28 ナイフ
「ここをなんて呼ぶか考えよう。町になるか、港になるかわからないけど」
カラットとドラギエルは、食料を調達するために森の中へ入っていた。
黄色くて中が白い実は毒じゃない。二人とも何ともないんだからと言って、取ってきた分を貪るように食べ尽くしてしまったからだ。
前と違い二人いて体力もある。黄色い実を見つけた場所よりも、さらに奥へと進んで行った。
「三人で見つけた島だから、三ってルワレーだっけ? あっ、虫には触らないようにしろよ。花や葉っぱもやめておいたほうがいいな」
「ルワレーは......三番目、だったと思う......」
ドラギエルの身長をも超える草や、木の枝に巻き付いて垂れ下がる蔓が行く手を阻む。蔓を避け草を踏みしめて歩いた後が、道になっていく。
ぶうん、と大きな羽音がして、ドラギエルの悲鳴が上がる。
「情けないなドラギエル、虫くらい……うわ!」
人の腕と同じくらいの長さがある枝のようなものが、翅を広げてカラットの頭の上を掠めて飛んでいった。
大きな影に覆われたかと思い上を見ると、鮮やかな青色の蝶が飛んでいく。農場で見る蝶の何匹分になるのか――カラットは身震いした。
「だから、気を付けろって、言ったんだ」
先に見える木々の隙間が明るくなり、視界が広がる。
川だった。碧色で、幅が広く流れは緩い。川の中に小さな島が、ぽつんぽつんとあちこちにある。ドラギエルとカラットが探していた、コカトの森から農場へ流れる川とは全く違う。
小さな島のように見えるのは、一本の木の根っこだ。捻じ曲がった根っこを剥き出しにして、木が水の中に立っている。
「なんだか、すごい場所だなあ。変なにおいがするし、この川の水は飲まないほうがいいかもしれないぞ」
ドラギエルも、頷く。
「行けるのはここまでだな。戻るか」
と、振り返る。
来た道を戻ろうとした。しかし、反対側から眺めた道に、植物以外のものを見つけた。
蔦が絡みついた岩肌に、暗い穴が口を開けている。その闇が、気になって仕方がない。
(ここにも洞窟があるのか)
「カラット……?」
「向こうの洞窟は海に近いだろ。この洞窟も、使えるか見ておこう」
蔦を避けても、中は真っ暗だった。ひんやりしていて、水が滴っている音がした。灯りがなければ、とても奥には進めない。数歩踏み入れた後、カラットは諦めて洞窟を出た。その時、足の裏が何かを踏んだ。
「?」
カラットはそれを拾い上げて、外へ出る。
「だめだ、真っ暗すぎて。中には入れそうだけど」
「そ、そっか。……それは?」
ドラギエルは、カラットが握っているものを指差す。
「拾ってきたんだけど、何だかわからないな」
鈍い青灰色の薄い石をじっくりと目の前で動かす。
「これ、ナイフじゃないかな」
「……じゃあ、俺たちの他にも人が?」
「でも、今はいないよ。人が歩いたような跡がどこにもなかっただろ? 昔、沈没した船からここに着いた人がいたのかもしれないな。洞窟を調べればもっと色々なものが出てくるかも」
と、カラットは言った。
「灯りか、あの精霊を連れてくるか……」
ドラギエルは、首をぶんぶん横に振る。
「そうだよな」
カラットはため息を吐く。
二人は黄色い実をたくさん取って入江の洞窟に戻った。
雨が降らなかったので、外の暖かい砂の上にヘイスを運ぶ。
「火があればなあ」
冷たいヘイスの体に触れる度に、思う。
「……あれ!」
海を見ていたドラギエルが、カラットを呼ぶ。
見ると、海からあの黒い生き物が、短い手か足のようなものをベッタベッタと動かしながら、浜辺に上がって来ていた。真っ直ぐ、三人に向かって近づいてくる。カラットとドラギエルは逃げ出した。
「おい、ヘイスを担いでこなきゃだめだろ!」
「カラットだって……」
仕方なく、カラットはヘイスのところへ戻った。拾ったナイフらしきものを握り、使い物にならない刃を向ける。
『それは儂のナイフ』
頭の中で言葉が響いた。
「今の……」
二人は、顔を見合わせる。
黒く艶めく生き物が、精霊のように話しかけてきた。泡立つ深海の色をした小さな目が、カラットを見つめる。
じっと見合ったままでいると、それは大きく口を下に開き、カラットの前にびたびたと跳ねる魚を三匹吐き出した。
