27 誓い
「ドラギエル……おい、ドラギエル」
起こされて、目が覚める。
(起こされて……)
ドラギエルは、ハッと瞼を開く。
隣に、カラットが座っていた。それを見るなり涙が溢れてきて、目を擦る。
「大丈夫か?」
「カラットは……?」
「それがまったく大丈夫なんだ。まさかお前の、あの酷い看病のおかげだとは思えないけど」
カラットは立ち上がり、腫れの引いた足を動かしてみせた。腫れどころか、傷もすっかり塞がっている。
「水をぶっかけられたり、口の中にぼそぼそしたのを捻じ込まれたり、……死ぬかと思ったよ」
「ご、ごめん」
「……嘘だよ。ありがとう、ドラギエル。おかげで助かった」
ドラギエルは、自分がカラットを助ける日が来るなんて思ってもみなかった。
市場で出会い農場で再会したとき、カラットに助けてもらおうと思って一緒に行くことにした。カラットが上手くいかないとき、辛いとき、助けたいとは思ったけれど何もできなかった。
それが今、冗談でもなく皮肉でもない――晴れやかな顔で礼を言われたことにただただ驚いて、言葉が出なかった。
カラットは、右足を庇いながらひょこひょこと歩いて行くと、まだ水が少し入っている靴を拾い上げた。
「すごい雨だったよな。オルミスで降る朝の雨みたいに、必ず決まって降るんなら、困らないけど……」
水を飲み、空になった靴を逆さまにして岩の上に置く。
「……小舟は、流されたか」
外を見ていたカラットが、ふと足元に視線を落とした。
「うわ! なんだ!?」
と、飛び上がる。
ドラギエルが見に行くと、緑色に光る何かが、カラットの足元で暴れていた。魚だ。まだ生きている。口をぱくぱく動かしながら身をよじって地面を跳ね回っている。
「これって魚、だよな。ドラギエルがとってきたのか?」
ドラギエルは首を振る。
「魚って水の中にいるものじゃないの?」
こうして、生きた魚を間近に見るのは初めてだ。魚が陸に這って出てくるという話を聞いたこともない。
「昨日の波がここまで来たのかな。海に戻してやろう」
カラットは魚を持とうとした。が、滑る上に暴れるので落っことしてしまう。
「うわー、なんだこれ」
苦労してカラットが二匹、ドラギエルはカラットから渡された一匹を持って、岩場から海に投げ入れた。
入江には、今日もあの黒い動物がいた。
(……こっちを見てる)
そう思った矢先、
「うわ!」
再びカラットが悲鳴を上げた。
黒っぽくてごつごつした石のような背中をした三匹の生き物が、たくさんある細い足を動かしていた。カラットの足よりも大きいそれらが、足元からよじ登ってくる。
「虫!?」
カラットはそれを振り落とし、ドラギエルの方に逃げてきた。
「なに?」
「知らないよ。でも、また三匹だ。気持ち悪い!」
「三匹?」
見ると、言う通り確かに三匹だった。
岩場の下の方に、その生き物を追いやる。
『何故戻す?』
突然、タタディアの言葉が頭の中に響く。
ドラギエルは驚いて、岩から足を滑らせた。海に片足を突っ込み、靴を濡らしてしまった。
「なな、何が?」
カラットは体を強張らせる。
『そいつをなぜ食わぬのかと聞いておる。魚をなぜ食わないのか、とも』
タタディアは、相変わらず不機嫌そうだ。
「これを置いたのは、お……あなたですか?」
カラットが聞くと、『なぜ妾がそんなことを』と、タタディアは吐き捨てた。
『聞いているのは妾じゃ』
と睨む。
カラットは答えた。
「人間は、精霊が生気を奪った肉しか食べないし、海の物は食べない。人の大精霊、精霊王セレニアじゃなくて、海の大精霊ファムレの領分だから」
するとタタディアは、
『ああバカらしい。くだらない。腹が立って仕方ない』
すい、と飛んで行こうとした。
「待ってくれ!」
カラットは、慌てて引き留める。
「ヘイスに何があったのか、教えてください。生きてるのか……それとも、死……」
それ以上、言葉を続けることができなかった。
(やっぱり、聞きたくない)
するとタタディアは振り返ってにやりと笑った。
『嵐の海』
カラットとドラギエルは、ごくりと喉を鳴らす。
『お前たちが気を失った後、荒れ狂う海でこやつは、“三人が助かるならば俺の生気を半分食ってもいい”と言った。なので妾は、九割食ってやったのじゃ』
カラットとドラギエルは、愕然とする。
タタディアは意地悪く笑って、飛んで行った。
「九割……って?」
光の球がふわふわと飛んで行くのを見ながら、ドラギエルはカラットに聞いた。
「ほとんどってことだ。……でも、少しだけ残ってる。つまり、生きてるってことだ!」
▪︎
カラットは、飛び上がるほど嬉しかった。
(ヘイスは、成功したんだ。俺とドラギエルの命を差し出せば良かったのに、自分を犠牲にして助けてくれたんだ)
カラットの心には、エッカーナ号での出来事が引っかかっていた。エスラ夫人とのやり取りと、北の町、同志、カフェトー家という言葉。
「アルソリオのままの方が良かった」
「……本当にそう思うか?」
胸ぐらを掴まれたときの、真剣な眼差し。
ヘイスは北の町の人間だ。あの怒号飛び交う船長室で、カラットはそれだけは理解した。穏健派のカフェトー家という言葉を、父親と城の使者の会話で聞いた覚えがあった気もする。
冷たい寝顔を見ながら、オーネット船長の食事に毒を入れたのは本当にヘイスで、後がなくなって逃げ出した可能性もあるのかも知れないと考えていた。カラットとドラギエルを生贄に生き残ろうとしたのかも、とも。
でも、ヘイスはそんなことは一つもしていなかった。
ヘイスが何者であろうとも、二度と疑いはしない。
――カラットは、精霊王に誓った。
挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。




