第3話『異世界の絆と魔法の試練』
陽光が木漏れ日となって森を照らす朝。
ルシフェル・アストライアは静かに目を開けた。大仏として転生した彼は、今は人間の姿で冒険者のような身なりをしている。だが体内には、無尽蔵とも思える魔力が渦巻いていた。
「ふぁ……おはよう、ルシフェル」
隣で目を擦るのはリュミエ。草花の魔法を操る癒し系の少女であり、最近は朝も夜もルシフェルの隣にいることが多い。彼女の寝ぼけ顔を見るたびに、ルシフェルの胸にじんわりと温かい感情が芽生えた。
「おはよう、リュミエ。昨夜はよく眠れた?」
「んー……うん。でも、あなたの魔力、朝からちょっとざわついてる。無理しないでね」
彼女の声は、まるで自然の風のように優しく、ルシフェルの心をなだめてくれる。
焚火のそばでは、リシュアが鍋をかき混ぜていた。赤と青、相反する火と氷の魔法を使い分ける天才肌の魔術師だ。
「起きたなら、さっさと朝食よ。今日は魔法の訓練、みっちりやるんだから」
ルシフェルが鍋の中を覗き込むと、スパイスの効いた獣肉とキノコのスープがぐつぐつと煮えていた。
「これは……とんでもなく美味そうだな。異世界グルメ、最高だ」
「ふふ、味の保証はするわよ。特製の『火霊の香草』入りだし」
ナヤは霊獣たちと戯れながら、サラダ用の葉を調達していた。彼女は森と会話できる少女で、どんな環境でも最適な素材を見つけ出す。
「朝ごはんの準備が整ったら、霊獣たちと一緒に実践訓練ね。今日は新しい精霊も参加するの」
セリアは少し離れた岩に腰をかけ、巻物を開いて時間魔法の研究をしていた。
「ルシフェル、昨日言ってた“時間停止の応用”、実現できるかもしれない。昼には試してみましょう」
「頼もしいな、みんな……俺も負けてられない」
ルシフェルは笑ってそう言った。けれど、彼の内にはひとつの疑問があった。
——なぜ、自分はここまで多くの魔法を使えるのか?
火、水、風、土、光、闇、時間、空間、召喚、回復、封印、そして——神域魔術。
しかもそのほとんどを無詠唱で発動できるようになってきている。
それは「この世界の理」を破壊しかねない力だった。
その日の訓練は、ルシフェルにとってまさに「目覚めの一日」となった。
まずは、リシュアと火と氷のコンビネーション魔法の対抗演習。
「《業炎槍》!」
リシュアが詠唱と共に高熱の炎槍を飛ばす。
対するルシフェルは無詠唱で――
「《氷壁》」
氷の防壁を瞬時に展開。周囲の水分を凝縮して作られたその氷壁は、業炎の一撃を弾き返す。
「詠唱なし……やっぱりあなた、何者なの?」
リシュアは驚きを隠せなかった。
「自分でもまだ分かってない。でも……この力を正しく使いたいんだ」
その言葉に、リュミエがそっと手を添えた。
「私も手伝う。あなたの力が、正しい未来に繋がるように」
彼女の優しさは、ルシフェルの胸に染み入った。
次の訓練ではナヤの召喚した雷霊獣との模擬戦。
霊獣は電光石火のスピードで突進する。
「《空間固定》」
ルシフェルは空間を切り取る魔法を即座に展開し、雷の突進を封じる。
「やっぱりすごい……ルシフェル、あなた、もう私より強くなってる」
ナヤは微笑むが、どこか寂しげだった。
ルシフェルは苦笑して言った。
「でも、俺にはまだ“仲間”が必要だ。君たちなしじゃ、力は意味を持たない」
そして、セリアとの時間魔法の応用テストでは――
「《時空跳躍:断面展開》!」
彼女の呪文に呼応するように、ルシフェルも無詠唱で反応。
「《時封陣:逆回転》」
時間を巻き戻す結界が空間を包み、テストの失敗を帳消しにする。
「……すごい。今の、わたしの魔法を“見て”反応したの?」
「ああ、セリアの魔力の流れを読んで、未来の予測ラインを引いたんだ」
「未来視……それって、もう神域に近い魔法よ……」
彼の成長速度は、すでに常識を超えていた。
訓練を終えた彼らは、夕暮れの焚火を囲む。
焼きたての獣肉と魔草のスープ、霊果のサラダ。食卓には“異世界放浪メシ”の要素がふんだんに詰まっていた。
「リシュア、これ……マジでうまい」
「当然でしょ。料理も魔法のうちよ」
得意げに微笑む彼女を見ながら、ルシフェルはふとリュミエの方を見た。
「リュミエ、最近、ずっとそばにいてくれるよな」
「……うん。なんとなく、あなたのそばが落ち着くの。昔から知ってた気がするくらいに」
ルシフェルはその言葉を静かに受け止める。
この絆は、単なる旅の仲間を超えている——そう確信した。
夜も更け、星空の下でルシフェルは静かに魔力の流れを確かめていた。
そこへリュミエが寄り添うように座る。
「……怖いの、ルシフェル。あなたの力が大きすぎて、遠くに行ってしまいそうで」
「俺はどこにも行かない。君たちと一緒に、この世界で生きる。それだけだ」
「本当に?」
ルシフェルは彼女の手をそっと握った。
「本当に、だ。俺の力は……君たちを守るためにある」
リュミエの目に、静かに涙が浮かぶ。
「ありがとう……大好きよ、ルシフェル」
その言葉は、夜空に優しく響いた。
しかし、平和は長くは続かない。
翌朝、彼らの前に現れたのは、全身を黒い鎧に包んだ騎士のような存在だった。
「“大仏の転生者”よ。お前の力、我が主は危険視している。ここで滅ぼす」
「誰の差し金だ……?」
「漆黒の神、“カグツチ”の眷属にして、“天の監視者”——俺は〈黒の処刑人〉。貴様はここで終わりだ」
ルシフェルは静かに立ち上がり、人間の姿のまま言った。
「全員、下がれ。ここからは俺の仕事だ」
そして次の瞬間——
「《仏顕現・金剛羅刹形態》!」
空が裂けるほどの光と共に、ルシフェルは大仏の姿へと変身した。
その黄金の姿は、神々しさすら超えて、周囲の敵意を吹き飛ばすほどだった。
戦いの幕が、静かに上がった。
【第3話 完】




