第73話 去る者、残る理由
ダイは、昨日から戻っていなかった。
朝になっても、昼を過ぎても、宿の席は一つ空いたままだ。
軍本部で魔獣と魔物の対応に追われている――そう聞かされてはいる。
それでも、シアの胸は落ち着かなかった。
(……何か、起きてる)
理由は分からない。
ただ、王都に来てから続く違和感が、少しずつ形を持ち始めている気がした。
◇
訓練場。
ユキは一人、魔法陣を展開していた。
最近、魔法の調子がいい。
氷を広げるのではなく、
“止めたい場所”だけを正確に凍らせる。
対象を留める。
動きを奪う。
魔力の流れが細く、無駄がない。
(……掴めてきてる)
自分の魔法の本質に、少しずつ触れている感覚があった。
「調子良さそうだね」
振り向くと、ミサヤが立っていた。
「うん。かなり」
素直に答えると、ミサヤは小さく頷く。
「その調子で続けるといい」
そして、付け足すように言った。
「……あとは、流れを読むことだ」
「流れ?」
「大丈夫。すぐ分かるようになる」
それ以上は説明せず、ミサヤはその場を離れていった。
ユキは少しだけ首を傾げたが、深く考えることはしなかった。
◇
夕方。
宿に戻ると、シアは窓辺に立っていた。
ミサヤについていくかどうか。
答えは、まだ出ていない。
王都に来てから、色々ありすぎた。
ガバゼの件、ミギドという名前、魔物の発生。
そして、自分自身の異変。
(……創造が、うまくいかない)
作り出すまでが遅い。
けれど、形が定まった瞬間だけは、異様に滑らかだ。
この状態で調査に同行しても、足手まといになるだけじゃないか――
そんな考えが、何度も頭をよぎる。
それでも。
(今、王都を出るのは……まずい気がする)
理由は分からない。
何に引っかかっているのかも、はっきりしない。
ただ、胸の奥で警鐘のようなものが鳴っていた。
◇
夕食の時間になっても、ダイは戻らなかった。
代わりに、ミサヤが席につく。
「シアくんには話したけど……僕は、他の村や町の様子を調べに行く」
ユキが驚いた顔をする。
「今から?」
「うん。短い旅じゃない。数週間……長くても一ヶ月くらいかな」
そう言ってから、ミサヤはシアを見る。
「シアくん。どうだい?」
シアは視線を落とした。
ついていくか。
残るか。
蝶の力。
うまく扱えない魔法。
王都で感じ続ける違和感。
「……まだ、ここでできることがある気がします」
そう答えると、ミサヤは一瞬だけ目を細め、残念そうに微笑んだ。
「そうか」
それ以上は引き止めない。
「じゃあ、ダイによろしく伝えてくれるかな」
立ち上がり、扉へ向かう。
「君たちも、無理はしないで」
ミサヤはそう言って、宿を後にした。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
◇
しばらくして、扉が開く。
ダイだった。
疲れ切った表情で席につき、しばらく黙り込む。
ユキが、おそるおそる声をかけた。
「……ダイ、どこに行ってたの?」
ダイは一度、深く息を吐く。
「殉職した兵士たちの家を回ってきた」
二人の空気が、ぴんと張り詰めた。
「……全員、同じだった」
ダイは低い声で続ける。
「『あんな碌でもないのが死んで当然だ』
『魔獣にやられたなら、むしろ遅いくらいだ』」
拳が、テーブルの上で強く握られる。
「……魔獣に殺された兵士全員が、そう言われた」
ユキが、戸惑いを隠せずに言う。
「魔族って……そんな感じなの?」
その瞬間。
「違う!」
ダイはテーブルを叩いて立ち上がった。
「そんなことはない!」
怒鳴ったあと、はっとして、ゆっくりと座り直す。
「……すまん。取り乱した」
沈黙が落ちる。
ダイは視線を伏せたまま、続けた。
「明日、魔獣と戦闘があった場所に行く。遺品の回収だ」
その言葉に、シアは顔を上げる。
「……僕も行きます」
ダイが、わずかに眉を動かした。
「何か、気になることでもあるのか?」
シアは少し迷ってから、答える。
「……何か、ある気がするんです」
理由は言えない。
けれど、確かに引っかかっている。
ダイは数秒考え、頷いた。
「分かった。一緒に来い」
夜は、静かに更けていく。
去った者。
残った者。
そして――
まだ名前の付かない違和感だけが、王都に残されていた。
ご一読いただきありがとうございました。
今回はつなぎ的な話になってます。
読み応え無いかとは思いますがよろしくお願い致します
誤字などございましたらコメント等含めて教えていただけると幸いです。
よろしくお願い致します




