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セレニアの物語  作者: 和州さなか
第2章 オルミスの三人

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3 口は禍の門

 街道脇には、荷車が一台止まっていた。

 中年の男がしゃがみ込み、荷車の軸を確かめている。男の妻は野菜を選り分け、良い方を籠へと入れている。仕事熱心な夫婦だが、今日は小川の方をばかり気にしていた。

 見知らぬ男が、裸で川縁(かわべり)に座っているからだ。

 

「あれはコカトの人かねえ」


 中年の女は、少し不安そうだ。しかし夫は印象が違うようである。


「森の人はいいガタイだなあ。手伝いでもしてくれたら、百人力だろう」


「そうかしらねえ。大きいだけじゃ……野菜は繊細だしねえ」


「力仕事はいくらでもあるんだ。旦那んとこの口ばっかりの坊ちゃんよりはマシだろう」


「あんた、まったく。最近はずっとあの子の悪口ばっかり言って……しっ、噂をすればだよ!」


 丘の上にある彼らの雇い主の屋敷から、一人の青年がこちらへ向かって来る。いつも周りのことなど関係ない顔で無駄に愛想良く歩いているのだが、今日は様子が違っているように見えた。


「何だか元気がねぇな」



▪︎

 


 俯いて歩いているカラット・ロットには、使用人夫婦の姿は見えていなかった。

 カラットはこの農場を出ていかなければならなかった。彼は長男だというのに、ついさっき両親に勘当されて、家を追い出されてきたのだ。


「さすがに昨日のはまずったなぁ。親父があんなに怒るなんて……何がまずかったのか、わからないけど。二日くらいは家に帰らないフリをした方がいいだろうな、さすがに」

 

 本当は、洒落にならない事態だとわかっている。心の中はもっとオロオロと慌てふためいていて、情けなく泣いて懇願しようとする自分がいるが、それを外に出すわけにはいかない。強がりでも平気なフリをしていれば、それが事実だ。


「他にぴったりの仕事があるんじゃないかと思ってたんだよな、ずっと。これはちょうどいい機会だ。外の世界を見て学べって、母さんもよく言ってるし」


 懐には、追い出される時に投げつけられた荷物がある。今までどんなに叱られてもこういうことはなかった。家を追い出されてもぶらぶら、時間を潰して戻れば元通り。それがロット家の日常だったのだが、この渡された荷物の重みが、帰って来るなという本気の意思を伝えてくる。

 極め付けには、弟たちや、カラットに懐いている一番下の妹の姿を朝から見かけない。「いなくなっちゃイヤ!」というカラットを助ける声さえ響かせないつもりだ。


「はぁ〜……あ?」


 丘を降りて来たカラットは、川から大男が歩いて来るので驚いた。昨日の市場でオロオロしていた男だ。


「やあ、奇遇だなぁ。昨日も会ったのに、今日はこんなところで会うなんて。これからまた町へ行くのかい?」


「え……昨日は……こ……ここで……?」

 

「ここじゃないよ、市場で会っただろ。あぁ、帽子被ってたからわかんないか」


 カラットが頭に藁帽子の形を手で作ると、男は気が付いたようで、何度も頷いた。


「知ってるか? 城下町では、約束せずに二度すれ違う事は難しい」


「あ、あ、あの……」


「昨日のあれはどうなったよ? 大丈夫だったか? 今日も物を売りに来たのかい、って割には荷物も持ってないから違うみたいだな。どうしたどうした、暗い顔してさ! 失敗して家を追い出されでもしたか? こーんなに天気が良いのにそんな顔してちゃあ、いいことなんか起きないぜ!」


 と、笑って男の背中を叩いた。


(……しまった、またやってるぞ)


 失礼なことを言うな、するなと散々説教されたというのに。

 内心焦りながら、もう止まることはできない。一度開くとこの口は思ってもいないことまで勝手にベラベラと喋り、自分でも止められないのだ。

 しかし、男はあまり嫌そうな顔をしなかった。


「な、なんで……追い出されたことまで?」


「何だって? 本当に追い出されたのかい?」


 男は頷いたのか、俯いたのか、下を向いた。


「……それは本当に奇遇だなぁ」


 カラットは感心した。

 自分以外にも追い出されるようなヘマをする男がいるのだ。


(勘当なんて、全然大したことじゃない。こいつを見てみろよ。何も持たずに、服さえ着てない。それでもなんとかなってる)


 カラットは、下ろしていた荷物を大事に背負い直した。そして意気揚々と、項垂れている大男に向かって言う。


「おい、元気を出せよ。俺も今日、家を出たところだ。オルミスへ行って、仕事を探そうと思ってるんだ」


「仕事……! あの、俺も……」


「あんたも仕事を探してる? おいおい、何から何まで同じ境遇じゃないか。精霊のお導きかってぐらいだなぁ……やめてくれよ男同士で! ああ、冗談冗談。なあ、なら俺と一緒に行かないか? どうせなら港へ行こうぜ。知ってるか? 港はこれから発展するところだからいつも人手を探してる。名前を言ってなかったよな、俺はカラットだ。あんたは?」


「……ド、ドラギエル」


「そうか、ドラギエル。よろしくな。二人で港に屋敷を立てようぜ!」


 差し出した手を、ドラギエルという大男は強く握り返した。


「痛ぇ!」


「あ、ごめ……」


「ドラギエルはすぐに仕事が見つかりそうだな!」


 カラットは笑った。

 

(こいつとは、どうやら上手くやっていけそうだ。俺がいくら喋ったって、嫌な顔一つしないじゃないか。親父たちは、ちょっと堅苦しすぎるんだ)



▪︎


 

 使用人の夫婦は、子どもがはしゃぐような声に気がつき再び作業の手を止めた。


「まったく、あんなところで何を騒いでいるのやら」


 男は呆れてため息を吐く。


「あら、楽しそうにして。なんだい、元気じゃないの」


 女もやれやれと腰を伸ばした。


 

挿絵(By みてみん)

挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです

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