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セレニアの物語  作者: さなか
第1章 アルソリオのトゥヴァリ

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英雄の娘(第1章13年後)

 朝、シロンは丸太のベッドから出ると、梯子から勢いよく飛び降りた。


「シロン! 梯子と家が壊れる!」


 母が、昨日の朝と同じ悲鳴を上げた。もう十一歳になるシロンが着地した床板も、たまに悲鳴を上げることがある。


「前にロープが切れて落ちたのを忘れたの? あのとき大怪我したのに!」


「大丈夫、コカトに治してもらうから!」


 シロンも、お決まりの台詞を返した。


「コカト、どこ?」


 母譲りの丸い目が、キョロキョロと部屋の中を見回す。


「父さん、もういないの?」


 窓の外をのぞく。側を流れる小川の水音と、鳥たちの声。朝露に濡れた木の実のにおい。そこに、父親の姿はなかった。


「もう! いっつも間に合わない!」


 シロンは家を飛び出した。

 髪は父譲りの焦茶色。混ざる赤毛が、動くたび木漏れ日に輝く。

 家の周りは低木に囲まれていて、黒い実が成っている。シロンは黒い実をいくつか摘み、口に放りこむ。


「おはよう、シロン!」

 

 小川の方から呼ぶ声が聞こえた。向こう側に住んでいるドーデミリオンと、その息子フィルフィオンが手を振っている。


「おはよう!」


 シロンは石を飛び移りながら川を渡った。二十歳のフィルフィオンは、濡れた石でシロンが足を滑らせないか気になって、焚き火を起こす手を止めた。


「見て、籠が壊れてしまったんだ。後で直さないと」


 フィルフィオンは破れた籠の穴から指を覗かせる。

 

「魔法で直したらいいのに。あっという間だよ」


「まあね。でも自分の手を動かしていると、楽しいんだ」


 この森の人たちは、すぐこれだ。道具に服、それから家。あっという間に壊れるのに、自分の手で作らないと気が済まない。

「はいはい、出来たら教えてね」と、シロンは肩をすくめる。


「じゃあね、私行かなきゃ」


「転ばないよう気をつけて!」


 走り出したシロンに、フィルフィオンが声をかける。


(もっと魔法を使って暮らせばいいのに……)


 などと考えごとをしていると、


「ぶっ!」


 背の高い草の茂みから急に現れた茶色い壁に顔をぶつけて尻もちをついた。


「ブウー!」


 茶色い壁は低い声で鳴いた。


「どうかした、チャク?」


 茶色い壁、もとい茶色い毛並みの大きな動物の向こうから若い女性が顔を出した。軽い痛みに鼻をさすっているシロンを見つけると、にこやかに声をかける。


「シロン! おはよう」


「おはよう、ロット……」


 ロットは手を差し出して、シロンを起こしてくれた。

 チャクはロットが飼っている牛の名前だ。大きな角と長い毛を持っている。他にも角が小さかったり毛の色が違う個体や、仔牛もいる。大精霊ナランサに授かって以来、ロットが甲斐甲斐しく世話をしている。


「ブウー」


 再び鳴き声のあと、チャクは荒く鼻息を立て、細い尻尾を右に左にと激しく動かした。


「チャク! 怒ってるの? 私たち仲良しでしょ。ねえ」


 顔の横にある大きな黒い瞳が、物言いたげにシロンを見ている。やがて、瞼を閉じて首を下げた。


「ごめんって言ってるのかな?」


 ロットは、含みのある表情でシロンを見る。


「私も先に謝ったよ、頭の中で!」


「知ってるよ。シロンは良い子だからね」


 ロットは、口を尖らせるシロンの頭を撫でた。ロットはシロンに何かを促したいとき、誉めて頭を撫でるのだ。これをやられると、シロンは良い子になりたくなってしまう。


「ごめん、チャク。ぶつかったのは私」


 チャクは少しだけ首を寄せた。独特なにおいがするチャクの首につかまっていると、


「おーい、ロット! ……何かあった?」


 と、ロットとチャクの向こう側から、探していた声がした。シロンのそれより少し明るい、鳶色の髪に鳶色の目。

 そして――すぐそばを漂っている、淡い光の球。


「父さん!」


 背筋を伸ばして、顔を出す。


「シロン! おはよう、俺の宝物!」


 顔の筋肉を緩ませた父は駆け寄ってきて、シロンを高く抱き上げ一回転した。地面に足が着くと、シロンは頬を膨らませる。


「宝物を置いていっちゃだめだって、何度言ったらわかるの?」


「シロンも母さんも、眠かったら寝ていて良いんだ。大変なことは全部、父さんがやるから」

 

「じゃあ、コカトを貸してよ。コカトみたいにずっと一緒にいる精霊がいれば、何も大変じゃないもん」


 シロンは言いながら、すごく良い提案だと思った。しかし、父は珍しく困ったような顔をシロンに向ける。


「精霊の力は、使い方によっては、とても――とても危険なものなんだよ。だから簡単に使わない方がいいんだ」


「危険な使い方って? 例えば?」


「誰かや家族のことを忘れて、自分だけの考えに囚われたり……」


「よくわかんない」


「精霊の魔法には、生気を使う。生気は生きるために必要なものなんだ。だから魔法に頼りすぎると」


「ああ、その話ならわかってる。母さんに何度も聞いてるもん」


「そうか」と父はほっとした表情をする。シロンがうんざりした顔をしているのを見て、仕方なしに笑う。

 

「さあ、おいで。動物たちの世話をしよう。シロンが精霊の力を使わずに生きられるようになったら、今度は使い方を教えてあげる」


「本当!?」


 シロンの目が、ぱあっと輝いた。


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