7 オルミス城
オルミス城の中庭を一人の男が歩いていく。
歌声がその足を呼び止めた。
見上げると、高い場所にある窓から赤毛の王女が手を振った。その近くを淡く白い光が漂っている。
「あら。オーネット様よ、ヴァヘライザ」
上に気を取られている間に、目の前に第一王女と第二王女が立っていた。
「ご無沙汰しておりました、シルキディア様、ヴァヘライザ様」
オーネット・サキタリが堅苦しく挨拶をすると、シルキディアが柔らかく微笑んだ。
「あなたが戻ってきたということは、ついに完成したのでしょうね?」
「もう完成したなんて……あの子が言った通りね」
と、ヴァヘライザは悲しそうに歌声の方を見上げた。
上にいるのは、第三王女エッカーナ。幼い頃にやって来た精霊が、付かず離れずそばにいる。精霊に愛される彼女の思い通りにならないことはないと言われている。
「船が完成したのなら、いよいよ出発するのでしょう?」
「ええ、明日の出航です」
「あなたがいなくなってしまうと、色々と困るような気がするわ」
「そこまで大層な者ではありませんよ」
「ふふ、いいわね。お父様もオーネット様も楽しそうで」
「私は怖いわ。もし船が沈んだら? もし大精霊ファムレの怒りを買ったら? もしあなたたちがいない時に北の狼たちが襲ってきたら? ……よく海へ乗り出そうなんて思えるわ」
そう言って目を逸らす第二王女に、オーネットは小さく笑う。
「心配してくれてありがとう、ヴァヘライザ」
オーネットにとって三人の王女は、歳の離れた妹か娘のようなものだ。オーネットを振り回すのはエッカーナだけでなく、三人それぞれにオーネットはそれなりの苦労をしてきた。
「ヴァヘライザは寂しいのよね、何人も行ってしまうから。あなたと仲が良い、彼――」
「姉さん! 違うって言ってるのに!」
ヴァヘライザの手がシルキディアの口を塞いだ。
王女たちの戯れから逃れると、オーネットはメルキド王の私室に向かった。
「遅かったな。娘たちにでも捕まったか?」
王は銀色の顎髭を一撫でして言った。
「ええ、まさにその通りに」
オーネットは椅子に腰掛けた。
「物は揃ったのか。人員は?」
「揃いましたが、雑用がもう少し必要ですね。港町の役人に人を集めるよう言ってあります」
メルキド王はうなずいた。が、髭の下で小さく口を尖らせた。
「私も自由に動けたなら、自ら乗り込んだものを――」
悔しそうな言葉は、冗談には聞こえない。長い付き合いのオーネットは、わざと恭しく言った。
「必ず航路を開き、新大陸の地に辿り着きましょう。新しい町の名前を考えておいてください」
「言ったな? もしそれが叶ったときには、褒美に王女の誰かをやるぞ。誰が良い、やはりエッカーナか?」
「冗談はやめてくださいよ。あなたの娘はみな、私の娘も同然です」
「エッカーナは、オーネットが大好きだと言っていたが」
「それはそういう意味ではないでしょう、まったく」
「まあまあ、そう怒るな。無事に戻れよ」
メルキドは右手を差し出した。オーネットは姿勢を正し、両手で固くその手を握る。
「精霊王セレニアの加護を願っても?」
「良い。自由に使え」
オーネットは王の居城を出て、中庭に戻った。
王女の姿は三人とも消えていた。余計な邪魔が入らなくて良かったと思いながら、井戸のそばにある小さな白い建物に向かう。元々は、初代王妃シロンが森の精霊コカトの力で建てた始まりの家。人が集まり国となり、王家の住まいが大きな城となった今は、大精霊セレニアを祀る建物として使われている。
扉は、入ることを強く願う者のために開く。
オーネットはそれを確かめるように、扉に手を伸ばした。しかし、子どもの頃から今まで一度も開かなかったことがないので、この扉はいつでも誰にでも開くのではないかとも思っている。
中には精霊王の大きな像が一つ。
台の上には、銀色の箱が置かれている。細長い箱は大柄なオーネットならようやく抱えられるくらいの大きさで、表面には牙を剥く狼の彫刻が施されている。度胸試しのように恐る恐るその狼に触れるものの、扉と違い絶対に開くことがない。
殺していた息を吐き出し、箱から手を離す。
オーネットはセレニアに願った。
(旅の間、オルミス城が無事でありますよう……)
挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。




