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セレニアの物語  作者: 和州さなか
第2章 オルミスの三人

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8 エッカーナ・オルミス

「大丈夫なの?」


 三人が桟橋に行くと伝えると、ラナリアは言った。

 カラットは荷物を持っているが、ヘイスとドラギエルは手ぶら。来たときのままの身なりで出て行こうとしているからだ。


 ふん、とヘイスが鼻を鳴らした。ドラギエルはいつもの調子で、カラットは受付のカウンターにやって来た。

 

「知ってるかい? 海の向こうに何があるか。帰って来たら教えてあげるよ。でも、もし新しい大陸を見つけたら、帰って来ないかもしれないな。もし俺が帰って来なかったら、農場に伝えてくれるかな。カラットは巨大大陸(サルトカティス)に行ったんだって」


 放っておくとずっと喋っていそうだったので、心配していたはずのラナリアは呆れてカラットを追い出した。


 





 エッカーナ号。

 そう刻印のある船の前には、たくさんの荷樽や木箱が置かれていた。日焼けした体格の良い男たちが、その荷の積み込み作業を行っている。


 三人がその荷の間をうろうろと歩いていると、


「おーい。こっちだこっちだ!」


 と、大きな声が聞こえた。

 声の主が手を振っているのは三人ではなかった。そちらの方向には、頭に布を巻いて少年のような身なりをした色黒の少女がいた。彼女は声の方に走って行く。

 手を振った人物は、大きな黒い帽子をかぶり、赤い布に金縁の装飾が入った立派な上着を羽織っている。


「あの人が船長じゃないか?」

 

 カラットが言い、三人もそちらへ向かった。




「いかにも、わたくしがオーネット・サキタリだ。お前たちは乗組員の志願者か?」


 凛と澄んだ声だった。

 男と思い込んで近づいたカラットとドラギエルは、大きな黒い帽子の下にある顔を見て驚いた。

 後ろ一つに編んだ赤毛に、白い肌。長い睫毛の切れ長の目。ドラギエルほどではないが、背が高い。

 背筋を伸ばし強く前を見据える眼差しと引き締まった口元には、強い意志が見て取れる。

 

 

(なぜ、偽物なんだ? オーネット・サキタリは女ではないはず……)


 ヘイスは警戒し、桟橋の端々に視線を送る。


「あ、精霊がいるよ。なんだか久しぶりだな」


 カラットが呑気に空を指差す。淡く白い光が、ふわふわと浮かんでいる。


「あと人手が必要な仕事は――」


 オーネットと名乗る女は、巻紙を広げてそれを眺める。


「うん。そこのでかいのは、早速荷入れを手伝ってくれ」


「えっ……荷入れ……」


 荷運びの仕事に悪い思い出のあるドラギエルが言うと、彼女は鋭い目つきで迫り、言った。


「返事は"はい、船長!"。お前はそれだけ言っていれば良い。言ってみろ!」


「は、はい、あの……せん……」


「はい、船長!」


「はい!船長!」


 ドラギエルは目の前で艶やかに光る黄色い瞳に射すくめられ、必死に声を張り上げた。助けを求めるように視線を二人に向けるが、、


「さっさと行け!」


 と、船長が凛とした声を張り上げる。


「はい、船長!」


 ドラギエルは逃げるように駆け出して荷物のところに行った。


「へえ」


 ヘイスは初めて聞くドラギエルの大声に感心した。

 

「おっかないな……」


 カラットが呟くと、星の光のような黄色い瞳がそちらを向いた。


「お前は何だ? 名前は?」


「カラット・ロ……」


(“ロットの坊ちゃん”の噂、聞いたわよ)

 ラナリアの言葉が、カラットの脳裏に浮かぶ。


「ローレウスです!」


 噂のせいで断られたりしたら堪らない。咄嗟に、適当な名前を名乗る。


「返事は良いが、男のくせに細い体だなあ……。皿洗いでもやっておけ!」


「はい、船長!」


「いいぞ。そこから上がって階段の……右の船室が食料庫だ。料理長は食料庫にいるからそこに行け」


「はい!船長!」


 カラットは階段を駆け上がっていった。


「残るお前は?」


「ヘイス・カフェトーです、船長」


「……カフェトー?」


 彼女は眉間に深く皺を寄せた。黒髪の下の灰色の瞳と、黄色い瞳が交錯した瞬間、


「いた! こちらへ来なさい!!」


 甲板の方から、男の大声がした。


「! もう逃げられたか」


 と言うなり彼女はつまらなそうに、ヘイスに言う。


「あー、お前は雑用だ。さっさと乗ってしまえ」


 そして、荷入れの足場板に軽々と飛び乗ると、甲板に上がって行った。

 (いぶか)しんだヘイスが後を追うと、二人の男が彼女を待っていた。荷入れの仕事に紛れて、様子を窺った。

 一人は細目で四角い顔をした大柄の男。もう一人はドラギエルと同じくらいの身長で、日焼けした肌に赤い瞳の男だった。


「仮眠中に捕らわれるとは……まったく、出航前からこんな目に遭うとは思わなかった。私の上着を返して早く船を降りなさい」


(どうやらあれが、本物のオーネット・サキタリだな)


 オーネットが手を差し出すと、偽物の船長は「けち」と口を尖らせ、上着を脱いだ。しかし、彼女がその下に着ている服も十分、上質な作りだった。


「甲板長のグィオがたまたま通りかかって、小舟にいる私を見つけなかったら……」


「まあまあ。料理長に、見つかったと伝えてきますよ。彼は食料庫の樽の中を探していましたからね。出航の準備は整っているようですし」


 グィオは優しく笑うと、階段の方へ歩いて行った。


「私が発見された状況は内密にしてくれ」


「はい、船長」


 オーネットの言葉にグィオは一度振り返り、しっかりとうなずいた。


「まだやることがあったのに……出航時間が遅れてしまうじゃないか」


「乗組員なら増やしておいたぞ。人手は十分だ、早く出航しよう!」


「乗せてしまったのか? もう? 私の夢に付き合わせる人材は、選び抜いた者でないと」


「わたくしの夢だ」


 長いまつ毛の大きな切れ長の目で、少し背の高いオーネットを睨みつける。


「そうだろう? わたくしたちは、同じ夢を持つ同志であったろう」


「人を軟禁するような相手を同志とは呼びません」


「すまなかった、オーネット殿。どうしても船長がやりたかったんだ」


 慌てて謝る姿に、オーネットは深く、ため息を吐く。


(……なるほどな。他の乗組員も気にしておくか)


 ヘイスは船内を見て回ることにした。


 

▪︎

 


「まったく。世話係がついていながら……」


「それにな、父様の夢を託されたのだ。船は降りない。わたくしも共に行く」


「何だって……」

 

「オーネット殿! エッカーナ王女!」


 役人が慌てて甲板に上がってくる。

 息を切らせて、巻紙をオーネットに手渡した。


「メルキド王から、急ぎの書状です。間に合って良かった……」



挿絵(By みてみん)


挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。

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