第77話 疑念の置き場所
魔王軍本部の執務室で、ダイは一人、机に向かっていた。
書類はすでに何度も読み返している。それでも、指先は自然と紙の端をなぞってしまう。
三日前の戦闘。
街道脇の木に残された、あの小さな穴。
そして、訓練場で倒れ始めた兵士たちの身体。
(……繋がっている)
そう考えれば考えるほど、無視できない一致が増えていく。
「魔力の照合結果です」
秘書官の声に、ダイは顔を上げた。
差し出された追加報告書を受け取り、目を通す。
――木の穴に残留していた魔力と、
――兵士たちの身体に残っていた“操作痕”の魔力。
同一の術者によるものと断定可能。
ダイは、無意識に息を止めていた。
(同じ、魔力……)
兵士たちの身体に何かをした者。
木に“撃った”者。
「兵士たちは、気づいていなかったのか?」
ダイの問いに、秘書官は首を横に振る。
「はい。魔獣との戦闘中、違和感を覚えた者はいません」 「むしろ、普段より動けていたと証言する者が多数です」
その言葉が、胸の奥に刺さる。
(……違和感なく、魔法をかけられる存在)
思い浮かぶ名は、一つしかなかった。
――ミサヤ。
支援役。
分配の糸。
疲労や負荷を“分ける”能力。
(だが……)
ダイは、机に肘をつく。
(分配とは、本来「移す」ものだ)
誰かが楽になるなら、誰かが重くなる。
だが、今回倒れた兵士たちは――全員が限界を超えていた。
(分けた、のではない)
脳裏に浮かぶのは、戦場で見た光景。
異様なほど滑らかな連携。
合図もなく揃う動き。
(……操作されていた)
分配の糸は、補助ではなく。
“使役”に近い何かだったのではないか。
立ち去ったタイミングも、あまりにも良すぎる。
(何か……見落としている)
ダイは、強く歯を噛みしめた。
◇
シアの部屋は、静かだった。
ベッドに腰掛けたまま、シアは天井を見つめている。
頭の中では、同じ名前が何度も浮かんでは消えていた。
(……ミサヤさん)
違和感は、確かにあった。
だが、それはずっと“掴めない何か”だった。
第三者の言葉として疑念を突きつけられた今、
その重みが、ようやく現実としてのしかかってくる。
(夢で見たあれと……何か関係があるのか?)
ミギド。
ガバゼ。
そして、ミサヤ。
点が、線になりかけている。
――コンコン。
「……どうぞ」
扉を開けると、ユキが立っていた。
「……ねえ、シア」
ユキは、ぎこちなく視線を逸らす。
「ミサヤさんが……兵士たちに酷いことをするなんて、私は思えない」
それは、自然な感情だった。
ミサヤがユキにしてきたことを思えば、なおさら。
シアは、その言葉に胸が少し痛んだ。
「……うん。分かるよ」
だからこそ、言葉を選ぶ。
「でも……もしかしたら、事情があるのかもしれない」
ユキが、はっと顔を上げる。
「事情?」
「うん。だからこそ――知らなきゃいけないと思う」
シアは、はっきりと続けた。
「どんな結果でも。
ガバゼのことも、ミギドのことも……ミサヤさんのことも」
ユキは、しばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……分かった」
それだけ言って、部屋を出ていく。
閉まる扉を見つめながら、シアは拳を握る。
(守りたいのに、何もできてない)
無力感が、胸を締めつけた。
(だからこそ……今、抜け落ちているものを見つけなきゃいけない)
◇
ユキは、廊下を歩いていた。
(……信じたい)
ミサヤは、確かに優しかった。
導いてくれた。支えてくれた。
(そんな人が……)
否定する気持ちは、簡単には消えない。
けれど。
(シアは、前に進もうとしてる)
どんな答えでも、受け止める覚悟で。
ユキは、一度だけ足を止めかけ――小さく歯を噛みしめた。
(……引きずったままでも、いい)
全部を割り切れなくても。
疑えなくても。
(それでも、止まるわけにはいかない)
胸の奥に残る温もりを抱えたまま、ユキは歩き出した。
歩幅は大きくならない。
けれど確かに、前へ。
◇
――アンゲール近郊。
魔獣の巨体が、地響きを立てて倒れ伏す。
鎌の一振りで、首元を断ち切ったカグヤは、静かに息を吐いた。
(……安定してる)
以前のような、暴れる感覚はない。
力は一点に収束し、制御できている。
「お疲れさま」
エリスが声をかける。
「うん……ありがとう」
カグヤは、少し照れたように微笑んだ。
「前よりずっといいよ。
力も安定してるし、無駄がない」
「……エリスのおかげだ」
茂みが、ざわりと揺れる。
二人が身構えた瞬間。
「いやー、久しぶりだね」
姿を現したのは、ミサヤだった。
「見てたけど、前よりずっと強くなった。
分散していた力が、一点にまとまった感じだね」
カグヤは眉をひそめる。
「……なんで、あなたがここに?」
「王都で魔物と魔獣の発生があってね。
他の地域も調べてるんだ」
エリスが、思い出したように尋ねる。
「シアたちは? ユキも、ダイも……」
「“四人は”無事だよ」
ミサヤは、そう言ってから、改めてカグヤを見る。
「……シアを、よろしく頼むよ」
それだけ告げると、踵を返す。
「次の村に行く」
背中が、森の奥へ消えていった。
残された二人は、しばらく無言だった。
どこか――
言葉にできない違和感だけが、残っていた。
新年あけましておめでとうございます。
なかなか話しがまとまらず更新が遅くなってしまいました…
申し訳ありません…
今年もまだまだ更新してまいりますので、ぜひぜひよろしくお願い致します!
ご一読いただきありがとうございました。
誤字などございましたらコメント等含めて教えていただけると幸いです。
よろしくお願い致します




