8 エッカーナ・オルミス
「大丈夫なの?」
三人が桟橋に行くと伝えると、ラナリアは言った。
カラットは荷物を持っているが、ヘイスとドラギエルは手ぶら。来たときのままの身なりで出て行こうとしているからだ。
ふん、とヘイスが鼻を鳴らした。ドラギエルはいつもの調子で、カラットは受付のカウンターにやって来た。
「知ってるかい? 海の向こうに何があるか。帰って来たら教えてあげるよ。でも、もし新しい大陸を見つけたら、帰って来ないかもしれないな。もし俺が帰って来なかったら、農場に伝えてくれるかな。カラットは巨大大陸に行ったんだって」
放っておくとずっと喋っていそうだったので、心配していたはずのラナリアは呆れてカラットを追い出した。
エッカーナ号。
そう刻印のある船の前には、たくさんの荷樽や木箱が置かれていた。日焼けした体格の良い男たちが、その荷の積み込み作業を行っている。
三人がその荷の間をうろうろと歩いていると、
「おーい。こっちだこっちだ!」
と、大きな声が聞こえた。
声の主が手を振っているのは三人ではなかった。そちらの方向には、頭に布を巻いて少年のような身なりをした色黒の少女がいた。彼女は声の方に走って行く。
手を振った人物は、大きな黒い帽子をかぶり、赤い布に金縁の装飾が入った立派な上着を羽織っている。
「あの人が船長じゃないか?」
カラットが言い、三人もそちらへ向かった。
「いかにも、わたくしがオーネット・サキタリだ。お前たちは乗組員の志願者か?」
凛と澄んだ声だった。
男と思い込んで近づいたカラットとドラギエルは、大きな黒い帽子の下にある顔を見て驚いた。
後ろ一つに編んだ赤毛に、白い肌。長い睫毛の切れ長の目。ドラギエルほどではないが、背が高い。
背筋を伸ばし強く前を見据える眼差しと引き締まった口元には、強い意志が見て取れる。
(なぜ、偽物なんだ? オーネット・サキタリは女ではないはず……)
ヘイスは警戒し、桟橋の端々に視線を送る。
「あ、精霊がいるよ。なんだか久しぶりだな」
カラットが呑気に空を指差す。淡く白い光が、ふわふわと浮かんでいる。
「あと人手が必要な仕事は――」
オーネットと名乗る女は、巻紙を広げてそれを眺める。
「うん。そこのでかいのは、早速荷入れを手伝ってくれ」
「えっ……荷入れ……」
荷運びの仕事に悪い思い出のあるドラギエルが言うと、彼女は鋭い目つきで迫り、言った。
「返事は"はい、船長!"。お前はそれだけ言っていれば良い。言ってみろ!」
「は、はい、あの……せん……」
「はい、船長!」
「はい!船長!」
ドラギエルは目の前で艶やかに光る黄色い瞳に射すくめられ、必死に声を張り上げた。助けを求めるように視線を二人に向けるが、、
「さっさと行け!」
と、船長が凛とした声を張り上げる。
「はい、船長!」
ドラギエルは逃げるように駆け出して荷物のところに行った。
「へえ」
ヘイスは初めて聞くドラギエルの大声に感心した。
「おっかないな……」
カラットが呟くと、星の光のような黄色い瞳がそちらを向いた。
「お前は何だ? 名前は?」
「カラット・ロ……」
(“ロットの坊ちゃん”の噂、聞いたわよ)
ラナリアの言葉が、カラットの脳裏に浮かぶ。
「ローレウスです!」
噂のせいで断られたりしたら堪らない。咄嗟に、適当な名前を名乗る。
「返事は良いが、男のくせに細い体だなあ……。皿洗いでもやっておけ!」
「はい、船長!」
「いいぞ。そこから上がって階段の……右の船室が食料庫だ。料理長は食料庫にいるからそこに行け」
「はい!船長!」
カラットは階段を駆け上がっていった。
「残るお前は?」
「ヘイス・カフェトーです、船長」
「……カフェトー?」
彼女は眉間に深く皺を寄せた。黒髪の下の灰色の瞳と、黄色い瞳が交錯した瞬間、
「いた! こちらへ来なさい!!」
甲板の方から、男の大声がした。
「! もう逃げられたか」
と言うなり彼女はつまらなそうに、ヘイスに言う。
「あー、お前は雑用だ。さっさと乗ってしまえ」
そして、荷入れの足場板に軽々と飛び乗ると、甲板に上がって行った。
訝しんだヘイスが後を追うと、二人の男が彼女を待っていた。荷入れの仕事に紛れて、様子を窺った。
一人は細目で四角い顔をした大柄の男。もう一人はドラギエルと同じくらいの身長で、日焼けした肌に赤い瞳の男だった。
「仮眠中に捕らわれるとは……まったく、出航前からこんな目に遭うとは思わなかった。私の上着を返して早く船を降りなさい」
(どうやらあれが、本物のオーネット・サキタリだな)
オーネットが手を差し出すと、偽物の船長は「けち」と口を尖らせ、上着を脱いだ。しかし、彼女がその下に着ている服も十分、上質な作りだった。
「甲板長のグィオがたまたま通りかかって、小舟にいる私を見つけなかったら……」
「まあまあ。料理長に、見つかったと伝えてきますよ。彼は食料庫の樽の中を探していましたからね。出航の準備は整っているようですし」
グィオは優しく笑うと、階段の方へ歩いて行った。
「私が発見された状況は内密にしてくれ」
「はい、船長」
オーネットの言葉にグィオは一度振り返り、しっかりとうなずいた。
「まだやることがあったのに……出航時間が遅れてしまうじゃないか」
「乗組員なら増やしておいたぞ。人手は十分だ、早く出航しよう!」
「乗せてしまったのか? もう? 私の夢に付き合わせる人材は、選び抜いた者でないと」
「わたくしの夢だ」
長いまつ毛の大きな切れ長の目で、少し背の高いオーネットを睨みつける。
「そうだろう? わたくしたちは、同じ夢を持つ同志であったろう」
「人を軟禁するような相手を同志とは呼びません」
「すまなかった、オーネット殿。どうしても船長がやりたかったんだ」
慌てて謝る姿に、オーネットは深く、ため息を吐く。
(……なるほどな。他の乗組員も気にしておくか)
ヘイスは船内を見て回ることにした。
▪︎
「まったく。世話係がついていながら……」
「それにな、父様の夢を託されたのだ。船は降りない。わたくしも共に行く」
「何だって……」
「オーネット殿! エッカーナ王女!」
役人が慌てて甲板に上がってくる。
息を切らせて、巻紙をオーネットに手渡した。
「メルキド王から、急ぎの書状です。間に合って良かった……」
挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。




