4 導きの宿
「あの崖の上の城に王様が住んでるだろ? それから城にいて王に助言する賢者たち。役人は偉そうに見えるけど、あいつらはただの職業さ。知ってるか? ロットって人は、オルマとシロンの賢者として一緒に出てきて、町の外れに農場を作った」
カラットのおしゃべりに、ドラギエルは何度もうなずく。誰かとこんなに長く話ができたのは初めてだ。
シロンはコカトの森――当時は英雄の森と呼ばれていた――出身なので、英雄の娘シロンがアルソリオのオルマと共に南へ旅立ちオルミスを建国した話は、子どもの頃からよく聞いて知っている。だが、賢者は賢人アイピレイスが亡くなった後に作られた役職だから、ロットが“賢者として一緒に出て行った”というのは誤りだ。
でも、そんなことはドラギエルにはどうでも良かった。ドラギエルがもっと上手く話せたなら修正もしただろうが、それよりカラットのお喋りが続く方がいい。
「だからロット家ってのは、ばあちゃんはキトン王の妹だったし、親父は城に住んでた人の子どもで王様の友達だったんだ、だからいろんな人が訪ねてくるんだよ。昨夜はお使いの人が来ててさあ……ちょっと喋りすぎたからかなぁ……親父と喧嘩になってさ。で、まあ、農場じゃない仕事も経験してみようとはずっと思っていたんだよな。良い機会だと思って、家を飛び出してきたんだ! ロット農場に生まれたからって、農場で働くって決まってるわけじゃない。精霊王は人間に自由を与えたんだから」
カラットは意気揚々と、拳を握る。
ドラギエルは強くうなずいた。
(そうだ、俺も同じだ。追い出されたんじゃなく、自分で家を出てきたんだ。精霊王は人間に自由を与えた……素晴らしい言葉だ)
ドラギエルはカラットのおしゃべりに顔をしかめることもなく、いちいち細かいことを面倒くさく言ってもこない。しかしずっと話を聞いてうなずいてくれるので、カラットはとても気分が良かった。
「偉そうにしてると言えばさ、オルミスってのは厄介な町なんだ。いつからオルミスに住んでるかってのが重要なんだよ。自分の家は二百年だ、うちは二百四十年前からだ、とかさ。それこそ役人なんかよりずっと偉そうにするんだぜ。でもロット農場やコカトの人には言わないんだ。城下町に住んでるとそうなる。だから、港町がいいんだよ。出来たばっかりで古いだの新しいだのいう人間はいないだろ?」
オルミス城下町は、今日も人で賑わっている。
二人はオルミス城下町の市場や工房の通りをコソコソと避けながら、港へやってきた。
ドラギエルとカラットが子どもの頃には何も無かった海岸は、地面には石や貝殻が敷き詰められて道となり、コカトから川を流れてきた木材で桟橋や倉庫が作られ、働く人々のための家が建ち、店が出来ている。
「英雄が住んでた森? でっかい農場? そんなのはもう古いんだ。見ろよ、海の方がよっぽどでかいし、光ってて綺麗だ」
(本当は、知り合いが誰もいないからだけど)
けれど、口に出したことも嘘じゃない。カラットは丘の上の屋敷から見える景色の中で、海が一番好きだ。港を一通り見渡して満足したカラットは、ドラギエルの背中を叩く。
「よし、行こうぜ。どこへって、“導きの宿”だよ。城下町にもあるだろ?」
「う、うん」
「そら、あそこにある大きな建物に“導きの宿”がある。看板に大精霊セレニアの絵が描いてあるだろ?」
看板の下の入り口には、布がかけられている。白い布の真ん中に大精霊セレニアを表す赤い星が描かれている。
中に入ると、広く明るい部屋だった。精霊王セレニアの精霊像が置かれていて、胸の前に差し出す両手のひらに魔法の灯が揺らめいている。
壁際には大きな木の板が立て掛けられており、紙が規則正しく打ち付けられている。みんながそれを見ているので、カラットとドラギエルも板を覗き込む。
「ソーレス・ゲルミノ、19、籠作り――結婚相手募集。スリのネビオロに注意。手伝い募集、食堂。造船所……見てみな、仕事の募集がたくさんあるだろ?」
大広間の奥、木製の長いカウンターの向こうには、赤い服を着た人々。赤い色と金の縁取りは同じで、短い上着に二股の下履きを履いているのが衛兵で、長い上着の裾が二股になっているのが役人だ。
背後の棚には、ぎっしりと紙の束が収められている。
「もう使える紙がないな……アルソリオからの荷物は?」
「まだ届いていません。戻るはずの日を過ぎているそうで」
「……そんなこと、はじめてじゃないか?」
