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御囲部屋の子どもたち  作者: たびー
恩の章

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13/18

13

 六月、三枝大佐が帝都に戻ってひとつきあまり。海城の屋敷には、多くの荷物が届いた。

 送り主は、三枝大佐だった。

 先月の来訪の折り、恩が書き記した紙を持ち帰り、「五月十五日」という日に、犬飼首相が暗殺されるという事件が起こったのだ。

 見事、事件を的中させた恩には、多くの贈り物があった。たとえば、文房具。鉛筆やノートが束で届いた。本が好きだと誰からか聞いたのだろう。童話の本が、積めば恩の背丈になるほど。珍しいチョコレートやキャンディーはいうに及ばず、恩が着る上等な絹で仕立てられた総絞りの振り袖もあった。

 糸穂には、あの夜の詫びなのだろう。練り香水や、紅といった化粧品と同じく、着物も贈られた。

 そして、海城は浜の工場で作った缶詰を、軍に納める権利を得た。


 恩と糸穂は、普段足を踏み入れることのない、母屋の座敷にいた。 

「恩、ようやった。これで我が家は安泰だ」

 張りのある声で、海城は恩を褒めた。

「これからも、よろしく頼む。我が家の浮沈は恩にかかっているのだからな」

「まあ、そんなこと恩に言わないで。まだこんなに小さいのに、かわいそうでしょう」

 夫人は、ようやく立つようになった一郎をあやしながら、ふたりの前にいた。

 糸穂と恩は、夫妻の前に深く頭を下げている。

 恩は自分が御囲部屋から持ち帰った情報が正しかったことに胸を撫で下ろし、つとめを果たしたことが誇らしく思えた。

「つぎもひとつ、頼むぞ。三枝大佐のためにも」

 三枝の名を出されると、恩は胸がひやりとした。もし、御囲部屋の者たちが、嘘をついたなら自分や糸穂はどうなるのだろうかと、恩は小さな喉を上下させた。

 屋敷の主人夫妻と、特別なつとめを担う恩と糸穂という、改まった場に不似合いな笑声がまじる。

 一歳を過ぎたばかりの一郎が、先程から夫人の膝のうえで元気に足踏みし、時々喃語を話しているのだ。

 恩は下げた頭の視界に時々入り込む一郎の小さな足を見ていた。恩にとって一郎は、特別な場に紛れ込んだ雑音のように感じた。この場に入り込んだ不純物だと。

「今日のお昼には、特別の料理をとどけさせるから、表座敷にいてね」

 海城家の祝いは、恩たちとは別に開くのだろう。

「格別のお心遣い、感謝いたします」

 糸穂は恩の分とふたり分の礼を述べるように、さらに深くお辞儀をしたのだった。

 

「いい香り。水仙のような花の香りがする」

 糸穂は練り香水の小さな缶に鼻を寄せて、香りを楽しんでいる。

「せっかくいただいたけれど、口紅は使い道がなさそう」

 糸穂は少しさびしげに笑った。恩はお菓子の缶の紙を乱暴にはずすと、缶の中から摘んだチョコレートをひとつ、糸穂の口にすっと入れた。

「ん、甘い。チョコレートね」

 恩もひとかけ口にチョコレートを入れた。チョコレートはなめらかに口の中でとけ、今まで食べたどの菓子とも比べ物にならないほどの美味しさだった。

 お菓子といえば、五月の騒動の夜から十日ばかりしたころ、寒川が海城を訪れた。

 ――海城に、あまり欲の皮を突っ張るなと言っておいたが、どれほど響いたか。

 半分諦めたようにして、土産だとビスケットを置いていった。それは動物に型抜かれていた。犬、熊、ゾウ、くじら……しかし、どれを食べても同じ味で、糸穂と恩は笑いあった。

 それから、寒川は恩に本を二冊渡した。

 ひとつは手話の、もうひとつはモールス信号の本だった。

 ――覚えていて損はないぞ。

 どちらの本も子ども向けのものではなく、恩には難しいものだった。

 それでも、寒川に勧められたという嬉しさがあり、恩は毎日眺めた。

 ささやかな祝祭と、わずかな安息。

 恩と糸穂は、再び外鍵のかかる部屋での生活を始めた。

 恩は御囲部屋に入る。あやかしたちの声に耳を傾ける。ここのところ、何度も「じしん」と言われる。紙に書いて海城に渡しても、海城は恩に突っ返すのだ。そんなものではなく、もっと人の名前や日付、地名を聞いてこいと言われるのだ。

 こちらから、聞きたいことを聞けない。

 三枝が望むような予測が出せなくなったら、自分はどうなるのだろうか。

 恩は報告を書くために紙に向かうとき、破局の幻を見て、筆を持つ手がふるえた。 

 

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