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セレニアの物語  作者: 和州さなか
第2章 オルミスの三人

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9 乗組員たち

 ヘイスが階段を降りて行くと、荷運びの男たちが背負ってきた重い木箱や樽を、甲板下の倉庫に降ろしているところだった。

 その中に、ドラギエルもいた。


「これは船長室へ運んでくれ。この箱はすべてここに」


 さすがのドラギエルも、言われたとおりに物を動かす程度のことはやってのけた。


(指示を出している男は、身なりからして副船長といったところか)


 荷物を運び終えると、赤い瞳の男――グィオ甲板長がやって来た。

 彼はドラギエルのほかに六人の男たちを呼んだ。


 一行は甲板下を抜け、さらに狭い階段を降りて、船底前部の区画に入った。天井は低く、グィオもドラギエルも頭をすくめている。太い木柱が何本も立ち、柱と柱のあいだを、縄が複雑に張り巡らされていた。


 区画の中央には、一本の太い木の軸が、床から天井へ突き刺さるように立っている。その根元には、何人もが同時に押せるよう、短い棒が放射状に差し込まれていた。


 吊るされた灯りが揺れるたび、縄がきしみ、軸の影が壁を横切る。


(……なんだ、これは)


 ヘイスは息を呑んだ。それぞれが前にある棒を掴んで、押し回すということらしい。天井の梁を伝って伸びる縄は、前方へ――船首の方へと続いていた。


「合図が来たら、これを動かす。すると、碇が巻き上がるという仕組みだ」


 そう言って、グィオが軸に手を置いた。


「合図で一斉に、力を合わせるんだ。素晴らしい装置だろう? オルミスに感謝を捧げよう」


 グィオは一人視線を彷徨わせているドラギエルに気付き、声をかけた。


「君は海は初めてだな」


「はい、船長!」


 ドラギエルはうっかりそう答えた。

 男の赤い瞳がじっとドラギエルを見る。


「あ……いえ、あの……」


「ははは、元気の良い若者だ。女の船長に雇われたな? 君が気に入ったよ。俺の時はそう……返事は、“はい、甲板長“だな」


「はい! 甲板長!」


「そうだ。……君の名前は?」


「ドドラギエロドーデミリオン!」


 大声で名乗ると、周囲の男たちが和やかに笑った。


「俺は合図を受けるために上に戻る。声が聞こえたら力いっぱいその棒を押すんだ。安心しろ、君だけがやるんじゃない。他が動き出したら、それに合わせればいい」


 そう言って、グィオは船底後方へ伸びる梯子へ向かった。


(階段で戻るかと思ったが……あちらは船尾側に通じているのか)


「碇を上げろ!」

「碇を上げろぉーっ!」


 ほどなく、甲板から声が聞こえてきた。

 オーネット船長が叫び、それを受けて副船長が復唱。

 次の瞬間、船底にいる彼らの耳に甲板長グィオの号令が響いた。


「回せぇ!」


 屈強な男たちが、腕と脚に全身の力を込め棒を前に押す。ドラギエルも一瞬遅れて加わった。


 碇が、海底を離れた。


「右三十度旋回! 両舷回転翼、回せ!」


 続いて、甲板から新たな指示が飛び、別の振動がヘイスの足元を揺らした。


(まさか、進んだのか? 帆を張っていないのに)


 ヘイスは船の仕組みを思い描き、甲板へ走った。

 覗き込むと、船底の両舷に伸びた軸がゆっくり回り、船を推し進めていた。


 しばらく、夢中になって眺め――我に帰り、顔を上げた。

 どこかから、にぎやかな話し声が聞こえてくる。

 ヘイスは声がする方へ行き、荷樽の陰に身を寄せた。

 

