表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

戻らない温もり

作者: BH
掲載日:2025/09/07

夜の街は雨に濡れていた。

駅前の雑踏には傘の群れが行き交い、ネオンが濡れたアスファルトに滲んでいる。

通りを抜けるタクシーの車窓に映る自分の疲れ顔を見て、思わず目をそむけた。


玄関の鍵を差し込み、ゆっくりと回す。

灯りを点けた瞬間、静寂が押し寄せてきた。

秒針の音が壁を打ち続けている。耳障りな音だ。


濡れたコートを脱ぎ、ソファに身を沈める。


ふと視線をやると、部屋の隅に母親の遺影が置かれているのが目に入った。

その瞳が、こちらをじっと見返しているように思えた。


重くなった腰を上げ、遺影の横に置かれた古いタンスの引き出しを開ける。

中には、色褪せた毛糸玉や裁縫道具が整然と並んでいた。

何を編もうとしていたのかも分からない。


思い出すのは、台所の椅子に腰かけて針を動かしていた姿だ。

手元は不器用で、形は歪んでいた。

それでも、何かに縋るように編み続けていた。


あのとき、自分は冷笑した。


「そんな手間のかかる物に何の意味がある」


「買うのは簡単よ。でも、手で編ぐとね、気持も一緒に込められるの」


「ふっ……合理的じゃないな」


結局、編み終わった物を身に着けたことはなかった。

彼女の考え方がうっとおしくなったのは、いつからだったろう。


仕事に没頭すればするほど、彼女の眼差しから目を背けていた。


遺影の瞳は黙ったまま、変わらずこちらを見ている。

問いかけに答えるように、口を開くことはない。


彼女が残していったものは何だった?

この編み物か?この家か?そんなことを考えた時。


はじめて・・・いや気づいていた。


自分は彼女の愛を、無碍にし続けてきたことに。


――そう、残されたのは、この寂しい空間と、もう二度と戻らない温もりだった。

――――

※この短編にあわせて制作したインスト曲をYouTubeで公開しています。

ご希望の方はこちらからどうぞ:


[戻らない温もり](https://youtu.be/kgMAV4cBnVY)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