第79話 知らないという言葉
神父の住まいは、王都の外れにあった。
かつて教会があった場所から少し離れた、古い石造りの家。
派手さはないが、壁も庭もきちんと手入れされている。
「……ここです」
案内役の兵士――ギルが足を止めた。
ダイ、シア、ユキの三人は短く頷き、家の前に立つ。
ギルが扉を叩くと、少し間を置いて中から足音が聞こえた。
「はいはい……どなたかな」
扉を開けたのは、白髪の老いた神父だった。
年はかなりいっているが、背筋は伸び、声にも濁りはない。
「……ああ、ギルじゃないか」
「お久しぶりです、神父様」
その一言だけで、二人が長い付き合いであることは分かった。
簡単な挨拶を交わしたあと、ダイが一歩前に出る。
「お時間をいただき、感謝します。
少し、お話を伺いたい」
「構わないよ。中へどうぞ」
◇
応接室は質素だった。
古い椅子と机、壁には色褪せた宗教画が一枚。
神父は穏やかな表情で三人を見渡す。
「……ミギドという名前の子供について、ご存じありませんか」
ダイの問いは、回りくどさのないものだった。
神父は一瞬、目を閉じる。
記憶を辿るような仕草――だが、すぐに首を横に振った。
「残念だが……“彼”のことは分からなくてね」
声は丁寧で、淀みがない。
「その名前の子供は、預かったことがない」
はっきりとした否定だった。
ユキは思わずシアを見る。
シアもまた、神父の表情から目を離せずにいた。
「……では」
ダイは続ける。
「ガバゼという男については?」
神父の顔が、わずかに和らぐ。
「ああ……ガバゼさんか。
半年前までは、ちょくちょく顔を出していたよ」
空気が、静かに張り詰めた。
「どんな様子でした?」
「昼頃に来て、少し話をして……
夕方頃に、もう一度来ることもあった」
神父は淡々と語る。
「その時は決まって、『今日はありがとうございました』と、丁寧にね」
シアの胸の奥が、わずかにざわついた。
「……誰かと一緒に来ていたことは?」
慎重に、シアが尋ねる。
神父は少し首を傾げる。
「いや……誰かを連れてきた記憶はないな」
短い沈黙が落ちる。
「……ガバゼさんは、元気ですか?」
神父の問いに、ギル、シア、ユキは一瞬言葉を失った。
ダイが、静かに答える。
「……亡くなりました」
神父は目を伏せた。
「……そうか。惜しい人を亡くした」
それ以上、踏み込むことはなかった。
◇
宿に戻ったあと、四人は同じ卓を囲んでいた。
しばらく、誰も口を開かない。
「……整理しよう」
ダイが低く言う。
「ミギドは、教会に預けられていなかった可能性が高い」
「少なくとも……神父様は把握していませんでした」
ユキが言葉を継ぐ。
「孤児が複数いたなら、把握していなかった可能性も……」
シアの言葉に、ダイは首を振った。
「半年ほどで閉鎖される教会に、そこまでの人数は考えにくい」
そこで、ギルが口を開いた。
「そもそも、孤児の受け入れ人数は定められています」
三人の視線が集まる。
「上限を超えた場合は、孤児院が増設される。
逆に、解体されるということは……」
「全員が独り立ちしたか、他で受け入れられる余裕があったか、だな」
ダイが補足する。
そして、続けた。
「王都で家庭を築こうとする魔族は、そもそも多くない」
現実的な説明だった。
「商業中心の都市だ。
生活はシビアで、家庭を持つ余裕のある者は限られる」
「政治上層部、魔王軍幹部、貴族……
王都で家族を持てるのは、その辺りがほとんどだ」
つまり。
「孤児が大量に出る環境じゃない」
ダイは、強く拳を握った。
「……ガバゼの日記も含め、見えていなかったものが多すぎる」
声に苛立ちが滲む。
「これは、異常だ」
ユキが顔を上げる。
「でも……ガバゼが教会に通っていたのは事実です」
三人がユキを見る。
「なら、その時……
ミギドと一緒に外出していた可能性は高いと思います」
迷いのない言葉だった。
「教会の周辺のお店。
そこなら、誰かが見ているかもしれません」
理屈は通っている。
シアは胸の奥に、小さな違和感を覚えた。
(……何かが、引っかかる)
だが、ユキの言葉も、
ダイとギルの説明も、矛盾はない。
考えても、その正体は掴めなかった。
「……そうだな」
ダイが頷く。
「明日、教会の周辺で聞き込みをしよう」
シアも、ゆっくりと頷く。
「……賛成です」
違和感の正体は、まだ見えない。
けれど。
(……知らなきゃいけない)
シアは、そう強く思っていた。
それが、どんな結果につながるとしても。
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