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三枝が恩たちの表座敷から去った後も宴会は続いた。いつまでも終わらないと思われた宴も、九時を過ぎる前に終わったようだった。
「休みましょう、恩。今日はもう」
奥の部屋に夜食として運ばれたおにぎりと味噌汁に手をつける気にならないまま、二人は寝ることにした。
今夜は御囲部屋には入らず、恩は糸穂と枕を並べた。
枕に耳を当てると、母屋のざわめきがまだかすかに聞こえる。それは下男下女が片づけをしている音のようだった。
今日は怖かった、と眠りにつくわずかのあいだ恩は思った。ずっと日の当たらない場所で過ごしていた自分が、まぶしい日の元に引きずり出されたような気持ちになった。
――こんな子どもが書いたものを信用するというのか。
まだ尋常小学校に通うような子どもの、と大佐は言いたかったのだろうか。
御囲様としての勤めに、自負を持ち始めつつあった恩は、たかが子どもの書き散らかし、と一蹴されたような気がした。
裸電球を消すと、室内はもう暗闇につつまれ、御囲部屋と大差ない。
恩はすぐに寝入ってしまった。
どれほど眠っただろうか。不意に恩は体を揺すられた。
「恩、起きて」
声を潜めて糸穂は恩の名を呼んだ。恩は眠い目をこすってなんとか起きあがった。
「足音がする、二人分。こっちに向かっている」
誰かが来る。こんな真夜中に。普通じゃない。
恩は一気に目が覚めた。部屋は外から鍵がかけられ、部屋には逃げ場がない。
もしや、海城では。しかし今まで海城は夜中に恩たちを訪ねたことはない。
「立って。御囲部屋に」
糸穂が御囲部屋の板襖に手をかけ、わずかに開けたとき。
突然、出入り口の扉が蹴破られた。
「おん!」
板襖に恩の指先がかすった。が、すぐに恩は大きな腕に乱暴に抱き上げられた。
恩はあがいた。捕まれた腕に噛みつき、手足を振り回し暴れた。
「田中、子どもを傷つけるな」
「わかってる!」
恩の抵抗に、田中と呼ばれた男は手を焼いていたようだが、恩の抵抗はそこまでだった。
「おとなしくしろ。女がどうなってもいいのか」
いきなり明かりが灯ると、背後から首を絞められている糸穂が見えた。部屋には二人の軍人が上がり込んでいた。三枝に着き従っていた軍人だ。
恩の叫びにならない叫びが糸穂に届いたように、糸穂は首を横に振った。
糸穂の細い首に、革手袋をした太い指がめり込む。ただでさえ白い糸穂の顔から血の気が引いていく。
恩は大きく口を開けた。しかし悲鳴は声にならない。
そのとき。
「まだか、田中!」
太い声が響いた。
「はい、ただいま」
刹那、恩の体は宙に浮いた。が、次の瞬間布団の上に体が落ちていた。
「な、なんだ」
糸穂の首を絞めていた男が、糸穂から手を離して御囲部屋の襖を凝視した。
「田中、田中、どこだ!」
半狂乱になって、男は田中が消えた御囲部屋へ突進した。
糸穂は男の足に抱きついて動きを阻んだ。
「はなせ、女、田中をどこへやった!」
糸穂を殴りつけようとする男の前に、恩は飛び出し糸穂をかばおうとした。
殴られたら、糸穂は死んでしまうという恐怖が恩を突き動かした。
男の腕にむしゃぶりついた恩は、壁へ投げ飛ばされた。壁に激突する! 恩は息を詰めた。
直前、恩を抱き留める手があった。
こわごわと目を開けると、髪を乱し息を荒くした寒川が恩を抱いていた。
「なんの騒ぎだ!」
いつものセーターに薄手のコート、寒川の眼鏡の奥の細い目は怒りに燃えていた。




