表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セレニアの物語  作者: 和州さなか
第2章 オルミスの三人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/57

5 能ある鷹

「あの二人、気になるの? 同じ十六歳だから、声をかけてみたらどうかしら」


 ラナリアは気を使って、奥にある食堂にいる青年に声をかけた。青みがかった黒髪の長い前髪から灰色の目が覗いたが、表情は変わらなかった。その様子に、余計なことを言ったようだと思った。

 アルソリオから来たヘイス・カフェトーは、数日前に宿を利用する登録のだが、それからずっと、誰と話すこともなく時間を潰していた。出歩く時以外は奥の椅子に座っているか、上の部屋でじっとしていた。無表情にただこちらを見ているだけなので、ラナリアや他の役人たちもとても居心地が悪かった。



(カラットさんは話すのが苦手なドラギエルさんと仲良くしていたし、無口なヘイスさんとも話せるんじゃないかしら)


 そんな思惑もあるが、とりあえずここではなく上に行って欲しいというのがラナリアの正直な気持ちだった。

 ヘイスはそれを見透かしているかのように、「ふん」と鼻で笑い、立ち上がった。



▪︎




 受付の女は気まずそうな顔をするが、灰色の瞳が見ているのは彼女ではなかった。女が手元に置いている、さっきの二人の名前が書かれた紙を盗み見る。

 

(カラット・ロットとドラギエル……ドラミリオン? ドラミリオン……コカトの森……ドーデミリオン家?)


 ロット家は、大精霊ナランサに家畜となる動物を与えられたロットという女性の子孫。一族のほとんどが農場で働いており、ロットの家名を名乗り継ぐ。

 そしてドーデミリオン家は、コカトの森の重鎮だ。英雄トゥヴァリに続いて森へ移住したドーデミリオンの家系。世代が変わると家名を変えることがあり、ルードミリス家、アレンミオ家などもドーデミリオンの一族だ。籠編み、木こり、動物の皮剥ぎなどの仕事をしている。


(有力な家の息子同士が外に働きに出る? 何かあるのか……)


 外に出て、建物の裏手に回り階段を上る。二階に入ると黒髪の大男と金髪のおしゃべりが、世話役の男と話しているところだ。


「俺はタンギムだ。食堂は下にある、朝は飯が出る。大体、毎日三角(ルワト)岩の時刻だ。お前たちは仕事の登録をしたから、食券を渡す。精霊王とオルミスに、感謝を」


「ふー、とりあえず、ちょっと休憩しよう。それで町をぶらぶらしてさ、どんな仕事があるか見て回ろうぜ」


 タンギムがいなくなると、カラットが大男に振り向く。すると彼は、その背後にいたヘイスに気がついた。


「あんた、前からここにいるのかい? 食事をするのにいい店を知らないか?」


 と、なれなれしく話しかけられる。


「いや、……俺も来たばかりなんだ」


「じゃあ一緒だ、よろしくな。俺はカラット、こっちはドラギエルだ」


 カラットはにこやかに自分たちを指差した。話し始めてからもヘイスはほとんど無表情だというのに、気まずそうにもしない。

 

「よろしく……俺はヘイス。年は十六。下で聞いていたんだが、二人はロット家とドーデミリオン家なんだってな。俺はカフェトー家の四男なんだ」


「へえ、同じ歳か。背が小さいし声も高いから、年下かと思ったよ。こいつは大きすぎだけどな。カフェトー家ってのは、どこかで聞いた気がするなあ。城下町の人だっけ? 俺の家はまあ、有名かもしれないけど……」


(オルミス人は間抜けだな。名のある家の息子でも)

 

 ヘイスは「ふん」と鼻を鳴らし、思った。

 しかし、カラットは続ける。


「でも家なんか、あまり関係ないよ。オルミスって国はさ、どこで生まれたって、自由に暮らしていいんだから。家や親よりも、自分がどうかってことの方が重要だろ?」


「……ふん」


 ヘイスは再び、鼻で笑った。


「いい言葉だ。気に入った」


 まだ一言も発していないドラギエルが、ヘイスの言葉にうなずいた。

 それからカラットは、聞いてもいないのに二人のことをヘイスに話した。二人とも世の中を見ておこうと家を出たこと、二人が偶然出会ったこと。


「いつか、この港も誰が作ったとか、誰が何をしたところだとか、言われるようになるだろ? ここで働くってことは、その一員になるってことだ。そうだよ、俺たちの、俺の、カラットって名前が家名になったりするかもしれないぞ。なあ、ドラギエル、ヘイスも。そういうことをやろうぜ、俺たちで。そうだ、町を見に行こうとしていたんだったな。さあ行こう」


