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セレニアの物語  作者: 和州さなか
第2章 オルミスの三人

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2 コカトの森


 今までどんな失敗をしてきても、村の子どもたちにひどく笑われることでも、もう二度と家の扉を開けたくないような赤っ恥をかいたときも、家を追い出されたことはなかった。兄弟姉妹は軽々しくしょっちゅう口にするけれど、父がそう言ったことは一度もなかった。

 たった一人自分の味方であると信じていた母も、ドラギエルが家から追い出されるのを止めようとしなかった。母だけはいつも、兄弟姉妹の中でドラギエルだけが物事をできない時に、「三歳の時に木から落っことしたせいかねえ」と言って優しくしてくれたのに。


(全部、嘘だったんだ)


 ドラギエルは泣いた。

 悲しいのではなく、怒っていた。


(夜に森に放り出すなんて。親とは思えない)


 こんな真っ暗な森の中に。

 木々の間に光る目、ガサゴソと何かが立てる葉擦れの音――


「お……俺を襲うのは、間違ってる。俺は何もしてない……」


 自分の家族は動物に嫌われているはずだ。ドラギエルは、そう思い込んでいた。

 ドーデミリオン家のなりわいは、死んだ動物の毛皮を剥ぎ、洗って、服の材料にすること。ドラギエルは、動物の肉に刃を入れるのが苦手だった。怖くて気持ち悪かった。

 死んだのが自分なら、皮を剥がれたり食べられたりするのは嫌だ。子どもの頃それを伝えたら、みんな大笑いしたり怒ったりした。「どうしてそれが嫌だと思うの? むしろ、そうでなくてはならないのに」と。


 何か小さな動物が足元を駆け抜けて行った。


(そうか、大きくて恐ろしい動物はこの森にはいないんだった)


 人間に与えられる動物は、精霊が下さったもの。生気を失い、死んだもの。恐ろしい牙と爪を持っている動物は、生きている姿を見かけたことがない。遠い西の森に棲んでいるのだという。


 精霊コカトは、英雄トゥヴァリと馬の大精霊ナランサと共にこの森へやって来て、トゥヴァリが死んだ後も森に住む人間を守ってくれている。


(……これからどうしたらいいんだろう)


 ただでさえ昼に城下町まで往復したのに、森の中を彷徨わされている。大きいだけで(たくま)しくもない身体は、もうヘトヘトだ。気付けば腹も減っていた。今頃みんなで「あの無能がいなくなって本当に良かった」と、夕食を囲んでいるだろう。想像して、ドラギエルはとても悲しくなった。


(生まれてきた意味があるのかな……)


 ドラギエルは今も手ぶらだ。何も持っていない両手を見つめる。家を出るのに、持って出て来るような物は一つもなかった。役割もないし、好きなものもない。食べ物を持っていこうという、考えもない。


 ドラギエルは月明かりが地面まで届く場所で、太い木に背を預けた。そこらにあった木の実を何だか知らないが二つ三つ食べ、余計に大きくなった腹の音を聞きながら、何とか眠りにつこうとする。


(どこか、行き先を決めないと...)



 朝を迎える前の夜明け近く、ドラギエルはせっかくの眠りから覚めた。

 胃が激しく痛み、喉が痺れている。這いつくばって、出来ることはただ胃にあるものを全て吐ききることだけだった。涙なのか鼻水なのか汗なのか、顔はぐしゃぐしゃに汚れ、身体は小刻みに震え続ける。

 目を閉じる前にドラギエルが口に入れた小さな黄色い木の実――毒の実は、コカトの森に多く実っている。コカトに生まれ育った者で知らない者はおらず、もちろんドラギエルも知っていたのだが、それでもこういうことが起きてしまうのが、このドラギエルだった。


(苦しい……寒い……)


 このまま死んでしまうのだと、ドラギエルは思った。


(森にすら見放されるのか……)


『せっかく、トゥヴァリがわかりやすく名前を付けたのに。もう食べるんじゃないよ』


 霞む目の、目の前に、月があった。遠くと近くに、一つずつ。いや、近くにある月は動いている――ぼんやりと淡い光の球。


(精霊……コカト様……?)



 暖かい光に、地面に突っ伏していたドラギエルは目を覚ました。苦しみが夢だったのかと思う程、身体はすっかり治っていた。しかし夢ではない証拠がしっかりと残っており、そのおかげで身体はひどい臭いがした。気分が悪くなるので、ドラギエルは上着を脱いだ。

 ふと横を見ると、手のひらほどの大きさがある赤い実がぶら下がっている。背後を見ると、朝露に濡れた黒い実が輝いている。


(コカト様は俺を見放していないんだ……!)


 ドラギエルは大きな手を伸ばし、果実をもぎ取って(むさぼ)り食った。


(……本当はわかってる。俺は、どうしようもなく要領が悪いグズだ。ワリーデだって八歳のマルーセルだってできることが、いつまでたってもできやしない。もうこんな自分は嫌だ。こんな毎日は嫌だ。森を追い出されてどこへ行けるというんだろう)


 しかし、ドラギエルの目の前には道があった。オルミスへと繋がる道だ。

 左手の中には上着があった。ひどい臭いを放っている。

 

(……丘の向こうの川で洗おう)

 

 行き先が決まった。

 

 森を出るとき、ドラギエルは立ち止まった。昨日のお使いのようには、もう戻って来ることはできない。

 せめてまともなフリができるくらいになりたい。ドラギエルは願い、森に背を向けた。





挿絵(By みてみん)

挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。

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