第75話 疑念の置き場所
王都の魔王軍本部は、朝から慌ただしかった。
廊下を行き交う兵士たちの足音。
書類を抱えた秘書官の早足。
戦後特有の、落ち着かない空気。
その一室で、ダイは机に肘をつき、黙り込んでいた。
三日前の戦闘。
街道の外れで見つかった、あの痕跡。
——木に穿たれた、小さな穴。
(もし……)
思考が、そこから先へ進もうとするたび、無意識に止めていた。
(もし、あれがシアの夢に出てきた“魔力銃”と同じものなら……)
ありえない。
そう断じたい。
魔力銃は、戦争末期に研究されていた兵装だ。
開発途中で凍結され、正式配備には至っていない。
ましてや——
(魔王軍に、今それを持っている者など……)
ダイは、ゆっくりと息を吐いた。
結果は、もうすぐ出る。
現場にいた全兵士の魔力照合。
もし一致する者がいれば、話は単純だ。
だが——
——コンコン。
「失礼いたします」
扉をノックして入ってきたのは、軍務担当の秘書官だった。
無駄のない動作で一礼し、書類を差し出す。
「照合の結果が出ました。こちらです」
ダイは受け取り、目を落とす。
一行、一行、確認する。
——一致なし。
——該当者なし。
紙を握る指に、自然と力が入った。
「……やはり、いないか」
低く呟く。
となると、可能性は限られる。
(あの場に、たまたま居合わせた第三者か……
あるいは、魔獣と行動を共にしていた何者か)
だが、どちらも腑に落ちない。
秘書官は一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから口を開いた。
「……木に残っていた痕跡の件ですが」
ダイは顔を上げる。
「調査班の見解では、あれは先の戦争時に開発途中だった“魔力銃”による痕跡と考えられます」
「……やはりか」
「はい。ですが、ご存知の通り——」
秘書官は淡々と続ける。
「魔王軍には、現在その兵装は配備されておりません。
試作品もすべて管理下にあり、一般兵が所持することは不可能です」
「……そうだな」
ダイは頷く。
「そもそも、魔王軍では一般兵に私物武器の携行は認めていない」
そこまで言って、秘書官は一つ、確認するように問いを重ねた。
「——となると」
視線が、ダイを真っ直ぐ捉える。
「その場で“持ち込めた可能性がある”のは、
兵士ではない同行者……その方だけではありませんか?」
一瞬、音が消えた。
ダイの思考が、完全に停止する。
兵士ではない同行者。
——ミサヤ。
(……あ)
頭の奥で、何かが弾けた。
なぜ、疑わなかった。
なぜ、当然のように彼を受け入れた。
(俺は……)
記憶が、逆流する。
兵士たちと魔獣討伐に向かう際の判断。
外部の人間を、単独で同行させるという異例の采配。
(通常なら、ありえない)
同行するなら、指揮官である自分だ。
あるいは、最低でも部隊単位。
(……なのに)
なぜ、あのとき。
ミサヤが「後方支援で行く」と言った瞬間、
何の疑問も持たず、許可した?
——分配の糸。
戦場で見た、異様なまでに滑らかな連携。
疲労が抜け、動きが揃う兵士たち。
(……分けていた、だけか?)
いや。
(“操作していた”可能性は……)
そして、ふと浮かぶ顔。
シア。
ユキ。
どちらも、ミサヤへの信頼が不自然なほど早かった。
理由を聞いても、はっきりとは答えられない、あの感じ。
——クソっ。
ダイは、机を強く叩いた。
「……やられた」
秘書官が、驚いたように一歩引く。
ダイは立ち上がり、椅子を蹴るようにして背を向けた。
「すまない。俺は——」
一瞬、言葉を切り、低く続ける。
「宿に戻る。確認しなければならないことが増えた」
「ダイ様……?」
返事はしなかった。
扉を乱暴に開け、廊下へ出る。
足早に歩きながら、胸の奥で焦燥が渦を巻く。
(いつだ……?
どのタイミングで、俺は“そう思わされた”……?)
ミサヤは、もう王都を離れている。
——ならば。
(今すぐ、確かめるしかない)
ダイは歯を食いしばり、階段を駆け下りた。
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