「洞窟に運んで来ていたのはお前か……」
『それはうまい。食え』
鼻先でズイズイと魚を押してくる。魚が苦しそうに見え、可哀想だとカラットは思った。
『海は食べ物が有り余る。陸はどうだ? 生物は数を増やしたか?』
意味がわからないが何だか恐ろしい質問だとカラットは感じた。生物の数なんてわからないと思っていると、
『熊か。虎。どちらもうまそうだ』
ドラギエルの思考を読んだ黒い生き物は言った。
『儂は海を独り占めにしない。うまいものは分け合うともっとうまいと知っている』
「精霊……なのか?」
『儂は精霊、姿は膃肭臍。そして鯨、または烏賊であり海老でもある。蛸にして貝、海月、海豚、海牛、鮟鱇で鮫。はたまた人間』
言葉とともに頭の中に海の中の光景が浮かび上がる。カラットとドラギエルが見たことも無い生き物の影が次々と通り過ぎて行った。
「一体、何なんだ?」
『海の大精霊ファムレ』
膃肭臍はぐうっと顎を上げた。
カラットとドラギエルは咄嗟に、自分たちが彼の怒りをかったのだと思った。しかしタタディアと違って、あの身のすくむ嫌な感覚はない。
カラットは右手にナイフを握ったままだったことに気がついた。
(さっき……儂のナイフって言ったよな)
ファムレはゆっくり瞬きをした。
『五百年前、オーウェンはこの島に来た。魚のうまい食い方を知っていた男。オーウェンのおかげで儂は虫の味を知る』
そう言って、目を閉じた。
カラットとドラギエルの脳裏に、この島でオーウェンとファムレが過ごした日々が描かれる。彼らはとても仲が良かった。共に釣りをして、共にうまいものを分け合い、あの森の中の洞窟で過ごした。
『オーウェンは儂に、多様な食い物の知識を与えた。儂らが来る前の世界にあった、様々な料理』
その言葉の響きに、二人はとても悲しい気持ちになった。
もう彼の親友であるオーウェンはいないのだ。
『儂はずっと気になっていた。
気になって
気になって
気になって
気になって、
とうとうあの日、オーウェンを食った』
「は?」
『その時から儂は、膃肭臍でありながら人間でもある。人間は人間を食わない。これ以上人間を食いはしない。安心せよ』
そう言って、全身の毛を波打たせる。
カラットはナイフを向けながら、ヘイスを引きずって後ろに下がった。
「ドラギエル、逃げるぞ手伝え!」
カラットが叫ぶ。
しかしファムレは、ふうー、と大きく息を吐いて腹を地面につけた。起き上がった腹の下には、小さな火が燃えていた。浜辺に火を残して海に潜ると、いつもじっとしているあの岩の上に、再び姿を現した。
「火だ……」
ドラギエルとカラットは、砂浜の上に小さく揺れる不思議な炎を見る。何も燃えるものがないのに、ずっとそこにある。
「……火が欲しいって言ってたの、叶えてくれたんじゃ」
ドラギエルが言う。
「魚もくれようとしたし、カラットの足を治してくれたのも、もしかしたら……」
カラットは落ちていた木の枝を取ってきて、火を移そうとした。だが、木は火に当てていくら経っても、燃えようとしないし、煤けもしない。
仕方なく二人でヘイスを火の側へ抱えて行った。すると火は突然、ふ、と消えてしまった。
「おいおい、なんで消えちゃうんだよ」
カラットが責めるように言ったとき、横でふーっと力強い風音が聞こえた。
ヘイスが大きく息を吐き、眉間にしわを寄せていた。固く閉ざされていた瞼が動いた。
「ヘイス!」
腕を掴むと、温かかった。
いつもの目覚めと同じように、ヘイスは辺りを見回した。
「……」
何か言おうとしているが、声が聞こえない。
「なに?」
「海の底に沈んだのか、って」
掠れた声を聞き取ったカラットは、ドラギエルに教えた。
「大丈夫だ、陸地に着いたんだよ。ヘイスのおかげで」
「……そうか」
今度はドラギエルにも聞こえた。
「ここに着いて三日が経った。食べ物もあるし、水も何とかなる。生きてるし、生きていけるよ」
ファムレはずっと入江の先で海を見ていた。
カラットが頭の中でお礼を言うと、小さな目だけがちらりと動いた。
挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。




