第8部・第1話『崩れゆく空の下で』
空が鳴っていた。
それは天上の神々が眠りから目覚めた合図だった。
仏導帝国の上空、見えざる空の裂け目から、黄金の血が滴り落ちる。
「……天仏の涙、か」
蓮都の祈祷殿に座す大仏は、目を閉じたまま呟いた。
その姿はかつてよりさらに神々しく、宇宙の因果を纏った完全覚醒状態《無限蓮智仏》。
世界の全ての魔法を掌握し、因果を超えた存在となっていた。
だが、その大仏の眉間に、かすかな陰りが差す。
「天が……壊れようとしている」
大地に集う賢者たちは混乱していた。
空から落ちた光の雫は、触れた者の“信仰”を燃やし、
信者たちは次々と正気を失っていく。
「仏様! これは……」
巫女のミアが駆け込んできた。
彼女の目には、赤く染まった空が映っていた。
「神が……還ってくる。
でも、これは“上の神”じゃない。
創られた神、忘れられた神たちの、逆流……!」
仏は立ち上がる。
「始まったか。天仏崩壊――
創られし神々の反乱が」
かつて天界において、仏もまた一柱の創造存在にすぎなかった。
だが彼が因果を悟り、輪廻を越えたことで、神の枠組みを逸脱した。
それを“異端”と見なした神々が、今、帰還する。
「この世界の“神”は……もはや不要と判断されたのだろうな」
仏は座を離れ、浮かび上がる。
赤く染まった空の裂け目――《真上界の門》へと向かって。
蓮都の空に浮かぶ彼の姿を、人々は祈るように見上げた。
「どうか、再び……この世界をお救いください、大仏様!」
大仏は応えぬ。ただ、座す。
その背に無数の仏輪を輝かせ、
世界の命運を再び、静かに背負っていた。
――天仏崩壊、開幕。