第78話 残された場所
きっかけは、ふとした沈黙だった。
宿の食堂。
簡単な報告が終わり、誰もが次の言葉を探していたその時――
「……教会」
ユキが、ぽつりと呟いた。
その一言に、シアとダイの視線が同時に向く。
「今まで、誰も触れてなかったけど……」
ユキは自分の言葉を確かめるように続ける。
「ガバゼが、ミギドって少年を預けたっていう教会……そこ、調べてないよね」
空気が、わずかに変わった。
「……確かに」
ダイが低く頷く。
ガバゼ。
ミギド。
預けられた場所。
点と点の間に、ぽっかりと空いた空白。
「王都にある教会と、併設されていた孤児院について調べよう」
ダイの判断は早かった。
すぐに兵士へ指示が飛ぶ。
◇
調査結果は、思っていた以上に静かだった。
「……教会は、もうありません」
兵士の報告に、シアは眉を寄せる。
「ない……?」
「はい。数カ月前に閉鎖されています。
孤児院も同時期に解体され、子供たちは各地へ移されたとのことです」
「管理していたシスターたちは?」
「それぞれ別の教会へ。
王都に残っている者は、ほとんどいません」
まるで、跡形もなく消えたかのようだった。
その中で――
「……一人だけ、残っています」
兵士が、言葉を足す。
「神父です。
高齢で、すでに引退しており……王都に留まっています」
ダイが顔を上げる。
「その神父を、知っているのか?」
「はい。……実は、俺も孤児でして」
兵士は少しだけ照れたように視線を落とす。
「小さい頃、よく面倒を見てもらいました。
今でも、たまに顔を見せに行っています」
沈黙が落ちる。
ダイは、その兵士を真っ直ぐに見た。
「……ミギドという少年を、知っているか?」
兵士は、首を横に振る。
「俺がいたのは、もうだいぶ前です。
その名前は……聞いたことがありません」
それを聞いて、シアが一歩前に出る。
「……でも」
視線は、どこか遠くを見ている。
「ガバゼが村へ行くことになったのは、半年前ですよね」
「その数カ月の間に、教会と孤児院が一気になくなるって……普通ですか?」
ダイは、少し考える素振りを見せてから答えた。
「王都……いや、魔界全体では珍しい話じゃない」
静かな説明だった。
「人口は安定しない。
魔族は人間より長命だが、その分、子を成すことへの執着は薄い」
言葉を選びながら続ける。
「魔獣や魔物の脅威もある。
長く生きる者もいるが……貴族を除けば、そう多くはない」
施設が消える理由は、確かに存在する。
だが。
(それでも……)
シアの胸に、納得しきれない感覚が残る。
その時、ユキが顔を上げた。
「……その神父さんに、会いに行くのはどうでしょう」
ダイは一瞬、言葉を失った。
理屈としては、正しい。
だが同時に、何かを踏み越える感覚もあった。
(……俺たちは、どこまで踏み込むつもりだ)
疑念だけで動く危うさ。
だが、動かなければ見えない真実。
数秒の沈黙のあと、ダイは小さく息を吐いた。
「……そうだな」
そして、はっきりと言う。
「それが、一番確実だろう」
ユキは、ほっとしたように頷いた。
シアは、胸の奥で小さく覚悟を固める。
(……ここだ)
教会。
消えた場所。
残された一人。
王都編は、静かに――
だが確実に、核心へ向かって動き始めていた。
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