転生したら大仏だった件 第一部
気づけば、俺は動けなくなっていた。
空は青く、鳥が鳴き、草の匂いがする。
けれど俺はただ、そこに“坐して”いた。
「……あれ? 俺、死んだ?」
そう、俺は社畜だった。
ブラック企業の残業地獄に耐えかねて、ある日カップ麺の汁をこぼして感電死。
死因はダサいが、それが最後の記憶だった。
そして今、俺は――
「……大仏になってる!?」
金色の肌、蓮の台座、半眼のまなこ。
しかもでかい。10メートルはある。
当然、動けない。
話せない。目も口もあるのに、まったく喋れない。
「このまま、100年座りっぱなしで終わるのか……?」
だがその時、ひとりの少女が現れた。
魔法使いの少女――リュミエ。
魔法学院の生徒だが、詠唱ができない“落ちこぼれ”らしい。
彼女は俺の前に坐り、こう祈った。
「……喋れない仏さま、私も喋れないの。だから、ここに来たの。」
少女の魔力が、自然と俺に流れ込んでくる。
すると脳内に表示が走った。
【スキル獲得:「坐如来 Lv.1」】
【称号:「沈黙の座神」取得】
なにこれ!? ゲームかよ!?
でも確かに、体内に何かが“点いた”感覚があった。
そして俺の体に、金色の光輪が浮かぶ。
リュミエが息を呑む。
「……仏さま……本当に、“神格存在”だったんだ……」
違う。ただの社畜転生大仏です。
第四話:無言印
新スキル:
【無言印】
・範囲内すべての詠唱魔法を無効化
・精神混乱を浄化し、静けさを与える
喋らない俺の代わりに、“無言”が武器になるのか!?
リュミエは涙ぐむ。
「やっと……静かな世界が、守れる……」
少女は喋れない。俺も喋れない。
だが、心は通じ合っていた。
沈黙のままに、俺は祈りの力を強めていく。
リュミエの故郷の村が、盗賊に襲われた。
俺は動けない――が、彼女が言った。
「どうか、仏さま……お願い……!」
彼女の願いが、俺に“力”をくれた。
【スキル発動:「慈悲放射 Lv.2」】
・範囲内敵の敵意を中和
・味方のHPを回復
盗賊たちは涙を流して崩れ落ち、戦意を失い、
村人は感涙して叫んだ。
「仏さまが……我らをお救いくださった……!」
俺、まじで神になってきてない?
リュミエが言い出した。
「仏さま、このままじゃもったいないです! 魔法学院へ行きましょう!」
え、いや動けないし。
と、思ったら――
【スキル進化:「転輪乗坐」】
・浮遊移動型台座、生成完了
まさかの自走式大仏誕生。
こうして俺は少女の願いで、魔法学院へ向かう。
学院の連中は俺を見るなり失笑した。
「なにあれ、仏像? 飾り?」
バカにされるリュミエ。許せん。
俺は彼らの精神を“静め”た。
【スキル:「静謐結界 Lv.3」】
・精神騒乱の沈静
・敵意を沈める威圧フィールド
教室が静寂に包まれた。
誰も声を発せず、ただ、俺を見るしかなかった。
「なに……この沈黙……心が、空っぽになる……」
それが、“坐す神”の威圧である。
貴族令嬢ヴィゼリアの召喚獣・炎獣カルドスとのバトル。
リュミエは震える。
「お願い……仏さま……一緒に戦って」
その時、俺のスキルが覚醒。
【如来陣 Lv.4】
・魔法吸収フィールド展開
・攻撃魔法を沈黙化
炎獣の火球が迫る。
だが、それは触れた瞬間、無音で消滅した。
観客席が騒然とする。
「魔法が……消えた……?」
「無言のまま、全てを無に……」
これが、沈黙の神の裁きだ。
ある日リュミエが悪夢に襲われる。
「誰かの“声”が……私を、奪おうとしてる……!」
それは“声の神”――ヴォクスの使徒だった。
リュミエの心を救うため、俺は精神界へ接続。
彼女の心の中にも、大仏が坐していた。
「沈黙は、拒絶ではない。受け入れる力だ。」
俺は喋らないが、沈黙で“語る”ことができる。
彼女は涙を流しながら叫んだ。
「私は……沈黙の中でも、生きていける!」
第十話:仏契印、授かる
リュミエは“声の神”の誘惑を拒絶した。
その意志によって、神との絆が生まれる。
【新スキル:「仏契印」取得】
・リュミエと大仏のリンク強化
・スキル「無言魔導」習得
リュミエは詠唱なしで魔法を放てるようになった。
落ちこぼれから一転、学院での立場は逆転。
「私が“声を使わずに魔法を使える”のは、仏さまがいてくれるからです」
少女は、“仏の魔法使い”として覚醒した。
天空の向こうに、巨大な目が浮かぶ。
それは、“声の神”の本体――神格・ヴォクス。
この世界では「語る力=支配力」。
静かに坐す俺は、神の秩序にとって反逆者なのだ。
それでも、リュミエはこう言った。
「沈黙を笑う人がいても、私は仏さまと共に歩きたい」
俺もそれに応えよう。
【スキル進化:「無声顕現」】
・姿を消し、魂の沈黙で世界に干渉可能
沈黙こそが、世界を変える力だと証明するために。
学院卒業の日。
リュミエは背に俺を乗せ、言った。
「仏さま、次は……世界を救いましょう。
あなたの沈黙は、誰かを癒やせるから。」
俺は微動だにしない。
だが彼女には、確かに微笑んだように見えた。
少女と大仏の旅は、始まったばかりだ。
第一部 完
――第二部『静寂と千の魔王』開幕予定。