろと言わんばかりに、後ろから覗き込んでいる。
「これは開かない。精霊王の力で封印されているからな」
と、説明してやった。
「なんだ、開かないのか。せっかく大事にしてたのに無駄だった、なあドラギエル」
「……」
(新大陸を探す船……何の必要があって、狼王の剣を積む? 無事に帰れるかも、わからないのに)
「精霊王の封印か。なんか、すごい箱だったんだな。小舟に積んでおくなんて、大事な物なんじゃないのかな」
(そうだ。沈んでも持ち出せるように、小舟に積んである……なら、新大陸へ運ぼうとしていた?)
「船から落っこちたとき、海に落ちなくて良かったよな」
(……そんなことになったら、“狼王の爪”の二の舞だ。ファルトーソーの探し物が増えるところだったな)
気まずさを隠すように、カラットは船からの脱走劇を雄弁に語り始める。
ヘイスは胸ぐらを掴んだことを、カラットに謝ろうとし思った。
が、
「……ファルトーソー……」
頭の隅に引っかかった言葉を、一人呟く。
「あの船にはファルトーソーが乗っていた。もし、俺の代わりに狼王の剣を盗んだとしたら……」
(俺は、城の崖下に隠した舟で海を移動する計画だった。もし……)
「小さい舟なんかより……船を奪い、北の町へ」
(それが新大陸へ渡れる船なら、最高の土産だ)
「ヘイス?」
「ファルトーソーが城から盗んだかもしれない。小舟に隠しておいたんだ」
「ええっ、ファルトーソーが?」
カラットとドラギエルは驚いて、顔を見合わせる。
「あっ、じゃあさ。俺たちが小舟で逃げたおかげで、この箱を盗まれなかったってことになるよな」
カラットが、あっけらかんと言う。
「オルミスに持って帰ったら、お手柄なんじゃないか?」
「ああ。英雄扱いされるだろうな」
(俺ならどうする。計画は崩れ、肝心のものは行方知れず……諦めて戻る……戻れるか? 箱は海に沈みました、と……?)
「箱を失って、奴は帰れない……」
焚き火を見つめる。
(いや。オルミス人に紛れ込んでいるなら、一度、戻ると言う手もある)
「……」
「だ、大丈夫?」
ドラギエルが、心配そうにヘイスを見ている。
「……ああ」
▪︎
ヘイスの話は英雄トゥヴァリの物語のように、どこか遠くの違う時代のことのように聞こえた。
ファルトーソーが生きていたのは、百四十年も昔の話。
オルミスで最後に事件が起きたのは、三十年前の話。
今までは、自分が生まれる前の昔語りでしかなかった、北の町の脅威の話。
「だ、大丈夫?」
ヘイスはドラギエルの知らない世界を知っていて、一人で戦っている。
「……ああ」
全てを聞いても、ヘイスと同じものは見えない。
「えーっと、箱のことがわかったし、船で起きたこともわかったし、ヘイスのこともわかった。これで全部、聞きたいことは聞いたな。そろそろ、寝るか」
カラットがあくびをして、寝転がる。
「……そうだな。寝れるときには、寝るべきだ」
ヘイスも言った。
ドラギエルは横になったが、ヘイスは洞窟の入り口に座り、遠く海を見つめていた。
カラットの寝息と、波の音が聞こえる。
「……寝ないのか?」
どれくらいの時間が経ったか。横になってはいるが眠っていないドラギエルに、ヘイスが声をかけた。
「ああ、そうか。俺のせいで眠れないんだろうな」
(ヘイスのせい?)
「お前はあまり話さないが、頭の中ではいろいろと考えているだろ。俺が北の町から来たと知ったら、不安で仕方ないだろ?」
ヘイスは、立ち上がる。
外へ出て行こうとしているのだと、気付く。
「違う!」
大きい声を出してしまい、カラットを見る。眠ったままの様子なので、小声で「違う」と言い直した。
「ふ、船は、無事に着いたかな」
「ルワリ島には着いただろう」
「船長は、どうなったかな……」
「ヨハナの毒の治療法は、精霊に願うしかない。つまり、時間が経てば治る。エキの根さえ与えなければ助かるはずだ。衰弱してはいるが……」
「良かった……」
「あの後、何も起きてなければな」
木が燃え切って、火が消える頃――
入江に流れ込む波の音の合間に、何かが聞こえた。
「……ざわめき……王は……生まれた……」
(ああ、これはあの時の歌だな……)
ゆっくりと、揺れるような歌と波の音を聴いていると、船の上にいるような気がしてくる。
(グィオ甲板長……無事だと良いけど……)
「……夜を……待つばかり……」
自然と瞼が落ちてくる。
(そういえば、シャルケーたちもよく歌っていたな……。どんな歌だったっけ。森で誰かを追いかけ回す……みたいな……)
つい、ふんふん、と鼻を鳴らす。
「――ドラギエル?」
「あ……ごめん」
ヘイスの邪魔をしてしまった。
「ヘイスが歌っていたから思い出して……」
「何を?」
「シャ……俺の家族が歌ってた歌……。何かを追いかけ回す歌……知ってる?」
「知らないな。コカトの森で歌われている歌なんだったら、俺は聞いたことはない」
「あ……そうか。じゃあ、ヘイスが歌っていたのは北の町の歌なんだ……」
(……あれ?)
自分で言ったことが、おかしいと気づく。
「ああ。北に残された人々の歌、とかいう……」
ヘイスは、ふん、と鼻を鳴らして、「くだらない歌だ」と言った。
「森はざわめき……森は初代女王シロンのこと。
王は生まれた……王はオルマ、オルミスのことだ。
南へ、南へ。
揺籠は夜を待つばかり。揺籠はアルソリオに残った人。夜は精霊王セレニアだ」
心臓が飛び出しそうに強く脈打った。
ドラギエルは何度も唾を飲み込んだ。
その歌を歌っていた人物がいると、ヘイスに言わなければ――それはわかっていたのに、口に出すことが出来なかった。
挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。




