6 港町の三人
夜明けの鐘が鳴っている。
「おい、起きろよ。ドラギエル」
「うーん……」
ドラギエルは、いつもの朝のように、兄弟に起こされているのと勘違いしていた。
「朝っぱらからグズグズすんなよな!」
「魚がないだって? 自分で取ってきな」
微睡の中でうなされながら、はっと目を覚まし、導きの宿にいることに気付く。
「知ってるか? 朝食のスープってのは、昨日の残り物で作るんだ。それにしても、ここの料理は味がしないんだよな。見た目は家のと変わらないのに」
ヘイスは起きる気も、食べる気もない。仕方なく、ドラギエルとカラットは二人で出かける支度をした。
ドラギエルは造船所、カラットは町の北側にある食堂へ。
(カラットがいなくなると、誰も俺に話しかけてこない……)
雇い主は、にこにこした、背が低く白髭の初老の男だった。入口で突っ立っている大男の姿を見つけ、「こっちだこっちだ」と、ドラギエルを呼ぶ。
「よく来てくれた、あんたのような人をちょうど探してたんだ。さあ、こっちだ」
ほっとしてついていくと、積まれた木材の山があった。
「どっかのバカが、ジャラとイペを混ぜて置きやがった。イペの箱を急いで二十作らなきゃならないんだよ。コカト出身なら木の扱いはお手のものだろ?」
「……え、あの……」
「イペはこっちに置いてくれ、置いた側から持ってくから。頼んだよ」
昼の鐘が鳴らないうちに、ドラギエルは造船所から出された。
「オーネットさんの依頼なんだぞ、まったく! とんだ期待はずれだ」
初老の男はぶつぶつ言いながら、中に戻っていく。
(勝手に誤解して、勝手に期待したのに……)
言い返すこともできず、ドラギエルは一人残された。
肩を落として導きの宿に帰ると、ヘイスがいた。
「仕事は……その……」
思わず口に出していた。ドラギエルはヘイスのことがよくわからないので、話すのがまだ怖かった。
「お前とは、初めて話すような気がするな」
「あ……えっと……」
確かにそうだ、とドラギエルは思った。自分も仲間のような気になっていたけれど、カラットとヘイスが仲良く話すようになっただけだった。
しどろもどろするドラギエルに、ヘイスは横になってふん、と鼻を鳴らす。
「合わない仕事だったのか?」
何度も頷いた。
「そうか。昨日は俺とカラットが仕事を選んだけど、やるかどうかはお前の自由だからな」
ヘイスが言うので、ドラギエルは安堵した。
カラットは夜、夕食が終わった頃に帰ってきた。
「食堂で働いてると、一緒に食事が出来ないのがちょっと嫌なところだよな。どうした、どうした落ち込んで。何か失敗でもしたのか? まあ、最初からうまくいくわけないんだからさ。次に行こうぜ、次に」
と、ドラギエルの肩を叩く。ドラギエルは、(自分の兄弟がカラットのようだったらいいのに)と思った。
「……ふん」
(自分に言い聞かせているように聞こえるな)
▪︎
数日が同じようにして過ぎる。
ある日、カラットが驚いて言った。
「珍しいな、朝から支度をしているなんて。仕事をする気になったのか?」
「いや。……少し出かけてくる」
ヘイスは導きの宿を出て、どこかへ出掛けて行った。
カラットとドラギエルは下に降りて、念の為に掲示板を見た。もう二人の名前の紙の上には、一枚も仕事の依頼が貼られていない。
「まいったなあ」
「まいったのはこっちよ」
と、受付のラナリアが言う。
「あなたたち二人、港では有名人よ。使えない無口な大男、お喋りでまかせ男……」
「それは向こうの勘違いだよ。まだ、俺たちのことなんて知らないくせに。な、ドラギエル」
ドラギエルは苦い顔をしながらも、うなずく。カラットの言う通りだ、と思いながら。
「“ロット家の坊ちゃん”の噂、よく聞くわ。あなたたちのこと、わかって言っているのよ」
「ヘイスにはまだ仕事が来るんだな。全部断っているのに」
カラットは反論せず、聞こえないふりをして掲示板を見た。
「……選ぶのは自由だから。仕事をしないとは思われていないのよね」
「今日はどこに行ったんだろう。今までどこかに出かけるなんてことはなかったのに」
するとラナリアが、あごに人差し指を当てて空中を見つめる。
「そういえば、前に城下町で見かけたことがあるわ。あなたたちがここに来る前」
「城下町?」
「声をかけたけど、いつも通り無視されたの。失礼しちゃうわよね」
▪︎
ヘイスが港町に戻ったのは、もう日が暮れる頃だった。風が強く、波の音がした。それから、軋んで揺れる船の音――。
ふと目をやった桟橋の先に佇んでいたのは、巨大な影だった。
(あんな船があったか……? 帆柱が……三、四!?)