(こういう仕事はつまらなそうだ。決まったことをさせられるだけだし、しゃべってると怒られそうだしな……)
カラットがカウンターに近づき声をかけると、帳簿を開いていた女性が顔を上げる。赤い服の肩に、三つ編みにした茶色い髪を垂らした、二人と同年代の少女だった。
「カラット・ロット。十六歳、農場出身ね。嘘をついてない? 最近、違う名前を言ったり突然いなくなる人がいて困ってるの」
彼女は探るようにカラットの目を覗きこむ。
「嘘じゃないよ。ロット農場の農場主の名前を知ってるかい? ミレア・ロットだ。エルディオ・ロットだと思ってる人が多いから、農場出身だと嘘をつく奴がいたら、確かめるときはこの質問をしてごらんよ」
カウンターに肘をつき自分の顔を見つめ返してくるカラットを見て、彼女は軽く頷いた。
「わかったわ、失礼なことを言ってごめんなさい。ご一緒の方は、お名前は?」
「ドラ……ド……ドラ……ミリオン……」
「ドラ・ド・ドラミリオンさんね。年齢は?」
「ろ……十六歳……」
「六十六歳。出身は?」
「コ……コ……コ……」
「おいおい、大丈夫か」
ドラギエルが真っ赤になっているのを見て、カラットが口を挟む。
「こいつはドラギエル・ドラミリオン。十六歳だよな? 歳も同じ! 出身はコカト。コカトの人がなんでこんなに大きな体をしているか知ってるかい? でかい動物の肉を食べてるからなんだ」
「どーも、物知りのカラットさん」
「君は精霊王のように優しいね」
「ラナリアよ。褒めるのはそれだけ?」
「ええっと、名前もいいね。知ってるかい? ラナリアは精霊の言葉で、星の輝きって意味だ。君は綺麗だから、ぴったりの名前だね」
するとラナリアは軽いため息を吐き、
「ラナリアは“星空”よ。自分の名前なんだから、知ってるに決まっているじゃない。宿泊所は裏から入って。世話人がいるから、そちらで決まりを聞いてね、はい、行って行って」
忙しいの、と言わんばかりに手を振り、二人を追い払った。
カラットとドラギエルは、並んで肩を落とす。
「おいおい、どうした。落ちこむなよ、順調じゃないか。予定通りだ! よし、俺たちの部屋を見に行こうぜ!」
カラットは、自分に言い聞かせるように、そう言った。しかしドラギエルは、その言葉で深く安堵したのだった。
「あの崖の上の城に王様が住んでるだろ? それから城にいて王に助言する賢者たち。役人は偉そうに見えるけど、あいつらはただの職業さ。知ってるか? ロットって人は、オルマとシロンの賢者として一緒に出てきて、町の外れに農場を作った」
カラットのお喋りに、ドラギエルは何度も頷く。誰かとこんなに長く話ができたのは初めてだ。
シロンはコカトの森――当時は英雄の森と呼ばれていた――出身なので、英雄の娘シロンがアルソリオのオルマと共に南へ旅立ちオルミスを建国した話は、森の子どもたちもよく知っている。だが、賢者は賢人アイピレイスが亡くなった後に作られた役職だから、ロットが“賢者として一緒に出て行った”というのは誤りだ。
でも、そんなことはドラギエルにはどうでも良かった。ドラギエルがもっと上手く話せたなら修正もしただろうが、それよりカラットのお喋りが続く方がいい。
「だからロット家ってのは、ばあちゃんはキトン王の妹だったし、親父は城に住んでた人の子どもで王様の友達だったんだ、だからいろんな人が訪ねてくるんだよ。昨夜はお使いの人が来ててさあ……ちょっと喋りすぎたからかなぁ……親父と喧嘩になってさ。で、まあ、農場じゃない仕事も経験してみようとは、ずっと思っていたんだよな。良い機会だと思って、家を飛び出してきたんだ! ロット農場に生まれたからって、農場で働くって決まってるわけじゃない。精霊王は人間に自由を与えたんだから」
カラットは意気揚々と、拳を握る。
ドラギエルは強く頷いた。
(そうだ、俺も同じだ。追い出されたんじゃなく、自分で家を出てきたんだ。精霊王は人間に自由を与えた……素晴らしい言葉だ)
ドラギエルはカラットのお喋りに顔を顰めることもなく、いちいち細かいことを面倒くさく言ってもこない。しかしずっと話を聞いて頷いてくれるので、カラットはとても気分が良かった。
「偉そうにしてると言えばさ、オルミスってのは厄介な町なんだ。いつからオルミスに住んでるかってのが重要なんだよ。自分の家は二百年だ、うちは二百四十年前からだ、とかさ。それこそ役人なんかよりずっと偉そうにするんだぜ。でも、ロット農場やコカトの人には言わないんだ。城下町に住んでるとそうなる。だから、港町がいいんだよ。出来たばっかりで、古いだの新しいだのいう人間はいないだろ?」
オルミス城下町は、今日も人で賑わっている。
二人はオルミス城下町の市場や工房の通りをコソコソと避けながら、港へやってきた。
ドラギエルとカラットが子どもの頃には何も無かった海岸は、地面には石や貝殻が敷き詰められて道となり、コカトから川を流れてきた木材は桟橋や倉庫となり、働く人々のための家が建ち、店が出来ている。
「英雄が住んでた森? でっかい農場? そんなのはもう古いんだ。見ろよ、海の方がよっぽどでかいし、光ってて綺麗だ」
(本当は、知り合いが誰もいないからだけど)
けれど、口に出したことも嘘じゃない。カラットは丘の上の屋敷から見える景色の中で、海が一番好きだ。港を一通り見渡して満足したカラットは、ドラギエルの背中を叩く。
「よし、行こうぜ。どこへって、“導きの宿”だよ。城下町にもあるだろ?」
「う、うん」
「そら、あそこにある大きな建物に“導きの宿”がある。看板に大精霊セレニアの絵が描いてあるだろ?」
看板の下の入り口には、布がかけられている。白い布の真ん中に大精霊セレニアを現す赤い星が描かれている。
中に入ると、広く明るい部屋だった。精霊王セレニアの精霊像が置かれていて、胸の前に差し出す両手のひらに魔法の灯が揺らめいている。
壁際には大きな木の板が立て掛けられており、紙が規則正しく打ちつけられている。みんながそれを見ているので、カラットとドラギエルも板を覗きこむ。
「ソーレス・ゲルミノ、19、籠作り――結婚相手募集。スリのネビオロに注意。手伝い募集、食堂。漁船、造船所……見てみな、仕事の募集がたくさんあるだろ?」
大広間の奥、木製の長いカウンターの向こうには、赤い服を着た人々。赤い色と金の縁取りは同じで、短い上着に二股の下履きを履いているのが衛兵で、長い上着の裾が二股になっているのが役人だ。
背後の棚には、ぎっしりと紙の束が収められている。
「もう使える紙がないな……アルソリオからの荷物は?」
「まだ届いていません。戻るはずの日を過ぎているそうで」
「……そんなこと、はじめてじゃないか?」
(こういう仕事はつまらなそうだ。決まったことをさせられるだけだし、喋ってると怒られそうだしな……)
カラットがカウンターに近づき声をかけると、帳簿を開いていた女性が顔を上げる。赤い服の肩に、三つ編みにした茶色い髪を垂らした、二人と同年代の少女だった。
「カラット・ロット。十六歳、農場出身ね。嘘をついてない? 最近、違う名前を言ったり突然いなくなる人がいて困ってるの」
彼女は探るようにカラットの目を覗きこむ。
「嘘じゃないよ。ロット農場の農場主の名前を知ってるかい? ミレア・ロットだ。エルディオ・ロットだと思ってる人が多いから、農場出身だと嘘をつく奴がいたら、確かめるときはこの質問をしてごらんよ」
カウンターに肘をつき自分の顔を見つめ返してくるカラットを見て、彼女は軽く頷いた。
「わかったわ、失礼なことを言ってごめんなさい。ご一緒の方は、お名前は?」
「ドラ……ド……ドラ……ミリオン……」
「ドラ・ド・ドラミリオンさんね。年齢は?」
「ろ……十六歳……」
「六十六歳。出身は?」
「コ……コ……コ……」
「おいおい、大丈夫か」
ドラギエルが真っ赤になっているのを見て、カラットが口を挟む。
「こいつはドラギエル・ドラミリオン。十六歳だよな? 歳も同じ! 出身はコカト。コカトの人がなんでこんなに大きな体をしてるか知ってるかい? でかい動物の肉を食べてるからなんだ」
「どーも、物知りのカラットさん」
「君は精霊王のように優しいね」
「ラナリアよ。褒めるのはそれだけ?」
「ええっと、名前もいいね。知ってるかい? ラナリアは精霊の言葉で、星の輝きって意味だ。君は綺麗だから、ぴったりの名前だね」
するとラナリアは軽いため息を吐き、
「ラナリアは“星空”よ。自分の名前なんだから、知ってるに決まっているじゃない。宿泊所は裏から入って。世話人がいるから、そちらで決まりを聞いてね、はい、行って行って」
忙しいの、と言わんばかりに手を振り、二人を追い払った。
カラットとドラギエルは、並んで肩を落とす。
「おいおい、どうした。落ちこむなよ、順調じゃないか。予定通りだ! よし、俺たちの部屋を見に行こうぜ!」
カラットは、自分に言い聞かせるように、そう言った。しかしドラギエルは、その言葉で深く安堵したのだった。




