番外編『星夜、君の隣で ― ルシフェルの名 ―』
深夜。空は静かで、星がひときわ強く瞬いていた。
風は穏やかで、草木の音すらも優しく、まるで時間が眠っているかのようだった。
その丘の上に、二人の影があった。
一人は、金と白の衣をまとった美しい少女――リュミエ。
もう一人は、彼女の隣に立つ青年。かつて“仏”として呼ばれていた存在。
今は旅を続けながら、再び“人”の姿で世界を歩んでいる。
リュミエ「星……きれい。久しぶりに見た気がする」
仏「最近は戦ってばかりだったからな。静かな夜は、貴重だ」
ふと、リュミエは彼の横顔を見た。
穏やかな微笑。けれどその奥に、ずっと秘められてきたものがあるようで。
リュミエ「ねえ……ひとつ、聞いてもいい?」
仏「……なんだ?」
彼女は少し言い淀んでから、まっすぐに言った。
「あなたの……名前。教えて」
風が止んだ。
いや、時間そのものが、答えを待っているように静まり返った。
彼は黙って、しばらく星空を見ていた。
まるで思い出しているように、懐かしむように。
仏「――お前は、気づいていたかもしれないな。
私が“仏”である以前、名前を持っていたということ」
リュミエは、ゆっくりと頷く。
「うん……でも、聞かなかった。聞いていいものか、わからなくて。
でも今は……あなたと、同じ時間を歩いている気がするから」
仏「……なら、教えよう。だがこれは、まだ他の誰にも話していない」
静かに、青年は言葉を落とす。
「――私の名は、ルシフェル・アストライア」
風が、再び流れた。
星が流れ、空が一瞬だけきらめいた気がした。
リュミエは目を見開き、そして柔らかく笑った。
「きれいな名前。あなたに、よく似合ってる」
「……ありがとう、ルシフェル」
彼は少しだけ照れたように視線を逸らしたが、どこか嬉しそうだった。
二人は、星の下に並んで座る。
言葉はいらなかった。名を知ることで、距離が近づいた気がしたから。
やがてリュミエは、そっと彼の肩に頭を預けた。
そして小さく呟く。
「おやすみ、ルシフェル……私、明日もあなたの隣にいたいな」
その声に、ルシフェルはただ一言だけ返す。
「……ああ。明日も、その先も、ずっと」
星が流れた。
“神殺し”という運命の戦いが待っていることなど、
今だけは忘れて、ただ穏やかな夜に身を委ねた。
【番外編 完】