 カラットは当然のようにドラギエルとヘイスの背中を押す。


「……俺は行くとは言ってない」


「行かないのか? だったら二人で行ってくるよ」


 カラットの中では、いつの間にか、ヘイスも行動を共にすることになっている。


(……面倒な奴だ)


 しかし、気付けば二人の後に続いて階段を降りていた。

 ヘイスは、もう何もしないと固く決意していた。食事すら、生気を失わない程度にしか摂らない。だが、カラットの言葉を聞いてから気になっていることがあった。


(俺は何故、港に来たのか……)


 人が絶えず出入りし、外から来た人間が目立たない場所だから。自分自身の行動の理由は明確だ。

 しかし、そもそも人がいる場所で生きようとする必要などない。それなのに――。


 カラットとドラギエルは、導きの宿の外にある精霊像の前で立ち止まっている。

 

「知ってるか? 海に出る船を守るために、この町には精霊王の像がたくさんあるんだ」

 

 カラットが言い、ドラギエルは感心している様子だ。


(こいつは、わざと偽の情報を話しているのか?)

 

 町の至る所にある精霊像は、精霊王セレニアの支配域を海の大精霊ファムレに示すために置かれている。百十年前にオルミス城下町を襲った、“ファルトーソーの津波”に由来するものだ。


(海に沈む”狼王の爪”をファルトーソー家の奴らが取り戻す前に……)


「どうした? ヘイス」


「……いや、何でもない」

 

(もう何もしないと決めたじゃないか)


 ヘイスはそれ以上、そのことを考えないようにした。




 三人は、港町を一通りうろついた。

 まだ必要なものしか置かれていない町だ。凝った服を売っている店も、綺麗な貝殻を売っている露店も、精霊の魔法を使うパン屋もない。市場と呼ぶには小さい屋台で農場の食べ物が売っているが、客の姿はほとんど見えない。


「なんと言うか、見る場所のない町だなあ」


 カラットは期待が外れたのを表し、つまらなそうに言う。

 ドラギエルは、カラットの言うことこそ正しいとばかりにうなずく。


 そうこうしているうちに、重く低い鐘の音が港町に響き渡った。昼の食事を表す鐘だ。


「何だ? 何かあったのかな」


 カラットがキョロキョロと辺りを見回す。町の人々は仕事の手を止めた。

 

「あ、見ろよ。昼飯じゃないか? ほら、みんな食堂に並んでるじゃないか。あんな音を鳴らすなんて面白いなあ。農場は精霊を使ってみんなを集めるんだ。俺は精霊を使ったことはないけど、呼ばれた気がして行くと朝飯の時間になってるんだ。そういや、この町には精霊が少ないからな。あんな音で人を集めるしかないんだろうな」


「精霊をどうやって使うんだ?」


「それはなあ、強く思うだけ。それだけなんだ、簡単なことだよ。でも他のことを考えたり、迷いがあると、精霊には届かないんだよ。だからそのことばかりを、ずーっと考えるんだ」


「ふん。よく知ってるな」


(正しい情報を言うこともある……。カラット、こいつは厄介だな)


 

  

 

 導きの宿に戻る。カラットが受付の女に手を振るが、彼女は表情を変えずに掲示板を指差した。

 カラットとドラギエルが意気揚々と壁に寄る。いつの間にか、三人の名前、年齢、出身地が書かれた紙がそれぞれ掲示板に貼られていた。

 ヘイスの名の上に二つ。ドラギエルの上にはたくさんの紙が。震える手でドラギエルが数えると、八つ。カラットに一つ。


「すごいなあ、ドラギエル。だから言っただろ? お前を必要とする仕事はたくさんあるって」


 カラットは自分の名前の上の紙をぴっと剥がした。


「上に行って、ドラギエルのやつを選ぼうぜ」


「……どれにしたらい、いいかな……」


 ドラギエルは嬉しそうに口元を緩ませて、紙の束を握り締めた。


「金払いが良くて、楽な仕事だな」


 と、ヘイスは二枚の紙を一瞥すると、「これもやるよ」と両方ともカラットに渡した。三人の様子を窺っていた受付の女が、ヘイスを睨んだ。



挿絵(By みてみん)


挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