15 カラット・ロット
ロベリタス副船長の行方が知れぬまま、二日が経過した。
陸地も、他の船も、何も見えない。夜番の間もそうだし、昼に見張りをしているヘイスからも同じ報告しかなかった。
夜番を終えて船員室へ降りようとするドラギエルとワイロフに、グィオが困り果てた様子で言った。
「どうにも、同じ場所を回っているような気がするな。俺は舵の心得もあるが……。しかし賢人の子孫とも言われるオーネット船長に、俺などが申し出るのもなあ」
「甲板長が……舵を取るべきだと、思います」
この数日でドラギエルの口は、グィオ甲板長になら、考えた通りに言葉を発するようになっていた。
「はは、ありがとう」
グィオの穏やかな笑顔に、ドラギエルは心配になりつつも安堵した。グィオの顔には疲れが滲んでいる。昼に動力を指示しているはずだが、夜も長く起きている。あの日、眠ってしまった責任を感じているに違いない。
「ドラギエル・ドーデミリオン、いるか!」
エスラ夫人は凛とした声を張り上げながら甲板へ出てきて言った。
「は、はい! 船長……」
この女性が本物の船長ではないとドラギエルが知ったのは、昨日のことだ。説明されても、いまさら呼び方を変えられないでいる。
エスラ夫人も、いちいち気にはしなかった。そんなことよりも、彼女は恐ろしい言葉を発する。
「カラット・ローレウスを知らないか?」
ドラギエルの背筋が冷たくなった。
「あの……カ、カラット、いないんですか」
「当番の時間になっても持ち場に来ないと、調理室から報告があった」
エスラ夫人も焦りの色を浮かべている。
(大丈夫、大丈夫だ。起きてた、カラットは落ちてない……)
ドラギエルは気持ちを落ち着かせようと、頭の中で何度も唱える。
「なぜ、ドラギエルに?」
グィオが尋ねるとエスラ夫人は、港でドラギエルとカラットがもう一人の友人と一緒にいたことを話した。
「もしお前のところに来たらすぐに報告しろ。いいな?」
「はい、船長……」
ドラギエルは階段をどたどたと駆け下りた。船員室で眠っている一人一人の顔を覗き込み、カラットがいないか確認した。
食事をしている最中も落ち着かず、調理場の裏を覗いたりした。
甲板へ出て、舷側から一瞬だけ海を見下ろした。もちろん、何も見えなかった。
「何をしているんだ?」
挙動不審な大男が目に入った船長が、声をかけてきた。
「……カ、カラットを……」
「ああ、乗組員が一人いないという話だったな」
オーネットは、どこか上の空で返事をする。どうでも良さそうな物言いに、ドラギエルの心が痛む。
「……あ、あの」
「二晩、星を見ていたんだが……おかしいんだ。空が水平に回っていたんだよ」
独り言のように、オーネットは呟く。顔は青白く、やつれたように見える。
「あ、あの……。グ、グィオ甲板長が、……」
「? グィオが、何だ?」
「せ、船長の……」
代わりが出来る、と言いかけたが、そう伝えてしまうのはあまり良くないとドラギエルは気づいた。
「……相談に、……こ、心得があると……言って、ました」
「……確かに、彼はロベリタスに育てられた人物だったな。そうか、ありがとう。良い助言だ」
オーネットは疲れた顔に笑みを浮かべる。
「……い、いえ……」
ドラギエルは顔を真っ赤にした。
甲板に戻ってきて荷樽の裏や中を探していると、
「ドラギエル」
食事の交代で見張り台から降りてきたヘイスに声をかけられた。
「船長と何を話していたんだ?」
「あの……ほ、星が……回っているって……」
ドラギエルが答えると、ヘイスは「ふん」ではなく、大きくため息をつく。
「……食事も睡眠もろくに摂っていないからな」
「え……」
「俺じゃない。あの船長が、だ。それで、お前は何してる?」
「あ……カ、カラット……いないらしくて……」
ヘイスが眉間に皺を寄せる。
「カラットが?」
ドラギエルはほっとした。ヘイスは自分と同じようにカラットを心配する様子だからだ。
「……いや。俺は、夜明け頃にあいつを見た」
「! どこで!?」
「船尾の方に歩いていった」
ドラギエルは、ヘイスについていく。
しかし、船尾のあたりにもいなかった。ヘイスが船尾を覗き込んでいた。ドラギエルも見てみると、吊られている小舟に動く影がある。
「カラット!」
ドラギエルは安心のあまり、甲板に響き渡るほどの大声で叫んでしまった。
「……まあ、この方が戻りやすいかもな」
と、ヘイスはふん、と鼻を鳴らした。
▪︎
カラットは船長のもとへ引き立てられ、両膝をついて座らされた。
「小舟で逃げる算段でもしていたか?」
船長の隣に立つエスラ夫人は、まだ何も言わぬオーネットの代わりにカラットを尋問する。
「お前はずいぶん問題があるとの報告が、調理場の者たちから上がっているんだ。お前が食事に眠り草を混ぜ、ロベリタス副船長を海に落とした犯人か?」
カラットは青ざめ、さすがに反論をした。
「違います! 眠り草なんて入れていません!」
「カラット・ローレウス。お前は虚偽を語ってばかりだそうだな」
「……なぜ、隠れていた?」
興奮するエスラ夫人を後ろにやって、やつれたオーネットがカラットに聞いた。
「……調理場に……行きたくなくて……」
カラットは、下を向いたまま言った。
「たったそれだけの理由で……? 今がどんな状況か、わかっているのか! オルミスの誇りがない奴め!」
心配した分が頭にきたエスラが、後ろにいながらも怒鳴る。カラットは情けないと思いながらも、落ちる涙を止めることができなかった。
▪︎
皮を剥かれた芋が、バケツに放り込まれる。
「あの嘘つき君がいなくなって、せいせいするなァ」
「……あいつの名前は、カラットだろ」
アキリの言葉に、しかめっ面でナバルは答えた。
「毎日、毎日、芋の皮。クネ芋はァ、こうやって回しながら剥く」
アキリはくるくると器用に皮を剥いた。
「芋剥きのやり方は本当のことだったなァ」
「あんたがいじめるから、逃げたんじゃないか」
「酷いなァ。ナバルの姐御が辟易してたから、言ってやったのに」
「人のせいにするな。それにあたしは十八だ。年上に姐御と呼ばれる筋合いはない」
「そう言ったって、敬われなければなァ。あーあ」
アキリは、わざとらしくため息をついた。
「あたしはあんたの方が、疑わしいと思うぜ」
「何が?」
「眠り草を入れたって話だよ。……どいつもこいつも、信用はしてねえ」
「ナバルの姐御は、眠り草ってのを知ってんのかい? そういうのに詳しいよなァ」
「知らねえよ」
「ふーん」
「あんたもあまり無駄口叩くなら、海に叩き落としてやるからな」
ナバルが育った港町では、喧嘩のときに必ず持ち出される常套句だ。
「おっかねぇ姉さんだなァ」
「女が船に乗るのに文句言うような奴は、ファムレに食われちまえばいい」
ゴトン、ゴロンと、二人は剥いた芋をバケツに放り投げた。
挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。




