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セレニアの物語  作者: さなか
第2章 オルミスの三人

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29 友人

「水が飲みたい」とヘイスが言ったので、カラットが雨水を貯めていたヘイスの靴を持ってきた。

「腹が減った」と言ったので、ドラギエルは取ってきた黄色い実の皮を剥いた。

 今度は「起き上がりたい」と言うので、カラットが体を起こして、ドラギエルが背負って洞窟に連れて行った。

 二人が火をつけることができないと言うと、黒い石と木の枝を拾ってくるように、ヘイスは指図した。


 浜辺に落ちていた石をいくつか、木の枝を拾って戻ると、ヘイスは寝転がったまま、気を失っている間に何があったかを聞いた。


(なんか、導きの宿にいたときのことを思い出すな)


 と、カラットは懐かしむ。

 するとヘイスは、


「冗談はこのくらいにするか」


 と言って、勢いよく飛び起きる。


「もしかして、最初から動けたのか?」


 一日中働かされたカラットが不満を顔に表すと、ヘイスは「ふん」と鼻で笑う。

 ドラギエルは安心して笑った。


「あの精霊はどこかにいるのか?」


 ヘイスはドラギエルが放っておいた紐をほぐして乾いた繊維を作ると、浜辺で拾った黒い石を手に取った。

 皮のベルトから取り出したくすんだ刃を、その石に鋭く打ちつける。乾いた音とともに火花が散り、ほぐした紐の先に赤い光が宿った。ふっと息を吹きかけると、小さな炎が立ち上る。

 カラットは感心して見ていた。


「たぶん。お前に負けたってすごく不機嫌だった」


「そうか」


「具合が良いなら、教えてくれよ。何でこんなことになったのか。エッカーナ号で何が起きていたのか。……ヘイスが、何者なのか」


 ドラギエルも、強く頷く。ヘイスは焚き火越しに二人をじぃっと見ていたが、やがて火に視線を移し、話し出した。


「俺の名前を聞いて、お前たちは何も反応しなかったよな」


「……うん」


「俺たちは、ロット家のことも、ドーデミリオン家のことも知っている。オルミスの有力家系についての知識として」


「俺たち?」


「北の町の人間」


 ドラギエルは、ごくりと喉を鳴らした。ドラギエルも北の町が敵であることは知っている。コカトの森の端、北の大河を隔てた先に住んでいる人々のことだ。大人たちは、悪し様に罵る。


「精霊王セレニアを呼び戻し、世界をかつてのアルソリオに戻す。それが北の町の目的だ。だが実態は......オルミスを襲って奪おうとしている。自分たちでは何も作り出せないからな。情けない連中だろ」


「……」


 さんざん人をこき使っておいて、お前が言えることなのか、とカラットは思ったが、言わなかった。それが伝わったのか、目が合ったヘイスは「ふん」と鼻を鳴らした。


「ある物と王女を盗むのが、俺の仕事だった。オルミスの城へは行ったが、嫌になってやめた。そして、港町でお前らと会った」


「……なんでその、盗むのをやめて港に?」


「オルミスに捕まって、北の町の企てを洗いざらい話してやろうと思った。……その前に一度、オルミス人はどう暮らしているのか知りたかったんだ」


「……北の町には、戻らないのか?」

 

「殺されるからな。カフェトー家は、ファルトーソー家に皆殺しにされたそうだ」


「え……っ」


 カラットとドラギエルは、息を呑む。


「俺が仕事を放棄……カフェトー家の計画が失敗したのを知って、襲撃したのかそれとも……。……計画は最初から知られていて、戻った俺を殺して王女を奪うつもりだったのかも」


「何で、北の町の人間同士で?」


「やり方が違うから敵対していた」


「じゃあ、何で王女を盗む計画を立てたんだ?」


「......今はオルミスを襲おうとするファルトーソーの方が勢力が強い。精霊の力を手に入れて権力を取り戻すつもりだったんだろ。力がなきゃ、誰も言うことを聞かないからな」


 ヘイスは自分たちに嘘をついたことは一度もなかったのだと、カラットは知った。彼を理解できなかったのは、自分たちの知識が足りなかったからだった。


「じゃあ、何でせっかく乗れた船から逃げたんだ? 北の町の人間だって、みんなにバレそうになったから?」


「……俺たち三人が生け贄に決まったからだ。後ろ盾もなくなったしな」


 カラットは、思い出す。


「そうか、ドラギエルも疑われたし、俺も……」


 二人は顔を見合わせる。


「あの状況じゃ、落海の刑だ。小舟を盗んで自分から落ちた方がマシだった。だろ?」


 ふん、とヘイスは珍しく、口端を上げて笑う。

 

「全然、……全っ然、うまくいってないよ。お前、さっきまで、死体みたいになってたんだぞ……」


 カラットは、呆れて、俯いて、怒って、笑いながら、声を震わせた。


 焚き火は白い煙を上げている。


「うまくいったんだよ。生きてるんだからな」


 ヘイスの声が静かに響く。


「あの船にはファルトーソーが潜んでいる」


 カラットとドラギエルが、顔を上げる。


「オーネット船長に毒を盛った犯人は、そいつだ」


 カラットはぎょっとして、「いたのか!? あの船に?」と叫んだ。


 ヘイスは悔しそうに言った。


「ヨハナの毒……あれは、ファルトーソーが使う毒だ。だとすると、はじめからだったんだ。ロベリタス副船長は殺された。甲板員や見張りは眠らせて、船を遭難させた。あの船を奪い、北の町に持っていくつもりだったんだろう。

 精霊に魔法をかけられたのは予定外だったはずだ。

 三人生け贄を出せば戻れるという話を聞いて、毒を使ったに違いない。俺たちはちょうど、三人だったから。自分が生け贄にならないためか、それとも……」

 

「誰が? 誰がファルトーソーだったんだ……?」


「……オーネット、エスラ、変な喋り方の男、あの女。そして、ここにいる三人は違う」


「……わからないってことか?」


 ヘイスはため息をつき、首を振る。


「まだ、考えているところだ」


「船は……どうなるんだろう」


「……補給に戻ってくれるといいが。あの精霊のおかげで計画が狂って、あのままじゃ北の町に辿り着けない」


「……おっかないなあ、ファルトーソーってのは……」


「じゃあ、ふ、船に乗ってる人たちは、助かるかもしれない?」


「立て直すつもりなら、……俺なら、これ以上は殺さない。殺す意味がないからな。潜伏に戻り、オーネットの信頼を得てもう一度船に乗る……邪魔な奴は島で降ろす……そう考えたっていいはずだ……」


「そ、そう……」


 安堵したような、ヘイスが少し怖くなったような気持ちで、ドラギエルとカラットが顔を見合わせる。

 しん、とした空気の中、カラットは、いいことを思い出した。


「あ、そうだ! あの箱も、ヘイスなら開けられるんじゃないか。こうして火もつけられるし、本当、ヘイスはすごいよな」


「箱?」


「小舟に積んであった箱だよ。何か、使える物が入っているかもしれないんだ。このぐらいの細長い箱で、重くて、狼のおっかない顔が彫ってあ」


 言い終わる前にヘイスの表情が変わっていき、突然、カラットの胸ぐらを掴んだ。


「狼の、箱だって!?」


 いつも半分くらいしか開けていない目を大きく開き、カラットを問い詰める。


「ま、また俺、何か言ったかな……」


 カラットはおどけて言うが、ヘイスの必死な表情は変わらなかった。






挿絵(By みてみん)


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