ヘイスは走って行って、大きな船を見上げた。舳先から船尾までは歩幅四十程。下からでは甲板が見えないほど高い。今は畳まれている帆は、いったいどれほど大きい布だろうか。
(こんなのがいたんじゃ、結局あの計画は失敗だったな……。やはり、オルミスの方が先を行っているんだ)
通る人はみな船を見上げて歩くので、ヘイスの目の輝きに気付いた者はいなかった。
導きの宿に戻ると、カラットとドラギエルがいた。
「何だか上手くいかないよなぁ。こんなに嫌な思いばっかするんなら、本当にさあ、昔のアルソリオのままの方が、良かったんじゃないかってお、も」
カラットは驚いて、瞬きをする。
「う……な、何?」
ヘイスが突然、カラットの胸ぐらを掴んだからだ。
「ヘイス?」
ドラギエルも立ち上がり、声を上げる。
「本当にそう思うのか?」
「俺、また何か余計なこと言った?」
「……興味があるだけだ。答えろ」
「そりゃ、ちょっとはそう思うよ。アルソリオって精霊が何もかもしてくれるから、何もする必要がなかったんだろ? それって、仕事が出来る奴も出来ない奴も関係なく、仲良く暮らしていたってことだろ? なあ、ドラギエル?」
「え……あ、うん……」
「……そうか。悪かったな」
ヘイスは手を離し、いつものように離れてごろんと寝転がった。
「何だったんだ?」
カラットは小声で言った。ドラギエルは返事もせずただ呆然とヘイスの背中を見つめた。
▪︎
導きの宿が、仕事終わりの鐘を鳴らす。
世話役のタンギムは、落ち込んでいる青年たちを呼ぶ。
「仕事が決まってない奴は、食事の準備を手伝え」
特別にこの三人を気にかけているわけではない。相性の良い仕事が港になければ、城下町や農場を紹介してやるのが、タンギムたちの仕事だ。彼らの問題は噂で聞いている。実際どのように悪いのかを見極めようとしてのことだった。
カラットが素直に腰を上げると、ドラギエルが続く。
二人はヘイスを見やったが、彼は動くつもりがなさそうだ。
カラットは食堂を見回して、すぐに自分が出来ることに手をつける。何故か、いつもよりお喋りが少なく大人しい。
ドラギエルは何をすべきかわからず、ぼうっと突っ立っているが、
「ドラギエル、それを持って行ってくれ」
とカラットに言われれば、それをする。
ただ、ドラギエルはしきりにヘイスを気にしているようだった。
「おーい、ヘイス! 準備ができたからこっちにこいよ」
皿を並べ終わる頃に、カラットに呼ばれてヘイスがやって来る。
「面倒でも機嫌が悪くても、食事はしなけりゃ。ここの味気ない料理でも。生気を失ったら死んじゃうんだからな」
「料理を作った奴の前で、言わない方がいい。嘘でも美味いと言っておけ」
「嘘はついたらだめだろ」
珍しく大真面目な顔をしてカラットが言ったので、タンギムは驚いた。いつも無表情なヘイスも、一瞬目を丸くした。
「相手の気を良くするのは必要なことだ。じゃなきゃ、わざわざ会話をする意味なんてない」
と、ヘイスが説く。
「でも、俺、いつもお前と喋って気分が良くなったことなんてないよ。いや、気分が悪いって意味じゃないけど」
「それはそうだろ。俺には、お前たちの気分を良くする必要はない」
ヘイスの言葉に、今度はカラットが首を傾げる。そのとき、皿を持ったまま困っているドラギエルが目に入ったのか、
「あ、ドラギエル。その皿はこっちだ」
と言う。
(……三人で一つのことをやらせれば、悪くはない)
タンギムはそう思い、ちょうど良い仕事があるのに思い当たった。
「明日、出来るだけ多く、手が空いている登録者を集めて欲しいと頼まれている。お前たち、三人一緒にそこへ行ってみないか」
ヘイスが何かに勘づいた様子で振り向く。
「一緒に? どこへ?」
「桟橋だ。船の乗組員を探している。雇用主は、オーネット・サキタリ」
挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。