「俺はアキリだ、よろしくなァ。二十五年生きてるが、船に乗るのは初めてだ」


 甲板の一角、荷樽を風除けにした即席の作業場で、クネ芋の皮をむきながら、明るく茶色い髪に青い瞳をした青年が言った。


「二十五!? あたしより下かと思ったぜ」


「姐御はいくつなんだい?」


「姐御じゃねえよ。十七だ」


 青年は「イテテ」と、軽く切った指を舐め、自分の持つ曲がりくねった芋茎を見て憎々しげに舌打ちをした。


「なんだ、このぐにゃぐにゃの芋は。むきにくいったらありゃしないなァ」


「それはこうやって回しながら剥くんだ。ナイフは動かさないように……」


 カラットは一つ、くるくると器用に剥いて見せる。青年は一枚につながった螺旋状の皮を持ち上げ、感心して言った。


「すごいなァ。食堂で働いてたのかい?」


「ああ、うん」


 カラットの口数が少ない。農場の息子だというのを隠そうとしているからだろう。乗り込むときに名前を偽ったのを、ヘイスは聞いていた。


(あの噂をずいぶん気にしていたからな……)

 

 しかし、しゃべらずにはいられないのか、

 

「あ……知ってるか? このミズハ草は、便秘に効くんだぜ」


 と、間をつなぐ。


「消化にいいんじゃなかったか」


 桟橋で見た、頭に布を巻いた少女が言った。男物の作業着に、大きめのズボンの腰と足首を紐で縛って着ている。

 振舞いも粗野な男のようだったが、胸が大きいので遠くからでも一目で女であることはわかる。


「あ、ああ。そうだった、ちょっと違ったな」


「ナバルは物知りだ。船にも詳しいみたいだ。なァ?」


「……港町の生まれだからな」


 ナバルは無愛想に言った。

 樽に座り、大きく広げた足の間にバケツを置き、アキリよりもカラットよりも早く芋の皮を剥いていく。


「下を向いて作業をすると、船に酔うよ」


「……あたしは船酔いしない方法を知ってんだ」


「そんなもんがあるのかァ、どうすりゃいい?」


「あんたたちのゲロの臭いで、耐え切れなくなったら教えてやるよ」


 ナバルがあまりに下品な物言いをするので、男二人は顔を見合わせた。


 ヘイスが移動しようとすると、老齢の男が立っていた。

 

「何だね? 君も調理場の人間か?」


「俺は雑用だ」


 色斑のある上衣はところどころに染みがある。腰には変わった形状のナイフを差している。


「料理長」


 三人が振り向き、


「ヘイス?」


 カラットが言った。


「雑用か。なら、甲板が汚れていたから掃除をしておいてくれ。つまみ食いを狙っているなら、芋剥きより調理場に来た方がいいぞ」


 料理長、という男は灰色の口髭を震わせて笑う。

 カラットたちは下の調理場へ降りて行った。



 

 舷側に結ばれたロープを手繰り、ヘイスは海水を汲み上げた。夜露と潮で黒ずんだ板が、濡れて色を変える。

 ブラシを押しつけると、砂と塩がざらりと音を立てた。

 前方では舵のきしむ音。

 背後では、縄と滑車が擦れ合う低い鳴り。


「あ……へ、ヘイス……」

 

 聞き覚えのある、歯切れの悪い声。

 

「ドラギエル。久しぶりだな」

 

「え、あの……ついさっきだ。その、別れたのは」


「仕事は終わったのか?」


「う、うん……今は……いいって、言われたんだ。……見てきても」


「そうか」


「あの……あっち、船に舟がある……」


 ドラギエルは船尾を指差した。

 

「ああ……浅瀬で使うんだろうな。こんな大きな船じゃ船底に穴が空く。あとは、沈没しそうなときとかな」


 教えてやると、ドラギエルは納得してうなずいた。


「なあドラギエル、俺はこれから掃除をするんだが、仕事が終わったなら少し手伝ってくれないか? 何、船に乗ってから一皮剥けたお前には簡単すぎる仕事だよ」


「え? ……うん、わかった」


 掃除用具を差し出すと、ドラギエルは快く受け取った。



挿絵(By みてみん)

挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。

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